唐突に、叶姉妹

雑記
12 /08 2010
最近わたしはテレビをあまり見なくなったのでわからにいけど、叶姉妹はまだテレビに出ているのか非常に気になる。
数年前にかつて三女として一緒に活動していた人がお金を持ち逃げしたとかで、ニュースになっていたが、
それ以降に芸能活動を自粛したとは聞いていないから、おそらくまだマスコミには顔を出しているのだろう。
彼女たちがテレビに出だしたのは、まだわたしが高校生の頃だったので、
かれこれ10年以上前のことだ。
今では当たり前に使われていて、むしろ少し死語になってる気もするのだが「セレブ」という言葉が広まったのも同じころだったと思う。

当時はあまり頭のよくない田舎っぺ高校生だったけど、「セレブ」の代表として叶姉妹が持ち上げられるのには違和感があった。
「セレブ」なら「○○社長」「○○大統領夫人」とか、何かしら肩書きがあるものだと思うけど、
叶姉妹は「何ちゃらライフアドバイザー」というよくわからない肩書きしかなかったし、何がどうすごいのかよくわからなかった。
昼間っからイブニングドレスを着ているのはおかしいし、あまり上品な格好をしているとも思えなかった。
当時デヴィ夫人なんかにも批判されていたけど、「セレブ」というならデヴィ夫人の方がセレブらしいよな~と思っていた。

今考えるとこうしたツッコミ自体が野暮ってもので、あくまでネタとして楽しめばよかったんだと思う。
そういったうさん臭いも、彼女たちのパフォーマンスだったんだろう。
今では「叶姉妹」がひとつのキャラクターであり、ふたりがそれを演じているのはよく知られていると思う。
いってみればゆうこりんこと小倉優子の、「こりん星」と似たようなものだ。
ゆうこりんはいい加減フィクションを演じるのに疲れたらしく、年齢的に痛いとか自虐ネタにして、とうとう「こりん星」は卒業してしまった。
(それはそれでいさぎよくていいと思う。)

叶姉妹は、いまだにフィクションのキャラクターを演じているんだからたいしたもんだし、
多少先細っているにしてもテレビにでているんだから、よくやっていると思う。
最近の何がおもしろいのかわからないお笑い芸人よりは、彼女たちの話を聞いている方がかなり笑える。
「ネタ」としては、かなり練られているのではないかな?
一度だけ、叶姉妹というよりは叶恭子さんに残念だと思ったことがある。
ロンブーの番組で、ロンブー淳と話していたときのことなのだが、こんなワンシーンがあった。

淳の「お二人はチャリティーなどはされますか?」という質問に対して、恭子さんは

「ええ、ドレスを一着買うのを我慢して寄付に回したりしていますよ」

と、答えたのだ。

これはちょっと惜しいなあ、というか庶民の感覚がでちゃったなあ、という感じがした。
チャリティーにまったく興味を示さないと言ったら、「セレブ」というよりは「守銭奴」みたいだから、寄付をしてると言ったのはいいと思う。
しかし、「我慢」という言葉は恭子さんには似合わない。
おまけに、寄付してるのがドレス一着ぶんかよ!って思ったりもする。

「私たちは事業の収入がありますので、テレビの出演料などは全額寄付にまわしていただくようお願いしています」
とかだったら、さすが!だったんだけどなあ。
まあ、多少のボロは仕方あるまい。

2006年のマドンナの来日コンサートでは彼女たちを見ることができた。
エビちゃんもえちゃんなど、色んな芸能人を見たけど、叶姉妹は何か別格だった。
「ニセモーン!」「オッパーイ!」という素晴らしい歓声(?)もあがったし。
今は亡き飯島愛ちゃんとともに、印象に残っている。

しかし、今後叶姉妹はどうしていくのかは気になる。
もうふたりとも40代で、恭子さんは50近いし、美貌はお金や努力次第である程度まで維持できるにしても、やはり限界はあるだろう。
美香さんの場合、恭子さんに振り回されてる妹キャラにも限界があるような気がする。
まあ、後先考えずにあのキャラを押し通すのも叶姉妹らしいけどね。
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別れ話のあった日

雑記
12 /07 2010
先日、Naoとケンカをしてしまった。
ケンカは初めてのことじゃないし、以前には激しい言い争いもしたのだが、
今回は本当にお互いにとって辛いケンカだった。
激しい言い争いや、ましてやとっくみ合いをしてわけではない。
沈黙、冷たい目線、「まあ、いいや」の一言。
どれも、今までわたしたちが経験したことがないものだった。

「もう、ダメだ。無理だ」。
そう思って発してしまった一言は「正直別れたい」。
初めて口にした一言だった。

無理だ、と思ったのはNaoに対しててではない。
わたしにはこの人を支えるのは無理ではないか、と思ったからだ。
今まで積み上げてきた「この人を幸せにしたい」という気持ちや、
あるいは二人でともに歩んでいける自信が、わたしの中で音を立てて
崩れていくのを感じてしまった。

どちらかが悪かったというわけではない。
そして、どちらも悪かったのだろう。

それぞれ違う人間同士、分かり合えないこともある。
単純で当たり前のことが、どうしようもなく重たくのしかかってきた。

嫌いになったわけではない。
好きだけど、もうつき合えない。

Naoは真剣な目をして一言言った。
「本当に別れたいと思ってる?」

「・・・・・・・」

「うそついてるよね?」

「・・・・まだ、好き。もっと話したいし、もっと一緒にいたい。でも・・・・」

「でも?」

「もう疲れたんだよ・・・・。これ以上Naoと一緒にやっていけるのか、自信がない」

Naoはわたしの頭を抱き寄せて、キスをした。

「二度とそんなことは言わんで」
と言って、わたしの頬をぶった。

「・・・・言わない」

本心から別れたいと思っていたわけではない。
好きだからこそ、気持ちのすれ違いが苦しかった。
わたしは言ってしまった一言を悔やんだ。
Naoは、わたしにそう言わせた自分を反省した。

育ってきた環境も、経験も、考え方もすべて違う人が人生のパートナーとして
一緒に歩いていくのは簡単なことではない。
ときにどうしても譲れないときもあると思う。
そんなときに、仕方ないから別々の人生を歩むことを選択する人だっているだろう。

納得いくまで話し合って合意するときもあれば、違いは違いとして受け入れるときもある。
困難や不満、疑問に思うときだってあるに違いない。
それでも、どうしてもわたしはつないだ手を離すことができなかった。
一度は離そうとしたけれど。

正面からぶつかり合い、理解し合い、ともに歩いていく。
本当に、心から望んだ。
そして誓った。

スマートフォンショック?

雑記
12 /06 2010
先月の末に、auのスマートフォン「IS03」が発売された。

IS03

個人的に興味のある機種だったので、この間予約してきたのだけど、
入荷する前にキャンセルしようかな?と思っている。
これ自体は非常に魅力的な機種なんだけど、そのあとに出てくる機種の方が
より魅力的だから、やはりそちらにしたいのが人情なのだ。

この間関西に行ったときに、イーモバイルの人からさかんにWi-Fiルーターに関してすすめられた。
わたしはWi-Fiのルーターってものがそもそもよくわからなくって、いろいろ聞いてみたものの
最終的にはいまいちよく理解できなかった。
ただ、ドコモやauのスマートフォンを持っていても、Wi-Fiルーターがあればネットにつなげるとか、
ノートPCでも何でも、ルーターがあったらつなげますよ~ってのはわかった。

最近思うんだけど、ここ数年の携帯電話って以前のものとぜんぜん違ってきているよなあ。
今のauアンドロイドなんて、スカイプついてるみたいだし。(サービス開始はまだ?)
「通話とメールさえできればいい」
なんていってたのも今は昔、わたし自身、携帯電話からウェブを見る機会が増えた。
通話は愛彼Naoとの電話することが多いけど、メールは以前に比べるとしなくなったな。
以前は一日中メールしてるんじゃないかってぐらいメールしてたのにね(大学生時代)。
使い方も変わっちゃうもんだなあ・・・・としみじみ思う。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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