スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

選ばれた人

雑記
01 /27 2009
家庭教師をしている近所の中2男子は、出来のいい子だ。
今までテストの合計点が、5教科合計400点を切ったことがない。
その彼も、今年で中学3年生になる。

「あと一年で受験だね」
と言うと

「そうですね」
と、ケロっとして答えた。
あまりプレッシャーを感じているわけではないみたい。

かれこれ高校受験は11年前。
いつの間にそんなに時間が経ったんだろう?って思う。
感覚的にはつい最近なんだけれどナァ。

滑り止めの私立高校を受験したのが1月18日。
本命の受験日すら覚えていないのに、この日の日付はよく覚えている。
恐らく、生まれて初めて「入試」を経験したからだろう。
あと、この日にむかいのおじさんが亡くなったからというのもある。

正直、落ちることはないと思っていたので、あまり緊張はしていなかった。
数日後に合格通知が来たけれど、感動はなく「受かって当然」だと思っていたし、
何より「これからが本番だ」と思ってウンザリしていたように思う。

ただ、他の私立高校よりも受験日が早く、みんながこれから私立受験というときに
少しだけ余裕があったのはうれしかった。

県立高校の受験日はすごく緊張したという記憶がある。
偏差値は普通レベルだったけれど、倍率が少し高かったし、わたしは何より
内申点が悪かったので落ちたらどうしようと、すごく不安だった。

受験番号は「519番」。
「519(ゴーカク)」と読めないこともない。
そうやって自分を奮い立たていたのだ。
今思うと、微笑ましいというより何だか滑稽に思われる。

合格発表の時は、掲示板に自分の番号があってホッとして、うれしくてその場で飛び跳ねた。
志望校に入れた喜びもあったけれど、自分が「選ばれた」という優越感みたいなものもあったと思う。
地元では一応ナンバーツーの学校だったし、憧れの学校に挙げる人も多かったからだ。

まあ、入ってみるとその中でも色んな人がいて、賢い人もいればバカもいた。

3年後の大学入試センター試験や二次試験のときも緊張したけれど、
それでも緊張に押しつぶされなかったのは、高校入試のときの経験があればこそだろう。

15の春も、18の春も泣かずにすんだ。
一応、「選ばれた」側だったから。

しかしその後、「選ばれない」側の苦しみや悔しさを何度も味わった。

そういう経験も必要かもしれないけれど、もう二度と経験したくない。
自分から選び取れる人になれたら最高だけれど、せめて選ばれる人になりたい。

選ばれない人間の辛さや憎悪は、人格をゆがめてしまうほどだ。


わたしはきっと、これからも何かに試されつづける。

仕事や勉強だけに限らず、恋愛や友達や職場の人との関係においても。

それは死ぬまでつづくに違いない。
生きていくことはそういうことだと思う。

同時にわたしも何かを試し、選びつづけていく。

最低限、彼氏やパートナー選びだけは失敗したくないな。
「お互いにとって最良の選択」といえるような、出会いがありますように。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


リンクフリー、トラックバックやコメント大歓迎です。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。