「わたし自身が宗教です」

雑記
05 /29 2009
職場のKくんに
「Kazuccineさんって、壮絶な人生を歩んでいますね」
と言われた。

壮絶な人生ねえ・・・・。
自分でいうのも変だけれど、わたしは結構平平凡凡な
人生を歩んでいると考えている。
よくも悪くも、大きく道を踏み外した経験もないし、
人にはない何かを持っているわけでもない。
ただ、環境的に見れば多少特殊に思う人もいるだろう。

今までこのブログに書いたことはなかったのだけど、うちは両親(特に父親)が
ちょっと偏った思想の持ち主なのだ。
だからといって、両親がやばい人たちだとは思っていないのだが
このことはゲイってこと以上に隠しておきたい事実なのだ。

他にもおばさんやおじさんに、ちょっとカルト的な宗教を信仰している人が
何人もいるし、ごく一般的な家庭から見ると少し特殊な部分があるのかもしれない。

父親の思想と、そのカルト的な宗教はちょっと対立しているので、
夏休みやお正月に親戚一同集まって仲良く話していたのが、今思えば
不思議な光景だったのかな?っていう気もする。
逆にいうと、みんなその思想なり宗教なりに、
骨の髄までつかっていないってことかもしれない。

わたしは宗教が権力と結びついたり、人に危害をくわえたり、
あるいは信仰を無理強いしたりするのはよくないと思う。
ただ、そういうのさえなかったら、どんな宗教を信仰していようとかまわない。
わたしにとってのマドンナが、ジーザスであったり、ムハンマドであったり、
あるいはブッダであるってだけだ・・・・。
なんてことを書いたら、宗教に熱心な人に怒られそうだけれど、
わたしにとっての宗教がマドンナなので、怒らないで欲しい。笑
(ちなみに、経典は彼女のアルバムだ。カバラは特に関係がないので悪しからず)

わたしがこういう考え方をしているのも、周りに色んな宗教の人や
思想の持ち主がいたからだと思う。
実際に、カルト的な宗教を信仰している人でも、一人一人はいい人たちだ。
集団になると、ちょっと異様な雰囲気になってしまうけれど
個人個人がおかしいってことではない。

アメリカで、必死に同性婚や妊娠中絶に反対しているクレイジークリスチャンだって、
多分一人一人は田舎の優しいおじさんおばさんじゃないだろうか。
だから、クレイジークリスチャンを諸悪の根源みたいに言うのは間違いだ。
そういう人たちを利用した宗教指導者や、ジョージ・ブッシュこそ悪だと思う。

話が少しそれてしまった。
日本は宗教に関しては寛容な国だといわれている。
一応仏教徒が多いと思うのだが、キリスト教徒やイスラム教徒が排除されるって
ことはないし、差別の原因になることもない。
ただ、宗教そのものに対する嫌悪感は独特だと思う。
本気で神を信じていると言ったら、すぐさま「ヤバい人」扱いされてしまう。
宗教的なことを語っている人に対しては、距離をおきたがる人が多い。

これはこれでよくないことじゃないかな?って気もするのだ。
宗教に対して寛容っていうよりは、宗教ってものをよくわかっていないだけじゃないかな。

ちなみに、うちの父親は宗教ではなくある偏った思想に傾倒しているのだけど、
わたしはそれも一種の宗教だと思っている。
近現代にあらわれた、経済学や政治思想と結びついた少し変わった宗教だ。
そう考えると、民主主義とか人権とかも宗教的なもののように思うのだが、
知恵のない頭であれこれ考えてもボロが出るだけなので、ここらへんでやめておこう。

そんなありとあらゆる思想や宗教に囲まれて育ったわたしだけれど、
わたし自身はそういったものに染まらないで今にいたる。
いや完全に染まってはいないってことはないかもしれないし、何かしら
いい影響なり悪い影響なりあるのかもしれないけど、少なくともそういったものを
盲信したりするってことはない。
いい影響があるならそれを大事にすればいいし、悪い影響があるなら
ただしていけばいいって思う。

ま、本人曰く「無神論者」であるKくんにいわせれば、そういう環境で生まれ育ち、
その割にお気楽な考え方をしているわたしが「壮絶な人生」を歩んでいるように思えるらしい。
おまけにゲイだからね。
たしかに色々と変わった条件はあるのかもしれないけど、
わたし自身はとにかく「平凡な人生」だと思っている。
わたしにいわせれば、Kくんの人生こそ壮絶で波乱万丈に思える。
そう言ったら、「いや、俺は普通だと思いますよ」とのこと。

みんな何かしら人生にドラマがあるし、それなりに壮絶な人生だったり
平凡な人生だったりするんだろう。
だからこそ人と話をするのは楽しいのだ。

最後にKくんが「Kazuccineさん自身の宗教は何ですか?」と訊いた。
わたしはすぐさま「マドンナ!」と答えたのだけれど、
「それは宗教じゃないですよ」と言われた。
ま、彼女は神じゃなくて歌手ってことはわたしだって百も承知だ。

うーん、マドンナでないとしたらわたしの宗教は何なんだろう?
思うに、人間の愛とか正義とか、力強さとか、素晴らしさとかそういったものだ。
いわば「人間教」を信じている・・・・としておこう。

まあ、これも胡散臭い気がするので、わたしはただの「マドンナ狂徒のゲイ」でいる方が気楽だ。

ゲイのブログ検索サイト - ゲイログ
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

無宗教

日本人は特定の宗教を信じている人は少ないですからね
私も確かに宗教に対しては知識がないから少し身構えてしまうところがあります
でも
それとKazuccineさんが壮絶な人生を送っているかはイコールではないような気もします
Kくんだから言える真っ直ぐな感じ方なんだろうなぁ

マドンナ教アリでしょう!
ファンは信者ですから
どんなアーティストであってもね

rumさんへ

特に若い世代だとオウム真理教の印象が強烈ですからね。
「宗教」っていうと胡散臭く見られるのに、江原さんとか細木数子とか
受け入れられるでしょ?こういうのって日本人独特なんじゃないかな?
「壮絶な人生」に関しては、まあKくんらしいですけどね。
大学卒業後はともかく、それまではかなりのらりくらりやってきました。

やはりマドンナ教はありかしら?笑
でも音楽って哲学的なものも書かれてるし、宗教的な側面もあると思いますよ。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

かなたさんへ

はじめまして。コメントありがとございます。
そうです。マルクス主義者であり、もっというなら日本共産党員です。
素敵かどうかはわからないんだけど、独特の価値観の下に育てられたのは事実です。
父自身はわたしは尊敬していますが、兄や姉も、そしてわたしもマルクス主義ではないです。
父はもちろん、宗教ではないといいますが、わたしは非常に宗教的なものを感じて育ってきました。

おいそがしい中、コメントへの返事ありがとうございます。

日本共産党は、マルクス主義じゃないです。マルクス主義をねじまげちゃったスターリン主義ですね。官僚主義で、自分の国だけ良ければいいって考えで…。「尖閣列島」(釣魚台)問題の見解なんて、まさに本音を露わにしてますよね。
公明党にも、日本共産党にも同じにおいを感じる=信者や現場党員は実直で一生懸命だけど、幹部はひどい(でも、これは、連合に加盟してる労働組合にも言えますね…)=ので、宗教的な印象を感じるのは無理もないなって感じます。
でも、本来のマルクス主義って、科学的で理論的で実践的なものなんですけどね…文献は皮肉が多くて難解ですが…
たくさんの「共産主義」を名乗る国や団体のせいで、誤解・警戒されてますよね。学校でもそう習うし、ほとんどのマスコミもそう報道するし…。

今の資本主義社会が、矛盾や不条理に満ち満ちているので、労働者階級の団結と闘いで、新しい社会をつくりたいと思っています。
ははは、これも宗教っぽいかなf^_^;

かなたさんへ

わたし自身は日本共産党に関してはかなり複雑な気持ちを抱いています。
父や父の周囲の人に対する矛盾点や疑問点を感じていた反面、わたしの道徳面で
根本的なものを作ったのは、やはり両親の価値観であり、それは共産党員の考え方だと思うからです。
そして、何より「共産党=危険」という世間の考え方にも疑問を感じていました。
選挙のときにも、マニフェスト自体は見ないで、「共産党が政権とったら中国が云々」って書き込みが多いです。
正直今さらマルクス主義の勉強をするのも面倒ですし、自分のことで手一杯です。
うーん、ちなみに尖閣諸島の問題に関しては、共産党の主張のどこが問題かよくわかんないです。
北方領土問題でも、四島だけじゃなくて千島列島全体の領有権を主張しているのは共産党だけですし、そういうところはもっと評価されてもいいかな?と思っているので。
本文にも書いていますが、わたしには身内に色々な思想宗教の人がいます。
尊敬に値する人もいれば、そうでない人もいる。
でも、特定の集団は嫌いだし、苦手です。
個人の良心や良識よりも、集団のイデオロギーやドグマが勝つなんておかしいと思う。

「日本固有の領土」と主張していることですね。

固有の領土とか言うから、領土問題で労働者同士がいがみ合ったり、殺し合わされたりすることが起こる。労働者には、国境はないんです。労働者は国境越えて団結できる。それが戦争を止める本当の力だと思います。
わたしも、父親の信仰している日蓮宗の影響を受けて育ちました。
何かに感謝する気もちなど大切なことも学びましたが、女性差別や部落差別を容認しているというか、オレが納得いくように説明してくれないので、一歩以上ひいてます。あと、幹部の人の人間性が、全然尊敬できなくて…。修業重ねてる人とは思えなかったですね。

かなたさんへ

国という概念がない場合、それは素晴らしい考え方だと思います。
しかし、わたし自身国家に守られているし、日本という国に愛着を抱いている以上、
国家という概念を捨てることはできません。
「労働者」とか「ゲイ」という概念をこえた存在として、「日本」という国があるのだと思います。
その点で。「領土」というのは国家のために必要な要素です。現時点でのわたしの考え方です。
わたしは日の丸も君が代も、天皇も日本の文化であり、日本人としてのアイデンティティにとって必要不可欠な存在なんです。
これは共産党員の両親の影響というよりは、大正生まれの祖母からうけついだ考え方かもしれません。
あと、今上天皇夫妻の人格や、皇太子夫妻の苦悩に対する共感もあるでしょう。
国家をこえて労働者が団結するというのは、過去もありました。
しかし、残酷な階級闘争と凄惨な粛清の歴史があるのも事実です。
どうも種々の宗教や思想イデオロギーは、わたしの心にとどかないものばかりなんですよ。
私は私の良心にしたがって生きるしかないと思っています。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


リンクフリー、トラックバックやコメント大歓迎です。