経済戦争と武力戦争

雑記
12 /02 2009
最近、若い社会人にむけたアンケートで「能力主義、実力主義」を見直す傾向が
増えているというニュースを見たことがある。
かつては日本企業の悪習と見られていた年功序列を、復活させて欲しいと
願う人もどうやら増えているそうだ。
とにかく競争主義、成果主義という、市場原理主義を見直す傾向なのかな?
つい10年前までは、年功序列や終身雇用はとにかく批判対象だったというのに。

わたしはいわゆる「ロストジェネレーション」に入る。
たしかに同級生は就職も大変だったし、非正規雇用で働いている人がたくさんいる。
2~3歳下の子たちは就職活動は空前の売り手市場なんていわれていたっけ。
ところが、それも昨年のリーマンショック以降流れがかわって、
その下の世代の子たちは相変わらず厳しい就職戦線にいる。
これも大卒層に限った話で、高卒の若者などは以前からずっと厳しい雇用環境にある。
こんな状況だから、若者が「安定」を望むのも仕方がないだろう。

こういうアンケートやニュースを見るたびに、そのアンケートの信憑性が問われたり、
どのような人に対して、どのように行われたとかいつも話題になる。
引用文も何もなく、ただ単にわたしの記憶で書いているので何ともいえないけれど、
10年前は「実力主義」を望む若者が多く、今はそれを望まない若者が多いのは興味深い。

ひとくちに「若者」といっても駆け出しの新人から、30代半ばまでいるだろう。
10年前のアンケートで「実力主義を望みます」と答えた20代前半の新人サラリーマンが、
今回のアンケートでは「実力主義は望みません」と答えているかもしれない。

あまりたしかな記憶ではないのだが、あるテレビ番組で10年ぐらい前に、
同じようなアンケートをとったところ、
「給料は実力主義で」と答えた人は70%以上にのぼっていた。
その結果を見たコメンテーターが
「望んでいる人の大半が、能力給取り入れられたら給料さがっちゃうのにね」
と皮肉なコメントをしたことを覚えている。
おそらく、それが現実になってしまったのではないだろうか。

当時の若者は
「くっそう・・・・能力給が導入されたら、俺あんな仕事のできないオヤジより絶対に稼げるのにな!」
と思っていたに違いない。
ところが、いざ能力給が導入されたら、「仕事のできないオヤジ」より稼げるわけでもなく、
それどころか自分の給料はかえって下がってしまった。
協力していっしょに仕事をしていた仲間は全員ライバルになってしまい、誰も手伝ってくれなくなった。
バカにしていた「仕事のできないオヤジ」ですら自分には手を貸してくれない。
おまけに仕事のできて元気もある新人が入ってきて、自分よりも稼ぎ出すようになった。
給料は減る一方で、いつリストラの憂き目にあうかもわからなくなってきた。
「こんなハズじゃなかったのに・・・・」と、若者じゃなくなった若者は思っているのかもしれない。

もちろん、仕事を全然しない人たちが、がんばっている人よりもたくさん給料をもらっているのはおかしい。
だから、能力給とか実力主義というのは、決して悪い側面ばかりではない。
しかし、過剰な競争主義が日本に与えた影響は、むしろマイナス面が多いのではないか。
協力して人を育て、協力して仕事を成功させてきた日本企業を根本からぶっ壊してしまった。
・・・・と、いうのは評論家の書いた文章の受け売りなのだけど、いずれにせよ
「俺が、俺が」って前に出てくる人がたくさんいて、そういう人ばかりが評価される現状を
たくさん見てきたから、上の意見はわたし自身身にしみて感じていることだ。

「競争に勝つのはあなた次第」
「がんばれば出来る」
「人よりもとにかく前に出て!」
「何でもポジティブに!プラス思考に!」
ビジネス書の本棚には、こんなコピーがここ数年乱れ飛んでいる。
その言葉を真に受けて、「自分次第で成功はつかめる!」と思ってきた人は多いだろう。
ところが、残念ながら能力ばっかりは自分次第でどうにもならない部分はあるし、
努力次第といわれても、限界がある。
結果的に、「勝てない自分は悪い。努力できない自分は悪い」と自分を責める人が増えてきたはずだ。
精神を病む人が増えてきた。
悪いんじゃなくて、もともと自分はそういう人間なんだと受け入れれば楽なのに。

・・・・と、ここらへんは実は香山リカの「しがみつかない生き方」の受け売り。
人の書いた文章に感化されやすいのはわたしの悪い癖だけれど、この本には心底納得しちゃったね。

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ところで、上に書いた「競争主義を望む若者」のような例はは、最近妙に右傾化している若者と非常によく似ていると思うのだ。
「核武装がタブーなのはおかしい。日本も軍備増強して、中国や北朝鮮から国を守れ」と
叫んでいる若者(・・・・だと思われる。幼い文章が多いから)が、ネットを中心に急速に増えている。

「憲法9条は押し付け憲法だ!改憲して日本にも軍隊を!」
そう叫んでいる人たちは、果たして戦争になったとき、自分が戦地に赴く覚悟はあるのだろうか?
日本の軍事化が進むと、兵役の義務が復活し、徴兵制が始まるかもしれない。
自分が戦地に行き、よその国の人を殺したり、自分が殺されることを考えているのだろうか。
戦争になったら、まっさきに戦地に行かされるのは若者だというのに。

「はぁ?そんなん自衛隊のやつらが行けばいいじゃん。俺には関係ねぇよ」
と、無責任なことを言う人もいるだろう。
あるいは、「徴兵制が始まったら、喜んで戦争に行く。家族や大切な人を守るためなら命なんて惜しくない」
と、そんなカッコいいことを言う人もいるに違いない。
いずれにせよ、どちらの人も戦争の実際を知らない。

戦争中の悲惨な話をすると、そういう人たちは
「また反日サヨクが戦争を否定して・・・・」
と、顔をしかめるのだけど、実際に戦争被害者のきずあとややけどの痕は、
「反日サヨクのプロパガンダ」なんかじゃなく、まぎれもなく戦争の「リアル」そのものだ。

原爆資料館やひめゆりの塔に行って、被害者の声を真剣に聞いて、
それでも「軍隊は必要だ。核は必要だ」と思うなら、それは立派なものだと思う。
ただ、多くの右傾化している若者たちは、「ハイハイ、そういう反日サヨクの感情論はいらんからね」
受け流しているように思われるのだ。

そして、いざ戦争になったときに、自分が悲惨な目にあう想像力はない。
戦争は怖くて、痛くて、不潔で苦しいものだ。
ゲームでもなければ、ドラマや映画でもない。
だからわたしは戦争は絶対に嫌だし、徴兵制が始まったらスタコラサッサと逃げてやる。
「9条改正!核武装!」と叫んでた人に、責任を持って戦争に行って欲しい。
・・・・でもそうもいかないんだよね。
戦争なんてこれっぽっちも望んでないわたしも、戦争に行かなけりゃいけない。

競争主義を望んだ若者が、競争社会に敗れて安定した雇用を望むのは仕方ない。
だって、競争主義の導入で、幸せになれると信じていたのだから。
しかし、戦争を望んだ人たちが、戦争で家族を失い、自分の手足を失ってやけどだらけになって
平和を望んだところで手遅れなんじゃないか。

「痛い目にあう」が有効な時もあれば、痛い目にあってからじゃ遅い時もある。
だからこそ今、落ち着いて考える時なんじゃないだろうか。
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コメント

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非常に興味深いエントリーですね。
自分の過去を振り返りながら色々考えさせられました。

競争主義に実力主義・・・流行りましたね。私が日本で会社勤めしていた時、まさにその絶頂でした。笑
ホント、言葉が人に与える影響、マインドコントロールとは怖いなあとつくづく思います。

結局、競争主義とか実力主義って社会全体をとらえた時のシステム的な見方なんですよね。いかにも「実力主義」というと「個人」にフォーカスした物の見方に思いがちだけど、実はその反対なんですよね。社会システムを「効率的」に運営する為に必要な方向性に過ぎない。そこには個の成長という見方が全く入っていないんですよね。システム全体と個のバランスをとるって大変だけど、逆にそのバランスを失ってしまうと壊れてしまう。

競争主義、実力主義に隠れ潜んでる「システム全体→個」という方向性が時代にそぐわなくなってきているのでしょうね。これだけ情報化が進んで個人が特有の特質(強み)を個々に発信出来る世の中、その逆の「個→システム全体」、その後の「システム全体⇔個」への相乗作用的な流れに変化してきた。この変化で結局これまで社会が決めていた「実力」というのは、ますます曖昧で流動的な概念に変わっていくのではないかな?と思います。でも、私的にはその方がシステム自体は柔らかくなって行くので面白いと思います。

ごめんなさい、非常に抽象的なコメントで。

Oserさんへ

小泉政権下、つまりは新自由主義政権のもとでは
競争主義や実力主義が必要以上に礼賛されていたように思います。
そうなんですよね。「競争主義」って個人が自由に競争を行えるという点で
いかにも集団にとらわれない、個人を重視した考え方のように思えますが、
能力のある人で社会をささえ、無駄(能力の無い人)を切り捨てるシステムでしかない。
わたしが大嫌いなアベシンゾーなどは「再チャレンジ」という言葉を使うのが好きでした。
確かに、競争に敗れた人も「再チャレンジ」すれば勝者になる可能性はある。
しかし、再チャレンジしても、再々チャレンジしても、うまくいかない人はどうなるのか?
負けつづけた人がどうなるか?という視点は全くないように思われます。
本当に人を大切にする社会とはどんなものなのか、新自由主義が行き詰まった今だからこそ
みんなが考えていくべきではないでしょうか。
それはすごく難しいことかもしれないですが、考えることもせず安易に新自由主義によりかかるよりはいいと思うんです。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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