わたしのカムアウトいろいろ②

雑記
12 /28 2009
ゲイということをカムアウトすると、色んな反応がある。
職場のKくんのように、黙りこくって一週間悩んでしまう人もいれば、
「や、気づいとったわ。知らんとでも思っとったんか!」って笑い飛ばす人もいる。
これはわたしが個人的に思うことなのだけど、変に重々しく受け取られるよりは
かるーい反応の方がカムアウトする方としても気楽でいい。
実をいうと、重々しい反応をしたのは職場のKくんぐらいなもので、
大半の人は「ああ、そうなんだ」程度の反応だったんだよね。

もしかしたら、表情には出さないもののすっごく衝撃を受けて、
じょじょにわたしから去っていった人もいるかもしれない。
その可能性は否定できないけれど、見るからにショックを受けたり
「Kazuccineのこと嫌いになった!」なんて人はいないんだよね。
とにかく、みんな「軽い」という印象だ。
「軽い」っていう言葉が不適切なら、「普通」なんだよね。
ま、ただ単に「どうでもいいわ」って思ってるだけかもしれないけどさ。笑

変に驚かれたり、嫌がられたりするよりは、わたしは「ふーん、そうなんだ」で十分。
ところが、この「ふーん、そうなんだ」という反応を激しく批判する人もいる。

たしか辛淑玉さんの発言だったと思うのだけど、
「自分の子どもが同性愛者だとカムアウトしたらどうしますか?って政治家たちに訊いたんです。
そしたら、みんな『ふーん、そうなんだ』って答えるって言ったんです。
どうして『大切なことを話してくれてありがとう』と言う人が一人もいないんでしょうか」

辛淑玉さんは在日朝鮮人の女性で、差別問題に関する本をたくさん出しているし、
様々な発言で物議をかもしている人だ。
わたしは別にこの人のことを嫌いではないのだけど、上の発言に関しては疑問と違和感以外何もなかった。

「一体、この人は何人の同性愛者と話してきたんだろう?どれだけ同性愛者の気持ちを理解しているのだろう?」

みんなはどうか知らないけど、わたしは少なくとも「大切なことを話してくれてありがとう」なんて言葉は望んでない。
もし両親にカムアウトして、両親がこんなことを言った日には
「両親そろってボケちゃったのか!?」とびっくりするに決まってる。
うちの両親はこんなことを言う人たちではないし、60代の人がこんなん言ったら変だよ。

もし両親にカムアウトしたら、驚くに違いないだろうし、もしかしたら
「女の人とは結婚せんだか・・・・」と悲しまれることもあるんだろうなあ・・・・。
でも、それは仕方のないことなんじゃないか。
わたしにとってはすごく辛いことだけれど、60代の両親にとって同性愛は身近なものではなかっただろう。
それは両親のせいではないし、責めたって仕方のないことだ。
今理解してもらえないのなら、時間をかけて理解してもらえばいい・・・・そう考えてる。

そう考えているのに、いまだに近親者にはカムアウトしていないのだから、
わたしの言うことは所詮きれいごとなのかもしれない。
中途半端に、友達や信頼できる人にだけ話したわたしがカムアウトを語るなと言われても、
わたしには反論のしようがないよ。

ま、話がずれちゃったけど理想は両親にも「軽く、普通に」反応してもらえることだ。

「はあ、そうかね。まあ気づいとったわ。あんた『ウルルン滞在記』で男の子が
裸になるときばっかり見とったし、女の子の話はぜんぜんせんかったけんな。
彼氏はおるだかね?ああ、こないだ家に連れてきた子ね。いい人だがん。ちゃんと大事にするだで」

こんな感じがいいな。こんな感じが理想だな。
「大切なことを話してくれてありがとう」なんて、取り繕った言葉はいらん。
うちの両親らしく、本音で話して欲しい。

恐らく、辛淑玉さんにとってはゲイにとってはゲイであることが、
「辛いこと」であり「重要なこと」であり、軽々しく論ずるのが許されないことという認識に違いない。
たしかにそう考えているゲイもたくさんいるだろうし、辛淑玉さんが出会ったゲイはそういう人たちなんだろう。

でも、少なくともわたしは「辛いこと」ではなかったし、ぶっちゃけそんなに「重要なこと」でもないんだよね。
だからといって「どうでもいいこと」なんかではない。
いってみればわたしの人格の一部で、一つの個性だと思っている。
悩んだり苦しんだりした経験もないしな~。
いや、悩んだり苦しんだりすることから逃げているだけかもしれないけどさ。

わたしは辛淑玉さんの書いた本を読んだことはないし、メディアに出てるのもちらっとした見たことがない。
断片的に読んだり見た感想なんだけれど、非常に攻撃的で闘争的な雰囲気の人だと感じた。
上に書いたゲイに関する発言も、あきらかにノンケの人に対する攻撃だと思われる。
辛淑玉さんは、在日朝鮮人として差別と戦ってきたんだろうし、差別的な人たちを
攻撃しなくてはいけないときもあったんだろう。

でも、わたしは攻撃するのはいやだ。
ケンカをするよりは仲よくやった方がいいと思う。
「軽々しく論ずるな!」と言って相手を黙らせても、相手は何を考えているかわからない。
軽々しくても何でも、まずは意見を交換させることだし、和やかな雰囲気の方が率直に話せるんじゃないかな。

彼女にとっては、わたしの考え方は青くさくて、笑止千万かもしれないけどさ。
「ふーん、それで君はやってみれば?何一つ権利は得られないよ」
とか、冷たく突き放されそう。笑
でもさ、わたしは言い争うのが苦手なのよ。
楽しく話してわかってもらう方が、よっぽどいいんだよ。
青くさいかもしれないけど、若いんだから青くさくていいと思う。

もちろん権利は戦わないと勝ち取れないものだということはわかっている。
でも、相手を攻撃して、黙り込ませることだけが戦いじゃない。
理解するまで話し合う、理解しようと努力する、そういう戦い方があってもいいはずだ。
わたしはまだ一度も戦ったことがない。
でも、激しく攻撃するんじゃなくて、わたしなりの戦い方を見つけたいと思っている。
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和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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