1995-2015

雑記
07 /11 2015


この間ふと思い出したのが、中学生ぐらいの頃「ホモ」は、「バカ」「アホ」と同じくケンカやいじめに使われる単語だったということ。
わたし自身も言われたことあるけれど、当事者かどうかは別として男の子たちに使われていた。
言う方もありったけの侮蔑をこめてそう呼んでいたし、言われた方もそれで激昂したりしてたんだから、多分罵倒語としては最強レベルだったんだと思う。

こういう話をすると過去のトラウマについて云々‥‥という話になりがちなのだが、実をいうとこの時代に「ホモ」といわれて傷ついたとか、そういう記憶はない。
単語としての「ホモ」よりもいじめそのものの方が辛かったし、苦しかったってのもあるけど。

何が言いたいのかというと、その時代、「ホモ」は男の子たちにとって一番言われたくなかった言葉だったということ。
特に中学生の男の子にとって、一番屈辱的な言葉だったんだろう。
男の子たちにとって「ホモ」は絶対にいけない存在だったわけだ。
多分「恥ずべき変態」「恥ずべき異常性欲」として認識されていたのではないか。
実際、メディアの取り扱いも好意的とはいいがたいものだったしね。

世代にもよるけれど、最近は「友達や家族にカムアウトしてる」っていうゲイもいる。
反面、「そんなこと言うわけないじゃん」「無理言えない」っていう人もいる。
カムアウトして幸せになれるかどうかは、その人による。するかしないかも本人の自由。
大抵の人は「別に言う必要もないからなぁ‥‥」程度なんだけど、時々何かに怯えたように、
「そんなこと言えない!」って言う人もいるからな。
多分だけど、そういう人は「恥ずべき変態」のイメージがどこかにあるんじゃないだろうか。

時代は変わって2015年現在、メディアにはLGBTが徐々に浸透しつつある。
真面目に取り扱っている場合もあるし、まだ昔ながらの興味本意な感じもある。
アメリカの同性婚合法化やら渋谷区のパートナーシップ条令やら、ニュースとして取り上げられることも多かった。
決して十分とはいえないけど、社会そのものの空気は変化しつつあると思う。
もちろんそれは先人たちの努力があってこそなんだけど。

子どもたちはどうなんだろうなぁ。
残念ながらわたしは今中学生ぐらいの子どもたちと話す機会はない。
それに大人と子どもという立場だと、どうしても一歩踏み込んで訊くことも出来ないだろう。
今だにケンカの売り言葉に買い言葉で「ホモ」は使われているのだろうか。

社会全体の、同性愛者に対するイメージもあっただろうけど、思春期の男の子たちにとっては、
性的な言葉でからかうのが楽しかったっていうのもあると思う。
たとえ今の時代、「ホモ」と言われていじめられる子が少ないとしても、恐らく別の性的な言葉でいじめられている可能性もある。
言葉だけの問題じゃなくて、やはりいじめそのものにもきちんと取り組まなくちゃね。

やたらとマーケティング的なアプローチが多くて、お祭り騒ぎな感じが否めない2015年現在のLGBT。
ブームから取りこぼされてる人たちも、かなり多い。
ただ1995年当時の「恥ずべき変態」という扱いからは変化していると思う。
少なくとも中学生時代のわたし自身に聞かせたら、きっと明るい顔をするだろう。
この変化は素直によろこんでいいと思うのだ。
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和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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