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ザ・ビーチ

雑記
03 /18 2018


数年前に流行った「シャイニーゲイ」ではないけれど、90年代には「ゲイはクールでスタイリッシュな都市生活者」みたいなイメージはあった。
クリエイターとかアパレルとか、とにかく創造的でオシャレで高収入な仕事をして、夜はバーやクラブで遊んで、週末や連休には国内外を旅行する。
前前回の記事「二十歳の微熱」で二十歳前のわたしが夢描いていたのは、そういうゲイライフだった。
よくもまあ平成不況まっただ中の90年代末期~00年代初頭にそんな夢物語というか、バブリーな憧れを抱いたものだと思う。
実際のところ、90年代の不況の最中でも、あるいはリーマンショック後の世界でも、そういうゲイライフおくってるリッチなゲイはいると思うのです。
でも自分の身の程を考えたら、たいした努力もしてないのに、そんなリッチでスタイリッシュな生活をおくれるわけもない。
まあそんな風に「都会に出なきゃ」っていう焦りがあったのも、地元でゲイライフなんてものが想像できなかったからではあるのだけど。

今回の記事「ザ・ビーチ」はわたしがそんな夢見る夢子ちゃんだった2000年に公開された映画だ。
レオナルド・ディカプリオが「タイタニック」の次に出演した映画で、「タイタニック」ほどではなかったけれどヒットした記憶がある。
非常に見たい映画ではあったけど、見ないうちに劇場公開が終わってしまい、この映画をわたしが実際に見たのは2015年頃だった。
レンタルビデオを借りる際も、またいつか別の日に借りようと思って何となく先送りしていた。
高校生の頃から15年の時を経て見た感想は、「面白くていい映画だけど、大ヒットする作品ではないよなあ」ってことで、「タイタニック」みたいな娯楽作品とはかなり毛色が違う。
多分この作品でディカプリオ自身も「タイタニック」のイメージ払拭しようとしてたんだろうなぁとか、後の「ギャングオブニューヨーク」とか「アビエイター」みたいな作品傾向に繋がっていったのかなぁ‥‥とか色々思うけれど、まあそういう下手な映画評論家気取りの解説は、散々あちこちで語られているだろうからやめておく。
ちなみに映画で使われたオールセインツの「Pure Shores」。当時めっちゃ好きだったなぁ。

映画の話にそれてしまったが、夢見る夢子ちゃんだった若ゲイの頃、オシャレな都市生活と同じく憧れてたのが、「パートナーと過ごす南の島のリゾート」で、それこそ映画「ザ・ビーチ」に出てくるような、南の島でパートナーと熱いひとときを過ごしてみたいなんてことも思っていた。
実際のところ長期休暇を取って南の島でバカンスするなんて、簡単なことじゃないんだけどね。
沖縄ぐらいだったら何とか行けそうではあるけれど、現在ブクブク太った体でビーチにくり出せるかっていうと、それもまた難しい。
あと、二十歳頃と30代半ばでは興味の対象も異なるから、ビーチよりは観光を楽しみたい気もする。
でも青い海と白い砂浜、やっぱり憧れちゃうよね。

わたしほどではないけれど、たつやもつき合うにあたってこんなデートしたい、あんなデートしたいという憧れはあったらしい。
が、いきなり「寺にお花を見に行こう」と誘われた時は「‥‥‥‥」という心境だったそうだ。
まあ23歳の男の子をいきなり寺に誘うなんざ、センスのいい年上ゲイがやることじゃなかった‥‥と今では思う。
4月からは職場の環境も色々変わりそうなのだけど、落ち着いたらとびきりオシャレなデートプラン立てて、キラキラとはいかないまでもキラッと光るゲイライフを味あわせてあげたい‥‥などと思う今日この頃だ。
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麗しき梅花

雑記
03 /14 2018

桜の花もよいですが、わたしは梅の花がとても好き。

厳しい冬を乗り越えて、鮮やかに咲くのがいい。

桜の花が優雅で艶やかだとするなら、梅の花は粋で艶っぽい感じです。

どちらも「艷」ですが、個性は少し違います。

二十歳の微熱

雑記
03 /12 2018

今月に入って以降、花粉症か黄砂か、はたまたPM2.5の影響かわからないのだけど、喉が痛くて鼻づまりやくしゃみに苦しんでいた。

その後37.6℃まで熱があがったので、正体はもしかしたら風邪だったのかもしれない。

葛根湯を飲んで一晩汗をかいたら熱は下がったので、どうやらインフルではなかったようだ。

とはいえ体は案外弱っていたらしくて、今はあちこちにヘルペスが出て辛い。

時々ヘルペスが出ることはあるのだけど、いつもは鼻の下や上唇にしか出ない。

それが今回は目の周りや鼻筋、肩などに出ている。

特に辛いのが目の周りで、目が開きにくいのも困るし、涙は出るし、目やにが酷いし‥‥で気分も滅入る。

前回目の周囲にヘルペスが出たのは15年前の二十歳の時で、時期もちょうど今と同じ3月だった。

地元を離れて四国の大学に通っている頃だった。

わたしは夏休みと正月に実家に帰ることはあっても、春休みは帰らなくて、学生の頃唯一春休みに帰省したのが2回生の春休みだった。

とはいえ実家に帰った早々、目の周囲にヘルペスが出て結局病院通いがメインの淋しい帰省だったのだけれど。

実をいうと、その頃つき合っていた男とは関係が煮詰まりつつあったというか、情熱は冷えて惰性でつき合ってる部分もあって、かすかに「新たな出会いを‥‥」という気持ちがなかったわけでもない。

というより、その彼のことが好きだったから、というよりは「恋愛がしたい」「(誰でもいいから)彼氏が欲しい」という動機でつき合った関係だったから、どこかで断ち切りたい思いがあった。

結局その後3年も関係が続いてしまったのだけれど、情熱はなくとも情はそれなりにあったのだと思う。

(今つき合ってる彼氏が見てるブログにこんなこと書いて、正直アカンと思う。ただ若い頃のダメな恋や嫌な自分、苦い経験があってこそ今の自分がある。そして30越えてから本当の恋愛を知ったという、わたしの想いも伝えたいのだ。)

というわけで、二十歳の春休みに密かに地元で新たな出会いを‥‥という期待があったのだけれど、片目が腫れて目やにがこびりついている状況でアバンチュールが出来るはずもなく、よからぬ思いをとげることは叶わなかった。

ばちがあたった‥‥なんてことも考えたりしたのだけど、実家にいて祖母とゆったり過ごせたことは、むしろ幸せなことだったと思う。

認知症がありつつも春先には穏やかだった祖母が、この年の夏にはせん妄などの症状が見られるようになり、混乱して激昂することもあった。

本格的に我が家は介護生活に入ることになった。

翌年の冬ごろにはかなり落ち着いて、大変な時期は幸い長くはなかった。

理由は祖母のことだけではなかったのだけれど、大学卒業したら実家に帰ることを意識するようになったのはこの頃だった。

漠然と都会暮らしに憧れたり、(決して真剣ではない)見果てぬ夢を見るのではなく、地に足をつけて自分の人生を考え始めたのが二十歳の春休みだった。

(まあ残念ながらその後何年も大人になりきれず、失敗や挫折も経験することになるのだけど。)

思い出は過去の自分と出会う旅。それは未来へと続く旅でもある。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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