さようなら、ノストラダムス

雑記
11 /17 2008
sweet
早いもので、今年もあと一月半で終わろうとしている。

来年は2009年だけれど、っていうことは1999年から10年経つってわけだ。

そんなん当たり前だろうがって言われそうだけど、10年も経ってるっていうのが不思議な感覚だ。


1999年といったら「ノストラダムスの大予言」を思い起こす人も多いと思う。

1999年7月に人類は滅びると言われていたけど、結局何ごとも起こらず

人類は10年経ってもどうにか生きのびている。

1999年7月に何も起こらなかったので、「ノストラダムスの予言ははずれ」というのが

一般的な見解だと思っていたが、その後「例の予言は911テロのことだった」とか

様々な解釈がされているみたいなので、一概にはずれだともいえないらしい。

おまけに、その後マヤの予言だのジュセリーノさんだの、新たな予言も出てきているので

当分人類は安心できないみたいだ。

今のところ危ういのは、2012年らしい。

多分、2012年に何ごともなかったらなかったで、

また「20XX年に人類は滅亡する」っていう予言が出てくるに違いない。

こういう予言が好きな人とか、あるいはオカルト好きな人にとっては

「人類滅亡」って一種のロマンなんだろう。

2012年に何かが起きるのか、1999年と同じく何もないのか。

とにかく2012年にならないとわからない。


そういや、兄が高校の卒業文集で「もしも人類が滅びるなら」ってな内容の

作文だかポエムだか、ようわからんものを書いていた。

コテコテの理系の兄にしては、ずいぶん文学的だったので読んだ時は驚いた。

ユニークだなぁ~と思いつつ、クラスメイトにしてみれば卒業文集に

書くような内容じゃないだろ!と思っていたに違いない。

「好きな子を抱いて、愛し合ったまま世界の終末をむかえたい」

なんてことも書いていたっけな。

「抱く」「愛し合う」ということは、すなわちセックスのことだと

当時小学生のわたしでもピーンときた。

そして、兄は経験済みに違いないと確信した。

我ながら、嫌な弟だったと思う。


1999年7月、世間はすっかり冷めていたけれど

わたしは「人類は今月滅びるんだ」と、少しだけ信じていた。

当時16歳で、もちろん童貞だった。

「俺は結局童貞のまま死んでいくのかよ~」

そう思うと切なかった。

せめて、好きな人に告白してから終末の時を迎えよう・・・・と思い、

当時好きだったクラスメイトの男子に告白した。

当たり前だけど、ノンケと思しき彼には拒絶された。

幸か不幸か人類は滅びず、わたしの高校生活もそのまま続いていく。

残りの高校生活を通じて、彼とは一度も話していない。


幸い高校を卒業してから、めでたく初体験をすることが出来た。

「童貞のままでは死ねない」と思っていたけれど、童貞じゃなくなっても

「死んでもいい」とは思えないもんだなあ・・・・なんて思っていた。

セックスだけじゃなく、「これをやらずして死ねるか」ってことはたくさんあって、

セックスなんて実は取るに足らないことだとわかった。

まだまだ、死ぬまでにやり遂げたいことは腐るほどある。

2012年までに、それらを全部やり遂げることは不可能だろう。

そもそも、やりたいことを全部やって死んでいける人なんてそんなにいないのかもしれない。

すごく長生きして、天寿を全うすることが出来た人でも、

いくつかは「やり残したこと」があるに違いない。


人類滅亡がいつになるのかわからないけど、自分の人生は

あと数十年のうちに確実に終わる。

だからこそ、一つでもやりたいことをやらなきゃ。

「後悔のない人生」は無理でも、「少しでも後悔の少ない人生」にしたい。
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コメント

非公開コメント

おもしろい

いつも文章がうまく 新聞のコラムみたい! ノストラダムスからもう10年たったんですね。時は早いです。

S江さんへ

そう言われたらうれしいですね。
やはり楽しく読んでもらえるブログにしたいので。
そう、ノストラダムスから10年経つんです。
10代の子なんかは知らないだろうな・・・・。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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