女の事件、そしてセックスワーカー

雑記
10 /17 2012
ここ数日の間、「性風俗産業」「売春」について考えている。
きっかけは先月から裁判が始まっている、2009年に発覚した鳥取市の連続不審死事件だ。

事件そのものはいわゆるデブ専ホステスが客の男性を次々に殺したといわれる事件で、
「売春」や「性風俗産業」とそんなに関係があるわけではない。
わたしも一年間住んだことがある鳥取市で起こった事件なので、それなりに衝撃的ではあった。
ただ、同時期に起こった木嶋佳苗による東京の結婚詐欺殺人事件のインパクトの方が凄まじく、
「女の事件」としての興味がかすんでしまったのも事実だ。
身近なところで起こった事件なのに、詳細についてはあまり知らなかった。

なぜわたしがこの事件と「性風俗産業」「売春」を結びつけてしまったかというと、
それはこの事件が起こった鳥取市という土地柄や風土のせいだ。
同じ県でありながら、仕事で一年間住んでいた時期を除いてはほとんど行ったことがない。
昨年から今年にかけてLGBTQAの交流で足を運んだけれど、基本的には馴染みのない土地だ。

わたしの住む米子市から車で2時間近くかかるという距離的な問題もあるのだが、
正直なところあまりレジャーに恵まれているわけでもなく、積極的に行く理由がない。
何より、一年間住んでみてどうしても土地柄が好きになれなかったのだ。
(ごめんなさい。たくさん素晴らしいお友達もいるし、本当はその人たちの故郷を貶めたくはないんです)

同じ県でありながら、あまりに保守的で排他的な風土に馴染めなかった。
わたしの住む米子市だって、決して革新的で都会的というわけではない。
都会の人から見たら鳥取市も米子市も大した違いはないだろう。
ただ何となく街全体が、新しいものを拒絶するような堅苦しい雰囲気があったのだ。

わたしが驚いたことの一つが、鳥取市にはキャバクラやソープランドをはじめとした、
性風俗産業がほとんどないことだった。
米子市にだって、例えば新宿歌舞伎町のような巨大歓楽街があるわけではない。
それでもキャバクラ、セクキャバ(昔でいうとこのピンサロ?)、ソープランドは規模は小さいながらもある。
特にキャバクラ嬢はわたしの勤務しているお店にもよく来るので、キャバクラ嬢の存在はわたしの日常だ。
ロングドレスやつけまつ毛、芸術作品にすら思えるほど凝った華やかな巻き髪。
夕方になると繁華街にはそんな女の子たちが出勤している姿をよく見かける。

ソープ嬢はそれとわかるような格好をしていないせいか、
そういうお仕事をしている子かどうか見分けることができない。
ただ、わたしのようなゲイにはどうしても近寄りがたい「ソープ街」があって、客引きのお兄さんが異様な雰囲気を醸し出している。

鳥取市にはそういう界隈がない。
数十年前、女性団体の運動によって性風俗産業反対運動があり、表立って営業することができなくなったという。
鳥取市の飲み屋街は居酒屋とスナックが大半を占めている。

性風俗産業が表立って営業していないとはいっても、それはあくまでも表向きだ。
デリヘルやホテヘルなど裏にもぐって営業している性風俗産業は鳥取市にも存在する。
それは鳥取市在住の友人女性や、件の「鳥取市連続不審死事件」を取材している
作家の北原みのりさんも仰っていた。

ピンク色のネオンがない夜の街は、一見して「健全」に見えるかもかしれない。
客引きの怖いお兄さんや、刺激的な看板は正直なところわたしも苦手だ。
しかし、性風俗産業が「裏にもぐる」ことが果たしていいことなのだろうか。
裏にもぐった性風俗産業で、女性たちは安全で快適な「職場環境」を確保できるのだろうか。
どうしても疑問に思ってしまう。
もしかしたら風俗嬢を非常に危険な目に遭わせているのではないか。

性風俗産業に反対していた女性たちは、同じ女性として風俗嬢を守ってあげたかったのだろう。
古今東西、売春に対しては悲惨な話が多く、女性たちにとって辛い職業というイメージはある。

しかし、売春防止法が施行されても名前や形を変えて売春は残っているし、
売る人も買う人もいるのが現実だ。
その現実がいいことか悪いことかは別として、産業として成り立っている以上、
そこで働く人の権利は保障されるべきだと思う。

90年代から「買春」という言葉が広まったように、かつて「売春」は売る方の犯罪だった。
どうしても性風俗や売春で働かざるを得ない女性たちを、「犯罪者」として扱っていた。
犯罪をして稼いでいる以上、労働者としての権利はおざなりにされてしまうのだろう。
鳥取市から性風俗産業を追放しようとした女性たちは、風俗嬢の「労働者としての権利」は考えていなかったのだろう。

もちろんだが、表立って営業している店舗で風俗嬢の権利が守られているとはいわない。
しかし店舗の存在が目に見えるかどうかは、重要だと思う。
違法行為や悪質な人権侵害があったら、警察はすぐに踏み込めるもの。
裏にもぐっていて、実態がどうなっているかわからない状況では、何が起こっても闇に葬ることは可能だ。

鳥取市の連続不審死事件が起こった背景に、保守的でお堅い風土の影響はなかったのだろうか。
直接関係はないにしても、あの「お堅い街」の「息苦しい空気」を感じたわたしは、
そこに何らかの影響があったのではないか?と考えてしまう。
そして、あの街の裏にもぐった性風俗産業で危険な目に遭ったり、辛い思いをしている人たちがいないか気になるのだ。

ここまでわたしは性風俗産業を「女性の仕事」という前提で書いてきたし、「辛くて危険な職場環境」という思い込みで書いてきた。
そして、労働者として権利が保障され、搾取がない職場にするべきだとも考えている。
しかし、ここ数日そういった内容のことをTwitterで呟いていたら、はっとするような意見もいくつかもらった。

「他の職場と同じように、快適な職場環境であるところもあればそうでないところもある。働いている人の思いも人それぞれだ」
「セックスワーカーは女性だけではない。男性もいるし、トランスの人もいる」
「女性が圧倒的に多いのでフェミニズムの観点から語ることも大事だけど、
 労働環境の問題として考えるなら女性の問題だけで語るのは良くない」
「(労災や社保など)会社勤めに似ている環境があるからといって、働いている当事者にとって快適な労働環境とは限らない。それで困るセックスワーカーもいる」

上にあげたのはいただいた意見のほんの一部だが、わたしは自分の視野の狭さや思い込みに気づかされた。
様々な観点から見て考えなければ、いたずらに当事者を苦しめることもあり得るだろう。
性風俗や売春に関して考えると、あまりに複雑で深く、迷路の中に迷い込んだような気分にもなる。

それでもわたしは思う。
セックスワーカーも労働者として、権利や安全を保障されるべきだと。
そして偏見や差別にさらされず、人間として尊重されるのは当然だとも。

なかなか深い迷路の中から抜け出すことはできないのだが、それでも関心を持ち続け、考え続けていきたい。
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この記事書いてから色々と考えることもあり、堂々巡りなのですが、
mixiで同じ日記を投稿したところ。
「女性団体が守ろうとしたのは、ワーカー(女性)の権利ではなく、
夫や子供をいかがわしいものから遠ざけたかったのでは?」とご指摘ありました。
目から鱗。
詳細は運動の内容について調べてみないとわかりませんが、
女性団体=フェミというのも短絡的だったと思いました。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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