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大事なのは対話の姿勢

雑記
09 /10 2008
mixiの日記で、妊娠中絶のことに関して書いた。

何でそういう話になったかというと、アメリカの大統領選の共和党副大統領候補ペイリンに

ついて書いたからなんだけれど、彼女が中絶反対運動の活動家だからだ。

わたしは、中絶は権利であり、それを法で禁止するべきじゃない。

中絶の権利は守られなければいけない。と、考えている。

そう書いたんだけど、どうも書き方がまずかったのか、中絶反対派のマイミクさんを刺激してしまった。

その人自身も不快な思いをしたことだろうし、わたしに賛同してくれたマイミクさんにも

気まずい思いをさせてしまった。

中絶問題は、デリケートで深くて、複雑な問題だ。

右でも左でも、男でも女でも、フェミニストでもアンチフェミでも、ありとあらゆる宗教の中で、

ありとあらゆる思想の内部で、それぞれの意見が対立している難しい問題だ。

あまりいい加減な気持ちで書いてはいけないんだ・・・・と身にしみて感じた。


それにしてもなあ・・・・どうして「中絶の権利は守れ」という意見が

あたかも「中絶賛成」みたいな感じで受け止められちゃうんだろう?

中絶がいいことだなんて、決して誰も思っちゃいない。

生命を奪う、悲しくて、痛ましく、出来るだけ避けないといけない

行為だってことはみんなよくよく理解している。

だけど、中絶を犯罪化し、処罰の対象に加えるのは違うんじゃないか。

権利は権利として守られるべきじゃないか。

それこそが、多くのプロライツ(権利尊重)の人の考え方だろうに。


「避妊教育なんてするな。婚前交渉を禁止すればいい」

なんていきまいている、アメリカの宗教右派(中絶反対運動の中心)に比べたら

よっぽど中絶などない社会にしたいと思っているんじゃないかなあ。

おそらく、中絶に対する嫌悪感が激しく、少しでも肯定的なニュアンスの意見があると

「許してなるものかっ!!」っていう風に正義感が働いていしまうんだろう。

議論も大事なんだけれど、もう少し「対話の姿勢」みたいなものが望めないだろうか。


そして、これは妊娠中絶の問題に限らない。

同性愛に関してだって同じことだ。

どうしてもゲイやレズビアンを認められない人たちがいる。

これはただ単に彼ら、彼女らが頑固者っていうだけではなく、

本人たちなりの確固たる道徳観や信念が背景にあるからだ。

対立して、意固地になられたら本当に厄介だ。


とにかくけんか腰になっちゃだめ。

対話し、お互いがお互いを理解しようっていう姿勢が大事なんだろうな。

難しいことだけれど、無理なことだって放棄するよりはマシだ。

諦めちゃったら、そこでストップしちゃうからね。
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和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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