わたしのカムアウトいろいろ

雑記
12 /27 2009
ゲイやレズビアンとして生きることの辛さの一つが、まわりの
大多数のノンケに「わかってもらえない」ことだと思う。
クローゼットなゲイやレズビアンなら、「ゲイって気持ち悪いよな」などの
むき出しの悪意ある発言にさらされることになるし、時にはそれに同調しなきゃいけないときもある。
自分自身がゲイなのに、「ゲイは気持ち悪い」とその場のノリで言わざるをえない。
こんなこと、多かれ少なかれゲイならみんな経験しているんじゃないか。

こういう発言はゲイやレズビアンってことを、カムアウトしてしまえば
出くわす機会はなくなるのだろうけど、カムアウトしたらしたでいやな目にもあう。
「性転換手術するんでしょ?」
「いつになったらゲイやめるの?」
「女の人がこわいんでしょ?ゲイになったきっかけは?」
とかとか・・・・セクシュアリティに関して、まったく無知な発言をされると悲しい気分になる。
こういう発言されて心底つらいのが、いろいろとセクシュアリティに関して説明したあとで、
「ふーん、いろいろあるんだね。でさ、精神科でカウンセリングとか受けた?治るんでしょ?」
などと結局わかってもらえないことだ。

あと、セックスに関してあからさまに質問されることもある。
ワイ談大好きなわたしが不愉快に思うくらい、セックスに関して質問されたこともあり
さすがのわたしもすごくいやーな気分になってしまった。

誤解をまねいたらいけないので断っておくけど、わたしがこんなことを言われたのは
本当にかぞえる程度で、わたしの周りにいる多くの人はあからさまに失礼な発言はしなかった。
わたしが説明したら、きちんとわかってくれる人がほとんどだったし、
たとえわからなくても、わからないなりにわたしを認めてくれた人だっている。

カムアウトしたからといって、人間関係や人生がすべていい方向にむかうわけではない。
でも、カムアウトしないならしないで、無用なストレスを感じなくちゃいけないこともある。
すごく残念ながら、ゲイやレズビアンとして生きるっていうことはなにがしかのストレスがつきまとうのだ。
「そんなんおかしい」と思っても、それが現実なんだから仕方ない。

こんな書き方をすると、同性愛者ってことに対してすごく絶望的なことを
書いているように思わそうだけど、わたしは別に悲観的になっているわけじゃない。
ゲイやレズビアンとして生きることは、それなりにストレスがつきまとうことだ。
だけど、そうでなければ体験できなかったこともたくさんあるだろうし、気づくことが
出来なかったことだってあると思う。
いいこともあれば悪いこともあるのが人生で、悲観ばかりする必要はない。
逆に、何でもかんでもプラス思考して、自己啓発セミナーみたいなことばかり言わなくてもいい。
文句を言いつつ、愚痴もこぼしつつ、自分の人生を楽しめればいいのだ。

わたしはノンケのふりして、ゲイの悪口に同調するほうがストレスがたまるし、
なんだかうまくやっていけない気がしたからカムアウトした。
隠しごとがないほうが、友達とも仲よくやっていける。
少なくとも、わたしの経験上ではカムアウトは「生きるための手段」だ。
社会を動かすためでもないし、同情を買うためでもない。
このブログでは何回かカムアウトについて書いているけれど、とにかく「カムアウト」が
気に入らないのかそのことに関して批判的なコメントを書く人もいる。

どうしてかわからないけど、そういう人たちは必ず「ゲイリブは云々」という言葉を
使いたがるのだけれど、わたしはゲイリブにはちっとも興味がない。
ゲイリブのためにカムアウトしたわけでもないんでもないのに、どうして「ゲイリブは云々」って
言葉で否定的なことを書かれなきゃいけないのかわからない。
そういうことを書く人たちは、
「ゲイの地位向上のため、積極的にカムアウトして社会を変えていこう」とか、
そういうことを書いているブログに批判のコメントを書いて欲しい。

わたしはカムアウトをしたい人に、したいときに、したい場所でする。
社会を変えたいとか、ゲイリブとかそういうの一切ない。
それでもカムアウトを否定して、わたしにカムアウトをするなと非難するなら、
その人はわたしが幸せに生きる権利まで否定していることになる。
わたしはその人には迷惑をかけていないから、そんなことをされる覚えはない。

たとえば、職場のKくんにカムアウトしたときは、彼をかなり悩ませてしまった。
Kくんは何日も寝られなくて、わたしとまともに話すことも出来なかったという。
このときばかりは、わたしも「軽々しくカムアウトするのも考えものだ」と思った。
結果的に彼はわたしを受け入れてくれたし、より深い絆でむすばれることになった。
でも、ひとりの人間をここまで悩ませ、苦しめてしまったのも事実だ。
本当に受け入れられない人もいるんだし、自分が楽をしたいからでカムアウトするのは
相手に対して非常に思いやりのない行為なのだと考えさせられた。

こういうのがあるので、わたしはKくんに
「あまり言わない方がいいかもしれませんよ」とか言われると、
「そうかもなあ・・・・うーん」って思うかもしれない。
でも、実際のKくんは「俺は特殊なんですよ。みんなに言っても問題ないと思います」
なんてことを言っているんだけどさ。

・・・・って、ちょっと話がずれちゃったけど、カムアウトしたことで迷惑をかけた
Kくんが「カムアウトするな」と言うのならそれはそれで仕方ない。
でも、わたしがこれっぽっちも迷惑をかけていない人にまで、
「カムアウトはゲイリブの云々」とか非難されるいわれはないと思う。

ただ、歩きたばこといっしょで、自分は迷惑をかけている認識がなくても
周りにとっては非常に迷惑ってこともある。
だから、もしかしたらわたしのカムアウトが、わたしの見知らぬ人に迷惑を
かけている可能性も否定できない。
だから、今後わたしのブログにカムアウトに関しての批判をするのなら、
わたしのカムアウトのどこがどのように迷惑なのか、よくないのか書いて欲しいと思う。
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コメント

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ゲイリブ云々

みなが同性愛者カミングアウトに関して、
ゲイリブ云々を言うのは
ゲイリブが同性愛者カミングアウトを、
同性愛者のコミュティ全体に強引に推進しようとしたのが理由ではないでしょうか?

そもそもカミングアウトは同性愛であることを公表するだけの言葉ではないです。
在日コリアンカミングアウトでもカミングアウトなのです。
またゲイリブが狂ったように同性愛者カミングアウトを推進しようとしたおりには、
ゲイリブの中でも同性愛者カミングアウトもしてないのに、
他人にはカミングアウトを勧めたりなどが、
嘘つきだらけのゲイリブだとの認識がセクシャルマイノリティのコミュティ全体に広がったのも理由でしょう。

そのうえゲイリブはカルト宗教のように、
同性愛者カミングアウトのメリットのみ強調し、
同性愛者カミングアウトのデメリットを隠しつづけた悪質さもlgbt社会内部から疑問の声があがった理由ではないでしょうか?

多様性のある社会の実現を掲げたゲイリブどもが、
同性愛者カミングアウトしない権利を蔑ろにして、
恰も同性愛者全体がカミングアウトしたがってるかのような悪質な印象操作を繰り広げたことも、
ゲイリブと共に同性愛者カミングアウトが
同性愛者全体から敬遠されたのです。

口があり言葉を発することができるならば、
同性愛者カミングアウトしたければすれば良いですし、
同性愛者カミングアウトしたくなければ、
同性愛者カミングアウトしない権利も自由も同等にあるのですよ。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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