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30歳

雑記
11 /22 2012
ご報告というわけではないけど、先月30歳になりました。
数年前のブログ記事やmixi日記なんかを読むと誕生日には必ず、誕生日日記を書いていたのに、
30の節目になって一カ月も経ってから誕生日ネタを書くのが、自分でも変わったなあと思う。

いわゆる歳をとるのが憂鬱とか、そういうわけじゃない。
自分で言うのも変だけど、やはり年齢を重ねてわかることもあるし、
視点や観点が変わって考え方が変わったりしてきた。
体力の衰えとか肌のシミとか、気になってしまうところもあるけど、
それは仕方のないことだ。

20代、特に前半にこだわっていたのが「成長」。
何か面倒なことに立ち向かっても「成長するためだ」と言って立ち向かったり、
嫌なことも「成長するためには仕方ない」と思ってやってきた。
「成長したいなあ」「成長できるにはどうしたらいいんだろう」
そんなことを日々考えていたのだけど、いつの間にかそんなことはあまり考えなくなっていた。
今考えると、当時流行っていた自己啓発ブームに乗せられていたのかも?と思うのだが、
実は自己啓発書の類はまったく読んだことがないのよね。

とにかく目の前のことをこなすのが精いっぱいで
「成長」なんてことを考えなくなったのはいつの頃からだろう。
達成感だの充実感だのに浸っている前に、目の前に次から次へ「しないといけないこと」が増えてきた。

それをこなしたり、適度に手を抜きつつやり過ごせるようになったことが「成長」だろうか。
いやそうとも思えない。単なる「慣れ」だ。

一体「成長しなきゃ」「目の前の壁は乗り越えるためにある」なんて必死にもがいていた時期から、
わたしは成長しているのかなあ・・・・?もしかして当時より幼稚になってたりして。
そう考えると、昔のひたむきさとか努力の気持ちを思い出してがんばらなきゃとか思うんだけど、
何だか昔の一生懸命な自分が少し滑稽に思えてきてしまう。
それこそ自己啓発書に書いてあるような、こぎれいな言葉を信じていたことに幼さを感じるからだ。
世の中そんなきれいごとじゃ済まないし、やる気の方向性間違えるとろくなことにならんぞと言ってやりたくなる。

そうやって、「がんばってた自分」を客観的かつ冷静に見れる分、「成長した」といえるのかな。
違うな。単に醒めているだけだ。
すれちゃったという方がふさわしいかもしれない。

才能とか人間性なんて身長と同じで、やはり個人の生まれ持った資質や成育環境に影響されるところも大きいだろう。
もちろん努力で変えられたり、経験や失敗から多くを学ぶこともできる。
ただ、どこかで限界にぶつかってしまうのは、やはり仕方のないことだとも思うのだ。
限界にぶつかったときに、「成長しなきゃ」と焦ってもがくよりは、
「自分ひとりの手には負えないから潔く人の助けを借りよう」と開き直るのもよし、
「時間をかけて、まずはできるところから」とゆったり身構えてみるのもいい。

こういうことを考えられるようになったのも、広汎性発達障害の診断を受けたからかもしれない。
いい意味での諦めというか、「みんなと同じようにあれしなきゃ、これしなきゃ」って思うことはなくなった。
できないならできないなりに、できる方法を探せばいい。

肩肘張っていた20代は終わった。
30代はのんびりと、やれることをきっちりやりながら生きていこう。
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コメント

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はるさんへ

更新もまれになったブログですが、読んでくださる方がいるというのは心強いです。
どうぞ今後ともよろしくお願いします。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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