おばあちゃんのいない部屋

雑記
05 /03 2010
つい昨日まであった電動式ベッドがなくなった。
車いすもなくなった。
専用の茶わんも、湯呑みも、歯ブラシもない。

おばあちゃんは、もういない。
生まれてはじめての、一人ぐらしを始めた。
おばあちゃんのいた部屋には、おばあちゃんの使っていたものは何もない。

夜中のさけび声も、トイレにつれていくわずらわしさもない。
でも、心の中にぽっかりとあいた穴は何なんだろう?
おばあちゃんの「引越し」から2週間経った。
どうしているんだろう?大丈夫かな?さびしくはないかな?いやなめにあっていないかな。

何もなくなったおばあちゃんの部屋に、小さな箱が残されていた。
開けてみると、その中には何枚かのアルバム、写真、半紙や絵が入っていた。

家族や親戚と写った写真、町内旅行、知人や友人、デイサービスの人たちと撮った写真。
たくさんあった。どの顔も笑顔だった。
デイサービスで書いた習字の半紙、絵や折り紙、塗り絵、どれもこれも、一生懸命作ったんだろう。
几帳面で、器用なおばあちゃんらしい創作だった。

通所していたデイサービスの最終日、送迎の介護士の方に
「今日もありがとうございました」とニコニコと言っていた。
「ううん・・・・こちらこそ、本当にありがとう。元気でね・・・・」
涙ながらに、介護士さんは言ってくれた。

こんなに、人に好かれるおばあちゃんだもん・・・・新しいところでもやっていけるよね。
明日、会いに行こう。
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コメント

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認知症とはさみしい病気ですよね。

私の父は礼儀正しくいつも小奇麗で、自宅でもいつもネクタイに背広を着ているような
子供が言うのもおかしいくらい紳士でした。

それが今では着替えたりお風呂に入るのも一苦労…気に入らなければ暴言暴力…
同じ人とは思えない変わりようで。。
本人が客観的に自分を見たらどれほど嘆き悲しむことでしょう。
でも「なにもわからなくなった」ってことはわかっているようです。
「何が何やらサッパリわからんようになった…」って言うんです。
きっと本人が一番つらい病気なんでしょうね。

おばあさまも素敵な方だったんですね。
その姿を私たちは忘れないようにしてあげないといけないですね。

今、父は変わり果ててしまったけれど…心の中に本来のその姿を思い浮かべて
私は父に感謝を忘れないようにしたい…と思います。


おばあさまに会いに行かれたんですね。
Kazuccineさんは優しいお孫さんだと思います。
おばあさまもきっと喜ばれたことでしょう★

気持ち

一緒にずっといたら感じる事が出来なかった事
そういう気持ちを大事にしたいですよね

分かってはいても
難しいのが介護
色んな葛藤があるんだと学ぶばかりです

今出来る事をKazuccineさんなりにしてあげてくださいね

芽琉雨さんへ

本当にさびしい病気だと思います。
お父さまと芽琉雨さんのことも、本当にわたしも同じような目に遭っているので。
もとがしっかりしていた人だからこそ、周囲の人はなおさら辛いんです。
昨日も、祖母のところへ行ってきました。
前回行ったときよりは、少しだけ元気なような気もしましたが。
わたしが幼かった頃の写真をこの間見ていたのですが、かわいらしく素敵なおばあちゃんでした。
思い出はしっかりと、心に残ったままです。

rumさんへ

昨日も行ってきました。
やはり切ない・・・・というのが本音ですが、それでも優しい介護師の方に
囲まれていたので、少し安心したように思います。
介護は本当に難しいです。でも、けっして逃げられない問題でもあります。
出来ることを、出来るだけやっていきます。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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