ブーム現象の怖さ

雑記
08 /12 2016
LGBT男性自殺で大学を提訴

いわゆる性的マイノリティー「LGBT」であることを友人たちに知られ、自殺した大学院生の両親が、相談を受けていた大学などに賠償を求める訴えを起こしました。
5日から始まった裁判で、大学側などは訴えを退けるよう求めました。

東京の一橋大学法科大学院の3年生だった男性は、去年4月、男の同級生に好意を打ち明けたところ、無料アプリ「LINE」などを通じて友人たちに言いふらされ、大学の担当者に相談しましたが、4か月後、授業中に自殺を図って亡くなりました。
男性の両親は、自殺を図ったのは大学の不適切な対応が原因で、同級生にも言いふらした責任があるとして、あわせて300万円の賠償を求める訴えを起こしました。
5日から東京地方裁判所で始まった裁判で、大学や同級生側は、訴えを退けるよう求めました。
裁判のあと男性の家族は会見を開き「同級生の理不尽な行動で追い詰められ、大学側もサポートせず放置したことは許せません」と述べました。
両親の弁護士は「同性愛者だと言いふらされると傷ついてしまう社会だということが問題の背景にある。裁判を通じて何かが変わるきっかけになってほしい」と話しました。
一方、一橋大学は「ご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、ご家族の皆さまに謹んで哀悼の意を表します。大学の立場は、裁判で明らかにしていきたい」とコメントしています。




このような事件は本当に胸が痛い。
亡くなった彼の周囲が、ゲイに対して理解ある人たちであったなら、彼は追い詰められることはなかった。
周囲の差別的な言動を身近に感じていたからこそ、彼はアウティングされたことが怖くて辛くて自ら死を選んでしまった。
ここ数年間、メディアを巻き込んでのLGBTブームのようなものがあった。
プライドパレードがメディアに取り上げられるようになり、同性結婚式などのLGBTビジネスが勃興した。
昨年アメリカで同性婚が合憲判断され、日本でも自治体単位でパートナーシップ条例が成立し、施行された。
そんな喧騒のなかの、この事件。
はたして世間はどれだけ変化したのだろうか?

このブログを開設した当初から、「ゲイをカムアウトする」ことに関しては色々考えることがあった。
わたしは一貫して「カムアウトした方がいい」っていうスタンスだった。
「当事者がクローゼットのままでは、世間にとってゲイは身近な存在にならないし、制度的な保障も含めた議論にはならない。偏見や差別もなくならない。まずは可視化することが必要」
っていう、ゲイリブ的な視点もあったし、
「わたしは普通に恋愛してるだけなのに、何でコソコソ隠さないといけないの?親しい間柄の人にまで嘘をついて、自分を偽らないといけないのはおかしい」
っていう、感傷的な理由もあった。
まあ、実際のところ軽率でおしゃべりなわたしが、秘密を抱えつつ生きていくのが困難だったってのが最大な理由だったんだけどね。
大学時代にカムアウトしたのは酔った勢いだった。
基本的には、わたしはゲイがゲイとして生きることが出来る社会が理想だ。
パートナーが出来たら、親しい人に紹介したり、街中で手を繋いでデートしても変な目で見られたりしないのが、「普通」だと思う。

でもセクシュアリティに対するスタンスなんて、当事者だってそれぞれだ。
恋愛やセックスの話をいちいち人に話すのが、そもそもおかしいって考え方もわかる。
カムアウトしなくても、別にゲイライフを楽しむことなんて出来るし、いちいちカムアウトする必要ある?っていう人は、それでいいと思う。
ただ、選択肢としてカムアウトする、しないが選べないとしたら、やはり問題ではないだろうか。

ちょっと話が脱線してしまったけど、このブログを開設した2005年当初に比べたら、ゲイをとりまく環境はそれなりに変化したと思う。
カムアウトすることが身近になったっていうよりは、若い世代にとって「別に隠すことでもない」程度の認識にはなりつつある――――気がしていた。
ところが、残念ながら自殺した大学院生にとっては、知られてしまうことが命を絶つ理由になってしまった。
まだ若い彼の周囲は、ゲイである彼を拒絶してしまった。

残念ながら、社会はそれほど変わらず、ゲイであることを知られるのは、リスクを伴うことであるのに変わりはない。
ブーム現象のようにLGBTはメディアで取りあげられたけれど、人々の意識にどれだけ届いているのだろうか。
LGBTと同様、近年注目されているのがセックスワーカーの人たちの存在だ。
性風俗産業やAV出演者など、性的なサービスを職業とする人たちだ。
かつてはセックスワーカーに対しては、ネガティブな印象を持つ人たちが多かったと思う。
不幸な事情を背負った人たちが、仕方なく就いているとか、性的に搾取されている可哀想な人たちという、同情的な見方もあっただろうし、
特に女性に対しては安直に性を売って、女性の尊厳を傷つけている人たちとでもいうような批判的な意見もあったと思う。
あまり堂々と、セックスワーカーであることを公言するべきではないような、どちらかというと秘密のお仕事のような、そういうイメージがあった。

それがここ数年、AV女優や風俗嬢がSNSを中心に発信するようになり、自分の仕事を恥じたり否定せず、むしろプライドをもってやっている姿が知られるようになった。
業界が必ずしも女性たちを酷使して搾取しているわけではない、また深刻な事情を抱えてその仕事に就いているわけでもない等々、かつてあったネガティブな印象を否定する意見もたくさん見られた。
何となくではあるけど、一つのブーム現象として、LGBTと似た空気を感じていた。
わたし自身はセックスワーカーの労務環境とか、偏見に基づく差別や、労働問題や人権問題としての関心は以前からあった。
プライドパレードにも団体として参加していたので、当事者や支援者の人たちと話す機会もあった。
やりがいや、仕事に対する満足感はあるという人たちが多い反面、労災や社会保険などの環境は整っていないことを問題視する人も多かった。
ネガティブではないけど、問題がないわけでもないという印象があった。
何となくだけれど、ポジティブさを全面に押し出しているかのような、セックスワーカーの発信には、違和感を覚えていた。

それがより具体的に、目に見える形で露呈したのが、今年起こった「AV出演強要問題」だった。
所属事務所からAVに無理やり出演させられた人の告発に対して、一部のAV業界の人が否定し、被害者を批判する声が巻き起こった。
名前と顔を出して告発したAV女優もいたし、もとAV女優の川奈まり子さんがAV女優の組合を設立する等、業界の改善を志向する動きもあった一方で、「AV業界はクリーンです!」というアピールの方が目立っていたように思う。
そして、それに賛同する声もとても多く聞こえてきた。
普通に考えたら、いい事務所やいいメーカーもあるし、悪い事務所や悪いメーカーもあるだろうし、たまたま自分の所属していた会社がよかっただけで業界全体をクリーンっていうのは無理がある。
当事者ならともかく、周辺にいる人たちまでそういう視点を失ってしまうのは、ちょっと怖いことだ。
そして、それが被害者に対する抑圧に繋がってしまった。

と、まあまた話が脱線してしまったけれど、LGBTにせよ、セックスワーカーにせよ、よりポジティブなイメージが広まりつつある一方で、課題はたくさん残っているし、苦しんでいる当事者もたくさんいる。
たった数年前まで、笑い者であり、うしろ指さされる者であり、バカにされる存在であった人たちが、ブーム現象によってポジティブな存在になりつつある。
それ自体が悪いことだとは思わない。
ところが、そのポジティブさにあまり実態を知らない人たちが騙されてしまうのは、苦しんでいる人たちをさらに追い詰めるのではないか。
何より、当事者自身が騙されてしまうのが危険だと思う。

あまり考えがなくカムアウトしてしまったり、ましてやアウティングするなんてとても危険な行為だと知らなくてはいけない。
ブーム現象が一段落し、きちんと地に足をつけて考えていく段階だと思う。
残念ながら世間は忘れっぽく移り気で、そして冷たいのだから。
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和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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