がんばれゆとり世代

雑記
12 /05 2015
ついこの間まで「平成生まれなんてガキだよね」 と思っていたのだけど、気がついたら平成も28年を迎えようとしていて、来年には21世紀生まれ(早生まれの子たちね)が高校に入学する。
21世紀生まれなんて「ガキ」どころか「幼児」ぐらいに思っていたけど、 先頭はもうローティーンなんだよね。
そりゃもう自分も歳をとるわけで、気がつけば33歳になっていた。
歳はとっても平成生まれの彼氏からはいまだに何か子ども扱いされているのだけど、そんな彼ももう20代半ばだ。
平成生まれの子たちは大人の領域に足を踏み入れている。
昭和っていうと、何かもうすっかりアダルトなイメージだ。

平成生まれの若者というと、どうしても「ゆとり世代」という印象がつきまとって、知識のなさや常識のなさがバッシングされたりもしたけど、最近はバッシングも少し沈静化してるように思う。
一般的に「ゆとり世代」というと高校生からゆとり教育を受けた1987年(昭和62年)生まれから、2003年(平成15年)生まれの人のことをいうそうだ。
これには異論もあって、小中学校では2012年(平成24年)、高校では2013年(平成25年)から施行された「脱ゆとり教育」課程を受けた人たちは「脱ゆとり世代」という呼び方をする人もいるらしい。
具体的にいうと1996年(平成8年)生まれ以降の子たちだ。
ここらへんにこだわるかこだわらないかは人それぞれだけど、「ゆとり世代」という言葉は蔑称でもあるので、当事者の中には気にしている人もいると思う。

さすがに「円周率は3」を今でも信じている人は少ない‥‥と思うのだけど、マスコミの無責任な報道のせいでゆとり世代は知識も教養もない人たちみたいなイメージを持つ人も少なくない。
確かに教える内容は3割削減されたし、教科書が薄くなった(特に社会科ね)のも事実。
そうなんだけどそもそも、その削減された内容って、大人たちは覚えているんだろうか?定着してる?
昭和57年生まれのわたしはゆとり教育は受けてないけど、高校の数学なんて何一つ覚えてないし、今テスト受けたら余裕で0点だよ。
それでも一応大学は出ているけど。
これは多分「つめ込み教育」という教育課程を受けた、今50代ぐらいの人でも似たようなもんだと思う。
もちろん大学や専門的な研究機関だと問題になったことはあっただろうし、それで損失もあっただろう。
でも大半の人の人生には教育課程はそれほど影響してないのも事実だ。
個人としての知性や教養は、あまり年齢や世代は関係ない。
ましてや社会常識がないってのは、ゆとり云々関係ないじゃん。
若者なんてそんなもんだし、おっさんおばさんも常識ない人たくさんいるよ。
いつの時代にもある若者叩きに、「ゆとり」という言葉が使われて、本当に可哀想だと思う。

わたしは実は、今の若者好きなんだよね。
「ゆとり世代」といわれる若い人たちが。
あまりに怖いもの知らずで、ちょっと心配になることもあるけど、すごく意欲的で行動力がある人が多いと思う。
わたしたちの世代でもそうだったし、もっと上の世代でもそうだっただろうけど、若者は政治について語るのを避けてきた。
社会運動的なものとは一歩引いているのが普通で、話題に出すにしてもどこか他人事で語るのが精一杯だった。
もちろん若者全体のうちでは、ほんの一握りではあると思うけど、原発問題や安保法制に声をあげた人たちにはたくさんの若者がいた。
顔出しで表に出るリスクを背負いながら、自分たちの言葉を一生懸命発していたのだ。
運動の中身や方法論に対して批判もたくさんあったし、問題も色々露呈してはいるけれど個人的には大きな一歩だと評価するべきだと思う。
もちろん今後もこの流れが継続するって前提だけど。
少なくとも冷笑主義で嘲笑っていただけの大人たちより、若者たちは真剣で誠実だった。
そんな情けない大人たちのどうでもいいような笑いより、受け取ってほしい言葉はたくさんあるよ。

「がんばれ」は「頑張れ」ではなく、「顔晴れ」だと受け取ってほしい。
がんばれ若者たち、がんばれゆとり世代、そしてがんばれ大人たちも。
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和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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