「涙のリクエスト」をリクエスト!

雑記
08 /29 2014
まずはこちらを読んでいただきたい。

きっこのブログ
「昭和の切なさ、平成の悲しさ」
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/81533/76405/75308947

チェッカーズの「涙のリクエスト」を引き合いにして、「昭和」と「平成」の2つの時代を比較している。
この曲は1984年の1月にリリースされた曲なので、ちょうど今から30年前にヒットしている。
当然だがわたしはこの曲がヒットした頃は1歳3カ月だったので、覚えてるわけがないんだけど、「ギザギザハートの子守唄」やこの曲は知っている。
個人的には「チェッカーズ」より、ソロ歌手や俳優としての藤井フミヤの方が馴染みがあるけど、割とこの曲は好きな方だ。
映画のワンシーンを切り取ったような歌詞もいいし、メロディや曲のアレンジが古いR&Bやアメリカのポップスっぽくてオシャレな感じがする。
多分1984年の人たちにとっても、オシャレな曲だったと思う。

ちなみにこの曲がどういうストーリーかっていうと、
恋人にフラれた男の子が、元恋人に「俺はまだお前のことが好きだ」って伝えたくて、
二人の思い出の曲を深夜ラジオに電話リクエストしてるという内容だ。
恐らく家の電話から、ラジオ局にリクエストしているのではなく、公衆電話でかけていると思われる。
「最後のコインに祈りをこめてmidnight DJ」だからね。
多分、何回も電話リクエストしたけど、ことごとくボツになったから「最後のコイン」なんだろう。

「きっこのブログ」のきっこさんも書いているのだが、たかだか「まだ好きだよ」って伝えるのに、何という手間がかかっているんだろう!
まず、リクエストが通って曲がかからないといけない。
曲がかかっても、その伝えたい相手がラジオを聴いてなきゃいけないし、ついでにそのラジオ番組でなきゃいけない。
仮にその条件が整ってたとして、彼女がその曲を「まだ好きだよ」ってメッセージと受け取ってくれるのか……。
手間暇かかるとか、まどろっこしいっていうより、ほとんど奇跡だよね。
せめてハガキのリクエストなら、DJが
「○○県にお住まいのラジオネーム××さんからお手紙いただきました。××さんはまだ好きな昔の彼女にメッセージがあるそうです」とか読んでくれるんだろうけど、電話リクエストだと難しいよね……多分。

今だったらLINEやらSNSやらメールやらで、簡単にメッセージ送れるのにな、昔は大変だったな……なんて思うんだけど、
個人的には1984年の人もこの曲を聴いて「何てまどろっこしいんだろう」と思ったんじゃないだろうか。
確かにスマホもなけりゃパソコンもない時代で、メールも通話アプリもない。
ついでにいうと留守番電話もファックスもなくて、想いを伝える手段は今よりずっと少なかった。
自宅の電話もコードレスじゃないだろうから、自分の部屋で長電話するのも難しかったと思う。

でもさ、1984年にも電話自体はあったわけだし、手紙も送れるし、直接会って話すことも出来るし、共通の友人を介して話してもらうとか、いくらでも気持ちを伝える手段はあっただろう。
当時の若者だったら、アマチュア無線とか流行ってたし、中にはそういう手段で伝えたりした人もいると思う。
ラジオのリクエストで想いを伝えるってのは、1984年の若者もあまりしなかったんじゃないだろうか。

だとしたら、何故この曲の主人公はこんなまどろっこしい手段を使ったのだろう。
思うに、自宅に電話しても取り次いでもらえなくて、運よく本人が出てもぶちっと切られちゃう状況で、
手紙を出しても読まずに捨てられちゃって、友達にも協力をあおげず、直接会って話すなんて無理ってシチュエーションじゃないか。
つまりは、彼女に本当に嫌われちゃってるって状況。

「オレの送った銀のロケット 今では違う誰かの写真」

もう彼女には別の恋人がいて、主人公が贈ったロケットの中にその人の写真が入っている。
もしかしたら、
「私には新しい彼もいるの。あなたとは終わったの。二度と私の前に現れないで!」
なんて言われちゃってるのではないか……?

つまりは「絶対に振り向いてくれない状況」で、それでもどうしても想いを伝えたくて、ラジオのリクエストという方法を選んだんだと思う。
作詞した人としては、「絶対に振り向いてくれない相手に、気持ちが伝わる奇跡」を「ラジオのリクエストが通って、それをたまたま彼女も聴いてくれる奇跡」を通して表現したんじゃないかな。

時代によって、あるいは世代によっても音楽の受け取り方は異なるもので、恐らく今の若い子にとってはちょっとチンプンカンプンかもしれないし、
ある程度物わかりのいい子でも「昔の恋愛って大変だったんですよね」って感想だと思う。
リアルタイムでこの曲を聴いたきっこさんも、わたしもそうだったのだけど「昔は大変だったよな」っていう感想が先に立つけれど、
この曲がリリースされた時代の人がどう受け取ったか、色々想像力をはたらかせると見えてくるものってあると思う。
人によっては、この時代の深夜ラジオが若者にとってどんなものだったかとか、そういうのに着目するかもしれない。

ところで、今の若い子は「絶対に振り向いてくれない相手」に、「どうしても想いを伝えたい」場合、どうやって伝えるんだろうか。
携帯も着信拒否、メールも受信拒否、ありとあらゆるSNSは全部ブロックされて、取り次いでくれる友達もいない。
もちろん手紙読んでもらえず、自宅に電話も出来ないとしたら、どうするんだろ?
ファックスなんか送って、彼女の家族に見られたら、恥をかくどころじゃすまないだろうし。

アッサリ諦める人がほとんどだろうね。
だってそんだけ嫌われてる状況で、まだ好きだって相手に伝えたいなんて、ストーカーみたいなもんだよ。笑
若者の、恋愛に対するスタンスも1984年と2014年では異なっていると思う。
「涙のリクエスト」はいい曲だけど、多分今の若い子たちには伝わるものがあまりないだろうな。
これは悲しいことのような気もするけど、本来流行歌って「時代をうまく切り取る」のも一つの魅力だと思う。
普遍的にいつまでも歌いつがれる曲だけがいい曲だとは思わない。
タイムカプセルみたいにその時代を知る手がかりにもなる。

こらからも色んな歌がヒットして、それらはすぐに色あせてしまうんだろうけど、聴いた人の心に何かを残していくのだと思う。
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夏祭り

雑記
08 /25 2014


今年の夏は、地元の夏祭りを見に行った。
何と20年ぶり!最後に行ったのは小学生の時だった。
中高生の頃はあまり興味がなく、大学生の時は県外に出ていたし、
地元に帰ってきてからは仕事と重なることが多くて、行くことが出来なかった。



もちろん(?)彼氏と二人で行きました。
実は近隣の市出身の彼氏は、うちの地元のお祭りは初めてだったらしくて、かなり喜んでくれた。
花火大会も見に行けたし、いい思い出作れました。
本当は浴衣を着ていきたかったのだけど、デザインがいいのはお値段もそれなりで、安いのはデザインもそれなり……というわけで購入を断念。
来年は浴衣デートを楽しみたい。

裸の記憶

雑記
08 /23 2014
ちょっと前だけど、いわゆる「リベンジポルノ」が話題になった。
別れた恋人やふられた相手の写真を、インターネット上に流すという悪質な犯罪行為。
昨年の10月に殺人事件にまで発展した例もある。
いわゆるリベンジポルノとは違うけれど、ファイル共有ソフトを使って恋人の写真が流出し、それがSNSを通じて拡散した痛ましい事件もあった。

恋人といっても、あるいは婚姻関係にある人であっても、流出や拡散するリスクを考えたら無闇に裸の写真など撮らない方がいいのかもしれない。
実はかくいうわたしも、最初の男にはかなり裸の写真を撮られてしまった。
まだ18歳の時。当時はリベンジポルノなんて言葉はなかったし、インターネットについてよく知らなかったわたしは、
流出という言葉があまりピンとこなかった。

喧嘩になると男は言った。
「あの写真ばら蒔くから」
そんなこと出来るものかと、鼻で笑っていたけれど、
今思うとあの男ならやりかねない……とも思う。
男はわたしと別れてから、つき合った男性の裸の写真を何枚もわたしに送ってきた。

わたしは彼の写真はひとつ残らず削除して、連絡先も消している。
彼の古くなった実家のパソコンには、18歳のわたしの、恥ずかしい姿が眠っている。
今よりはずっと痩せているし、若く幼いけど、見る人が見たらわかるだろう。
顔と、性器と、肛門……恥ずかしい場所が全て写っている。
普段はあまり考えないけれど、流出の恐怖はいつもつきまとってくる。

同じような思いをしている人は、日本中、世界中のいたるところにいるのだろう。
暴力的に、無理矢理撮られた人もいるだろう。
あるいは「愛しているなら撮らせてくれるはずだ」と、強要されて撮られた人もいる。
わたしのように、相手の遊びにつき合って面白半分に撮ってしまった人もいると思う。

基本的にはこういうの自己責任かもしれないけど、わたしがそうであったように、
幼すぎて、頭悪すぎて、リスクなんてピンとこなかったという人も少なくないと思う。
撮られてしまった人たちには、今後昔の恋人やパートナーが変な気を起こさないことを願うしかない。
そして、撮ってしまった人たちは、今すぐ昔の恋人やパートナーの写真を削除してほしいと思うのだ。
ひどいふられ方をして、ばら蒔いて復讐しようと企んでいる人もいるだろうけど、憎しみは憎しみしか呼び起こさない。

「愛してるから」を理由に写真を撮りたがる、やつがいたら男でも女でもレッドカード。
裸の写真を撮る愛なんて、この世には存在しないのだから。

S57です

未分類
08 /08 2014
最近Twitterや、ゲイアプリやらで、「170 58 H4です」みたいなプロフィール表記を目にすることが多い。
自己紹介する時に「身長体重年齢」を申告するのは、わたしたちの世代でもそうだったし、
おそらくわたしより上の世代のゲイでもそうだったと思う。
変な習慣にも思えるけど、タイプかそうでないかを、瞬時に選別するゲイ特有の伝統芸であり、文化みたいなものでもある。
そりゃまあ、別にいいんだけど、以前は素直に「22才です」だったのが「H4です」って言われちゃうもんだから、最初聞いたときは「はい???」って反応しちまった。
わたしが知る限り「S58です」って自己紹介してる人は見たことないので、多分平成生まれ世代独特の習慣だと思う。

何で「年齢」じゃなくて「生まれ年」を名乗るのかわけがわからなかったけれど、うちの彼氏(ちなみに彼もH2)の一言で謎はとけた。
「平成生まれのいいところは、平成○○年から生まれ年を引いたら、すぐに年齢がわかることだよ」
とのこと。
例えば今年は平成26年だから「H2」なら「26-2=24」なわけで、今年24才ってことが計算しやすい。
なるほどなあ、確かに便利だしプロフィールで「H4」とか書いてるのもわかる気がする。
「○才です」って書いちゃうと、毎年の誕生日に年齢を更新しないといけなくて面倒だけど、「H○です」だったら、更新しなくてもプロフィール見た人が勝手に計算してくれる。
昭和生まれの人が、この表記を使わないのも納得だ。

こういうのは些細なことなんだろうけど、昭和世代のゲイと、平成世代のゲイでは習慣も考え方も変わってるんじゃないかなと思う。
出会いを取り巻く環境とか、情報量とか、社会の変化とか、色々なものがここ10数年で様変わりした。
数年前から、地元でも手を繋いで歩くゲイカップルやビアンカップルとおぼしき二人組を見かけるようになった。
基本的には悪い方向にではなく、いい方向に変化していると思う。

と、まあしみじみと時代の流れを語るわたしだけれど、「S57」のわたしは「昭和生まれの平成育ち」であり、
あまり昭和世代として語る思い出もないのよね。
SNSやアプリはなかったけれど、別に雑誌の文通欄やダイヤルQ2で出会っていた世代でもない。
昭和ゲイと平成ゲイの間の、結構宙ぶらりんな位置にいる。
まあ「過渡期」ってとこだね。

どっちつかずな立ち位置が案外楽しいってこともあると思う。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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