遥かなるニューヨク

雑記
07 /12 2015


一般的に日本人は風呂好きというイメージがあり、古代ローマを舞台にした漫画「テルマエ・ロマエ」を描いたヤマザキマリさんも、
イタリア人のご主人に風呂好きをからかわれたのが「テルマエ・ロマエ」を描いたきっかけになったとコミックスの後書きに書いていた。
もう10年以上前だけど、作家の岩井志麻子さんが当時韓国に住んでいた頃、韓国のアパートにはバスタブがない所も多くて(岩井さんのアパートにはシャワー室しかなかったらしい)、
バスタブを買ってベランダに置いていたのをテレビで見たことがある。
日本のアパートだと、小さいながらもバスタブがついているところが多いと思うから、外国に比べるとお風呂に対する意識は高いと思う。
まあワンルームマンションの、ユニットバスを風呂と呼べるのかちょっと疑問だけど。
学生時代はずっとユニットバスだったので、社会人になった時のアパート選びにこだわったのはお風呂とトイレがセパレートになっているかどうかだった。

そうはいっても、一人暮らしのアパートに風呂がついているのが普通というのも、多分ここ30年ぐらいのことだと思う。
1970年代のフォークソング「神田川」では同棲してる二人が銭湯に行く様子が歌詞に書かれているのは有名だし、
もっと後の時代、バブル経済に突入した1987年に連載がスタートした漫画「白鳥麗子でございます」で主人公の麗子さんと哲也くんが住んでるアパートにもお風呂はなかった。
(それこそ麗子さんが「神田川」歌いながら銭湯の前で哲也くんを待ってるシーンもあった)。
さすがに一戸建てやファミリー向けマンションにはもっと以前から風呂は普及していただろうけど、80年代にはまだ風呂なしアパート文化(?)の名残があったんじゃないかな。

そもそも日本人の風呂好き文化が、古代ローマに匹敵するほどとは思えない。
ローマ帝国の時代は、まだ日本は弥生時代だから比較するのはさすがに無理があるにしても、銭湯などの入浴文化が一般的になるのは近世に入ってからだ。
幕末の大奥では、降嫁した皇女和宮が入浴を嫌がり、10日に1度しか入浴しなかったっていうエピソードもある。
ちなみに和宮と対立した姑天璋院篤姫は風呂好きで、毎日朝晩入浴していたらしい。
恐らく京の皇族や公家には江戸末期になっても入浴する文化は一般的ではなかったのだろう。
風呂好きだった江戸の町人だって、果たして毎日銭湯に通う余裕があったのかなぁ?
ましてや農村部なんて風呂どころじゃなかったと思うし。

ちなみに「風呂」という言葉自体はもっと前の時代からあったようだけど、それは「蒸し風呂」のことであり、現代風にいえばミストサウナのことだ。
平安時代の貴族は年に数回、この蒸し風呂に入って汗をかき、行水して身を清めていた。
わたしは平安時代が大好きで、華やかな貴族文化には物凄い憧れがあるのだけど、お湯に浸かれないのは無理だなぁ。
そりゃ石鹸やシャンプーないのは仕方ないけどさ。

わたしはもしタイムマシンあるなら、清少納言に入浴の素晴らしさを伝えにいくと思う。
多分なのだけど、美意識の高い清少納言なら絶対に現代風の入浴を気に入るように思える。
お湯を使ってきれいに洗髪したサラサラヘアを見たら「いとうるはし」なんて形容するんじゃないかな。

平安時代は貴族の間で男色も盛んだった。
権力闘争と密接に結びついていたし、現代の同性愛とはちょっと異なるのだけど、ヤることは現代とそんなに変わらないと思う。
セックスと知性が男の武器だった時代ってのは、何とも魅惑的なんだけど、多分清潔にはほど遠いセックスだったと思う。
やはり貴族の貴公子には入浴と浣腸(失礼‥‥)の仕方を教えてあげたい。
平安時代の男性も、恐らく清潔な男の体の方がよかったと思う。

‥‥なーんてことを考えてると温泉に行きたくなったな。
うん、今度の休みは温泉に行こう。

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1995-2015

雑記
07 /11 2015


この間ふと思い出したのが、中学生ぐらいの頃「ホモ」は、「バカ」「アホ」と同じくケンカやいじめに使われる単語だったということ。
わたし自身も言われたことあるけれど、当事者かどうかは別として男の子たちに使われていた。
言う方もありったけの侮蔑をこめてそう呼んでいたし、言われた方もそれで激昂したりしてたんだから、多分罵倒語としては最強レベルだったんだと思う。

こういう話をすると過去のトラウマについて云々‥‥という話になりがちなのだが、実をいうとこの時代に「ホモ」といわれて傷ついたとか、そういう記憶はない。
単語としての「ホモ」よりもいじめそのものの方が辛かったし、苦しかったってのもあるけど。

何が言いたいのかというと、その時代、「ホモ」は男の子たちにとって一番言われたくなかった言葉だったということ。
特に中学生の男の子にとって、一番屈辱的な言葉だったんだろう。
男の子たちにとって「ホモ」は絶対にいけない存在だったわけだ。
多分「恥ずべき変態」「恥ずべき異常性欲」として認識されていたのではないか。
実際、メディアの取り扱いも好意的とはいいがたいものだったしね。

世代にもよるけれど、最近は「友達や家族にカムアウトしてる」っていうゲイもいる。
反面、「そんなこと言うわけないじゃん」「無理言えない」っていう人もいる。
カムアウトして幸せになれるかどうかは、その人による。するかしないかも本人の自由。
大抵の人は「別に言う必要もないからなぁ‥‥」程度なんだけど、時々何かに怯えたように、
「そんなこと言えない!」って言う人もいるからな。
多分だけど、そういう人は「恥ずべき変態」のイメージがどこかにあるんじゃないだろうか。

時代は変わって2015年現在、メディアにはLGBTが徐々に浸透しつつある。
真面目に取り扱っている場合もあるし、まだ昔ながらの興味本意な感じもある。
アメリカの同性婚合法化やら渋谷区のパートナーシップ条令やら、ニュースとして取り上げられることも多かった。
決して十分とはいえないけど、社会そのものの空気は変化しつつあると思う。
もちろんそれは先人たちの努力があってこそなんだけど。

子どもたちはどうなんだろうなぁ。
残念ながらわたしは今中学生ぐらいの子どもたちと話す機会はない。
それに大人と子どもという立場だと、どうしても一歩踏み込んで訊くことも出来ないだろう。
今だにケンカの売り言葉に買い言葉で「ホモ」は使われているのだろうか。

社会全体の、同性愛者に対するイメージもあっただろうけど、思春期の男の子たちにとっては、
性的な言葉でからかうのが楽しかったっていうのもあると思う。
たとえ今の時代、「ホモ」と言われていじめられる子が少ないとしても、恐らく別の性的な言葉でいじめられている可能性もある。
言葉だけの問題じゃなくて、やはりいじめそのものにもきちんと取り組まなくちゃね。

やたらとマーケティング的なアプローチが多くて、お祭り騒ぎな感じが否めない2015年現在のLGBT。
ブームから取りこぼされてる人たちも、かなり多い。
ただ1995年当時の「恥ずべき変態」という扱いからは変化していると思う。
少なくとも中学生時代のわたし自身に聞かせたら、きっと明るい顔をするだろう。
この変化は素直によろこんでいいと思うのだ。

痛みとともに生きること

雑記
07 /02 2015
Facebookから転載します。

たくさんのレインボーアイコンを見ると、何だかんだいってうれしい。
ニュースを聞いたときガッツポーズもしたし、「やった!」と思わず口に出してしまった。
これは本当に、みんなにお願いしたいこと。
絶対に当事者に言わないで欲しい言葉がある。
「アメリカ行ったらいいんじゃない?」
10年以上前、ストレートの友達に吐かれた言葉です。
正直とても傷つきました。
同性婚やパートナーシップ制度はロマンチックなことがらではないと思う。
パートナーが倒れたとき、集中治療室にも入れず、不幸があっても葬儀に出ることすら出来ず、
一緒に暮らしていた部屋も出ていかないといけない同性カップルにとっては切実な問題です。
日本ではこれが現状です。
だからといって、安直に「アメリカ行けば?」と言うのは、酷い暴力だと思います。
これは「日本にはお前らの居場所なんてない」と言っているのと同じです。
「何気ない一言が人を苦しめる」
わたしも日々反省することが多いですが、いつも頭の片隅に留めています。
相手がどう思うか、想像力をはたらかせましょう。



先月27日の、アメリカの同性婚合法化でFacebookが虹色に沸き立つ中、思うことはたくさんあった。
一つ一つを言葉にして文章にしようとして、どれもこれもまとまらずモヤモヤする中、「これだけは伝えなくちゃ」と思って書いたのが上の文章。
わざわざ古い傷をほじくらなくとも、と思いつつ、今わたしが一番気にしていること。
既に、日本中で言われているに違いない。

「ニュース見たよ!アメリカ凄いね!もうアメリカ行きなよ」

実際に、これで傷つく当事者もいれば、傷つかない当事者もいると思う。
英語の勉強に取りかかった人も少なくないのでは?
大きな声では言えないのだけど、わたしが大学進学の際、国際系の学科を選んだ理由の一つがそれ。
とにかく外国に住んで、外国で働いて、外国人の彼氏とパートナーになって、堂々とゲイとして生きてやる!
外国に対する淡い期待は持っていた。
あろうことか、32にもなって海外旅行経験もなし。
ちなみに「外国」の次に憧れてたのは「東京」で、とにかくゲイのパラダイス(と思っていた)ところに行きたかったんですな。
10代のわたしは、とにかく地元に対して絶望していた。

まだまだ外国に行く気満々だった大学生時代。
「アメリカ行けばいいんじゃない?」は、前向きにとらえてもよさそうなものだが、それでも傷ついてしまったのはなぜなのか。
今冷静に考えてみると、本人も「日本から出ていけ」まで思ってはいなかっただろう。
でも色んな本音は透けて見えてくる。

「同性愛者は特殊な人たち」
「日本(わたしたちの社会)はあなたみたいな人を受け入れない」
「自分たちには関係ない。お好きにどうぞ」

少なからずそう思っていたんじゃないだろうか。
みっつめに関しては、「え?そう思って何が悪いの??」って言われそう。
本当は今でも問いただしたいけれど、残念ながらとっくに交流は途切れているので、確認する術はない。

別にわたしだって、いつまでもネチネチ言い続けるのが本意ではない。
むしろ忘れることが出来るなら、その方が楽だと思う。
誰だって祝福すべきニュースを聞いて、嫌なこと思い出したくないでしょう。
でも、このハッピーな雰囲気の中で傷つく人は必ずいる。
無意識に傷つけてしまう人もいる。
だったら言わなきゃ。傷痕を見せなきゃ。
同じ苦しみを、下の世代まで味わうなんて悲しいじゃないか。

わたしは制度が整い、社会が変容したとしても、セクシュアルマイノリティはスティグマを背負い続けていくと思う。
よくも悪くも、少数派なんだから仕方ない。
多数派と同質になる必要なんてないんだしさ。
傷の種類も苦しみも、時代とともに変わるだろう。
わたしは今の時代に、自分が受けた傷は絶対に忘れちゃいけない。
生きて、伝えていきたい。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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