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人間のラベル

雑記
11 /03 2006
hensearch


昔ほどではないかもしれませんが、

受験において偏差値というのは大きな意味を持ちます。


塾という現場においては、やはり重要な役割があるんです。


教室の壁に県内高校の偏差値一覧表が貼ってありました。

塾講師という立場でなくとも受験を経験した人なら、

こういうものをやはり一度は興味をもって眺めたことが

あるんじゃないでしょうか。

ちなみにわたしの母校の偏差値は…。

まあ、中の中の上ってとこかな…。

わたしが受けた頃はもう少し上だったんだけどなあ。


で、昨年勤務していた高校は…。

何と県内最下位!

偏差値30で、他の学校よりぐーんと低い位置に書いてありました。


もちろん、データから算出したものだし

悪意などあるわけがないんですけど、

何だかバカにされてるような気がしてしまいます。

というより、これ見たらあの子たち悔しいだろうな…なんて思いました。

偏差値や学校のランキングに重きを置くかどうかはともかく、

やはり下位にランク付けされているというのは気分のいいものではないでしょう。


これ、昨年入試の採点や合格判定している時も思ったんですが、

何だか受験ってラベル貼りみたいなんですよね。


同じ地域に住んでいて、それまで同じ小学校や中学校に通っていた

子どもたちを、学力で色んな高校に振り分けていく。


「子どもはみんな同じ、でもひとりひとりが違う」

勉強が出来る子も出来ない子も、素行がいい子も悪い子も、

みんなみんな同じ子ども。

そして一見同じようなタイプの子どもでも、それぞれの個性も

思考も、ひとりとして同じものはない。

缶詰のように、ラベルを貼ってカテゴライズするのが簡単なものではない。


大人だって同じでしょう?

ゲイだ、ノンケだっていってその人をカテゴライズしても

みんなどこにでもいる普通の人であり、みんな千差万別で同じ人などいない。


それを無理矢理カテゴリを作って、そこの当てはめて、

「○○高校」ってラベルを子どもたちに貼っていっているような気がします。


もちろん、高校というのは思春期を決して短くない期間過ごす場所です。

どの高校を選ぶかということが、その人の人格形成に及ぼす影響も大きいでしょう。

でもそれはその人の個性の一部。

偉いとか偉くないとか、そんなこととは無関係なんですよ。


つまらないラベルを気にしていばるのも、卑下するのも哀しいこと。

充実した高校生活をおくって、母校に誇りをもてればいいんですよ。

投げやりになっていた前任校の生徒たちが、もう少しこのことをわかっていて

くれれば…と、今でも思います。















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コメント

非公開コメント

私が高校の時は試験の結果を教室の後ろに貼られていました。よく出来る人はよいのですが、出来ない人は....
これも、先生から見ると生徒たちの励みになりと思ってのことでしょうが。成績は最階位ではありませんが、やはり嫌でしたね。

学歴か

会社によっては学歴が重視されますが
私の今の会社は、全員中途採用なので
出身校はまったく意味がなしません
でも、就職するまではそれが全てだとどこか思っていましたね
というよりも、そうやって育てられた気がします…

出た学校よりも、その個人を尊重される
そんな風にはまだまだ実際はならないのが現実ですけどね…

Miyokoさんへ

毎回それをされると困りますね。。。
わたしもとても成績が悪い時期があったので、
そんなことをされると学校嫌になっただろうな。

とんすけさんへ

わたしは田舎の大学だったので、いわゆる有名大学の
ネームバリューがすごくうらやましかったです。
学校を出てから、そんなに意味のないものだなんて気付いたけど、
学生の時はちょっと拘ったりもしてました。
実際社会は変わりつつあると思うんですが、子どもたちにはわからないのかもしれません。
ましてや、地域ではその学校というだけで後ろ指さされるような経験をしてきた子たちですからね・・・。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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