「好き」が思い出せない

雑記
01 /28 2013
つい先日元彼から連絡があった。
別れてからもメールのやりとりやLINEでメッセージがきていたのだが、
仕事やら私生活が忙しいので、あまり返事はしていなかった。
面倒だったというと言葉は悪いけど、基本的にメールはあまり好きではない。

今回は久しぶりに電話だった。
もしかしたら差し迫った緊急の用事かもしれない。
そう思って電話をとったけれど、用件は「久しぶりに会いたいね」という言葉と
他愛のない近況報告だった。

一応社交辞令(?)で、「そうだね、会いたいね。話したいね」と返事をしたが、
正直そんなに会いたいとは思わなかった。
イヤでイヤで、どうしても会いたくないというわけでもない。
まあ、会っても会わなくてもいいなあ‥‥という程度の感慨しかなかった。

そういえば、わたしはこの人の何を好きだったんだろう?
思い返してみても、何だかピンとこない。
男前だったし、明るいし、いい人だったと思う。
こんなん言うのもナンだけど、セックスの相性もよかった。

でもそういうの考えても、どこをどう好きだったのかがわからない。
違うな。「恋しい」「好き」って感情がどんなもんだったか思い出さないでいた。

元彼だけじゃなくて、元々彼に対しても同じ。
あるいはこのブログに書き綴ってきた、片想いの相手に対しても。
読み返してみても、SFみたいで実感がわかない。
一体、わたしはどうしちゃったんだろう?

「『会いたい、会いたい』って書いてるけど、そんなに会いたい理由は何だったんだろう?」
悲しいかな、さっぱり記憶がよみがえらない。

小さい頃遊んでたおもちゃを見て、懐かしいなあとは思っても、
それでもう一度遊んでみようとは思わないように、恋愛に対する興味を失ってしまった。
恋愛から卒業?
確かに誰かに受け入れられたいとか、欲してもらいたいという気持ちはないし、
そんなものがなくても自分を保てるようにはなった(一時的にそうなだけかもしれないけど)。

もう30だもんなぁ。
少なくとも18の頃のような恋に恋する感情は蘇らないと思う。
これから、ふとしたきっかけで大好きな人が現れるのだろうか。
情熱的な恋に落ちることがあるのだろうか。
そしてその人と、パートナーとしてやっていきたいと思えるのだろうか。

そうなったらそうなったで、ならないなら別にいい。
楽しいことは他にもある。
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淡い夢を見ない

雑記
01 /25 2013
昨年一昨年と凄まじい円高がつづいたが、昨年末から一転してものすごい勢いで円安が進んでいる。
経済に関しては全くのど素人なのでいまいちピンとこないでいたが、
輸出産業にとって円高が好ましくないことぐらいはわかる。
なので経済界が今の円安歓迎の雰囲気なのも理解が出来る。

とはいえ、そのせいでガソリン代が急騰したことには正直がっくりきた。
地方生活者にとってガソリン価格の上昇は死活問題だ。
都市生活者のように車がステイタスという人ならまだしも、
公共交通機関が廃れる一方の地方では車の運転を控えるのも限界がある。
ガソリン代が家計を圧迫すれば、他の部分を切り詰めないといけない。
結果的に消費は冷え込む一方だ。

ガソリンの価格に関してはもちろん円安だけが原因ではない。
しかし現状円安が引き起こしているのは事実だし、輸入資材の高騰で経営がピンチの企業があるという話も聞いた。
燃料価格の高騰は電力の問題にも関わってくる。
ただでさえ高額な天然ガスの輸入コストがこれ以上増えたら、貿易赤字はどうなるんだろうか。
原発推進に一気に舵を切ることになるのではないか。
そう考えると円安を手放しには歓迎できない気もするのだ。

円高、円安にそれぞれメリットやデメリットがあるのだろうが、
より多くの人により大きなメリットがあるのはどちらなのだろうか。
そして日本経済にとってどちらがどれだけよいのか、様々な意見があると思う。

失われた20年という言葉もあったが、このまま失われた25年になるのか、
あるいは失われた30年になるのかわからない。
30年以上続いたらもう失われた○○年という表現はおかしいと思う。
単に超低成長時代とでも呼んだ方がふさわしいと思う。

昨年の後半に出た経済書の中には日本が一人勝ちとか、日本経済復活という文字が踊っている。
もしかしたら今年は景気も少しよくなるかもしれない。
そうはいっても、バブルの輝きよ再び、高度経済成長の輝きよ再びってのはさすがに無理があるんじゃないだろうか。
バブルがきたところで、崩壊して長期低迷が来るならむしろこない方がいい。

そもそも、日本は今人口現象社会に突入している。
2010年から2015年の間に数十万~百万近く日本の総人口は減ってしまうのだ。
労働力人口もかなりのペースで減り続けている。
しかもそれは今後さらに加速していく。
移民の受け入れなども議論されているが、それにしても限界があるだろうし、
とにかく長期的にはすさまじい勢いで消費者も労働者も減っていく。

さて、果たしてこんな状況で日本がかつての輝きを取り戻せるのだろうか。
人口が先細る状況で、莫大な借金を抱えたこの国に輝かしい未来は来るのだろうか。
現実はどうなんだろう?

明るい未来がくるのは喜ばしい。
しかし、淡い期待で受かれているといざ期待が裏切られた時のショックは大きいだろう。

負け犬の遠吠え?いや、寝言。

雑記
01 /19 2013
自分で言うのもナンだけど、わたしはワーカホリックにはほど遠い。
仕事にやりがいや楽しさとか、社会的意義とかを感じることもあるが、
基本的には休日が待ち遠しいし、仕事に命かけてるつもりもない。

仕事は仕事。プライベートの充実が何より大事ってタイプでもない。
情けないぐらい余暇の使い方が下手で、結構引きこもり型だと思う。

仕事が何より生き甲斐って人や、趣味に没頭する人、恋愛に人生捧げてる人、
みんなわたしから見ると熱くて、一生懸命に見える。
そういう一生懸命な人たちを見ると羨ましく思えるのだが、
わたしはどれもこれもほどよく集中して、ほどよくがんばれればいいのだ。
中途半端な生き方だと思うけど、そうした生活のなかにも発見はあるし、
充実感や満足感、楽しみや喜びだっていたるところにあるのだ。

心底何かに熱中している人はすごいと思う。
ただ、中には無理に熱くなってるタイプの人もいる。
そういう人はどんな前向きなことを話していても、嫌な本音が透けて見えてくる。
前向きなのに、やたらと「でも」「けど」が多い人。
余裕のない雰囲気の伝わってくる人。
変な痛々しさが伝わってきちゃうわけだ。

ただ仕事は実際問題、無理をしてでも自分を奮い立たせなきゃいけないときもあるし、
趣味の世界だって、特にスポーツなんかはつらい時期を乗り越えないと
得られないような達成感もあると思う。
わたしがどうしても理解できないのは恋愛をがんばってしてる人。
お互いを思いやって我慢することとか、理解しようとする姿勢ではない。
どうしてもこの人を捕まえとかなくちゃ!といわんばかりに、
相手にもうしがみついているような人だ。

服装や髪型を、相手の好みに合わせるぐらいならまだわかる。
でも性格や話ぐせまで相手の好みに合わせて変えようとする人は、
わたしの理解レベルを越えている。
セックスなんてお互い楽しく気持ちよくなればいいと思うんだけど、
セックスのときにどうやったら相手に気に入ってもらえるかなんて考えてる子もいる。
そんなんやってて楽しいか?

相手がよほど魅力的っていうなら、まだわからんでもない。
わたしだって椎名桔平が彼氏だったら、どんな痛ましい努力をしてでもしがみつくさ。

恋愛に必死になってる子たちの相手がそんなに魅力的なのか?
わたしが知る限り、そんな特別な魅力のある人とつき合ってる人は見たことない。
他人からはわからない、つき合ってる人にしかわからない魅力があるのだろうか?
とも思うのだが、不満を垂れ流しながらつき合ってる様を見るとそうでもないんだよな。

じゃあ、そういう子たちがしがみついているのは何なのか。
答えはシンプルだ。
「恋愛している自分」「恋人がいる自分」もっというなら、
「恋人持ちというステイタス」ではないだろうか。
別に否定するつもりはないんだけど……正直めんどくさいだろうなあとは思う。

わたしはシングルの楽しさを謳歌しているのでわかんないんだけど、
世間には「恋人持ち」がステイタスという価値観があるみたいだ。

まあ、何にせよ夢中になれるのはいいもんだけど(そういう纏め方するんかいな)、
たまにはのんびり構えてみるのも悪くないと思うんだよね、と一言声をかけたくなるのだ。
力抜いてみて、初めてわかる楽しさってあると思うから。

特に恋愛ステイタス主義の人にはね。
新しいロマンスの可能性、一人になれる時間、後腐れない楽しいセックスなど、
シングルライフの楽しみはたくさんありますぞ。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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