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譲れない

雑記
01 /31 2009
一歩も引き下がらない人間、最後の一歩を引き下がれない人間。

わたしはどちらかというと、後者の方だと思う。
相手ばかりが一方的に悪いなんてことはないし、相手の主張も
それなりに理由があってのことだろう。

たとえ対立していても、相手の心情を慮ることは大事だ。

だからこそ、賛同できるところは賛同する。
相手のことは全否定しない。
同調してくれとは言わないけど、一意見として聞いて欲しい。
無理に結論を出さない。

一生懸命こんな姿勢を貫ぬいている。
少なくとも、そうしようと努力している。

たとえ相手に全否定されようとも。

でもわたしだって人間だから、どうしても腹が立つことはある。
相手がぎゃんぎゃんまくし立てるなら、少しぐらい怒りをぶつけたっていいじゃない。

どうしてそのことに対して怒られなきゃいけないんだろう。

「あの子はああいう子だからさ、あんたが譲ってやらなきゃ」
「怒ったってどうしようもないよ」
「あんなに言ったらあの子だって可哀想だよ」
「謝って許してもらったらいいじゃん」

話がわかんない人間はいるからいいんだよ。
しょうがないっていう諦めは、わたしにだってあるから。

それはわたしにとって、「失望」じゃない「絶望」だ。

でも、わたし自身傷ついているのに、どうしてわたしばかり悪者にされるのだろうか。

どうしてわたしばかり謝らなければいけないのだろうか。

どうしてわたしばっかり、最後の一歩を譲らなきゃいけないの?

「あんな謝り方じゃ、機嫌よくならないよ」
「もう責めるのはやめなって」
「正論だけどさ、触れて欲しくないことだってあるんだから」

わたしの中で何かが壊れた。

誇り、意地、怒り。

全てネガティブな感情だと思うけれど、それを守らなきゃ人間は生きていけない。

出てきた言葉は「さようなら」。

もう二度とわたしの目の前にあらわれるな。
あなたに出会ったことを、心から残念に思います。
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コメント

非公開コメント

こんにちは。
先日は、レスをありがとうございました。
今回もまた興味のある記事を書かれていたので、コメントしてます(笑)
私もつい最近、友人と呼べる人に「さようなら」を言いました。
実際は口に出して言った訳ではないんですが、たぶん相手にはわかりかけているんじゃないかと思っています。
その人に(私から)切られる理由はないのかもしれない。
ただ自分がその人によって振り回されていると感じた段階で辛くなってしまったんです。
その人の一挙一動で心が動かされるのが耐えられなくなったと言ったほうがいいかもしれません。
自分にとって害でしかないと本能が認めたとき、私という人間は簡単に切ってしまう。
ちょっとそれが悲しくなりつつあった時に、Kazuccineさんの記事を読みました。
Kazuccineさんのケースと私のケースは違うと思うんですが、「どうして自分ばかり・・・」という思いは私の中にもあって・・・。
その人のために悩んだり、考えたりしたことは後悔しないけど。
相互理解とは、なかなか現実にありえないことなのでしょうか?
自分ばかりが理解しようとしているような気がしてしまう。
そんなはずはないのに・・・。
人が信じられない言い訳でしょうかね。


なおさんへ

わたしはあまり人間関係を切れない方なんです。
そのかわり、臨界点に達すると絶交します。
「どうして自分ばかり・・・・」という感情は、もしかしたら
すごく傲慢なのではないか?って思うこともあります。
でもさ、他の人は同じように我慢してるの?自分をおさえているの?
そう思っちゃうのも事実じゃないですか?
わたしもなおさんも、すごく不器用なのかもしれませんね。
人を理解することは簡単に出来ることじゃありません。
ましてや受け入れることはさらに難しい。
だからこそ、受け入れる姿勢は何よりも大事だと思います。
色々苦しいこともありますが、これからもその姿勢だけは大事にしていきたいな。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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