ふたりで、前を向いて

雑記
09 /27 2010
恋愛に疲れる、という時がある。

嫌いになったとか、別れたいとかではなく。
疲れてしまった。

好きなのに、相手の気持ちに応えられない。
相手に気持ちが伝わらない。
どうしてなんだろう・・・・?
好きなのに。

今まで走りすぎたんだから、ゆっくり歩こう。
道はまだまだ続くのだから。
時には立ち止まって言い争っても、すぐにふたりとも
前を向いて歩いていけるから。
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世の中ゲイだらけ

雑記
09 /23 2010
mixiのマイミクさんに、一人地元ゲイがいる。
地元のゲイ友達かというとそうではなく、マイミクさんから友達になる機会を逃して
何だかんだとだらだらマイミクさんをしているのだけど、マイミクさん以上になることはない。

ところで、彼はわたしのお店がお気に入りだとプロフィールにも書いていたのだが、
なにぶんお客さんの多い店で、店員の数も多いところだからお互いに面識はない。
ちなみに彼の職場も近くにあるそうだ。

「地元で、ゲイで、職場まで近いのに面識がないなんておかしな話だよな」
程度に思っていたけど、一度会う機会(いわゆる「リアミク」)を逃してしまうと、
どうも気まずいというか、会うのも億劫になってしまうのだ。
性格もおそらくいい感じの子で、エッチ大好きなタイプでもないと思うから、
別に会ってもいいのだけどなぁ~。

と、思っていた矢先。
彼がmixiのつぶやきで、わたしの店の文句を書いていた。
おまけにその内容たるや、わたしが働いてる売り場のことなのだ。

ついでにいうと・・・・どうやら、わたしが接客したときのことらしいのだ!!

ぎょぇ~~~!!あの時のお兄ちゃんがこのマイミクさんだったんかい!?
プロフィール写真より男前だけど、タイプじゃないわね~って、そりゃどうでもいいんだけど。

こんな感じでリアミクが叶うとは・・・・と思いつつ、おそらく向こうは気づいていないだろう。

彼がつぶやいていた内容は、正直うちの店としては仕方のないことだ。
というより、流通システム上の問題なのでよその店でも同じこと。
お客さんが不便に感じてしまうのも、もっともだとは思う。

しかし、おほめの言葉ならともかく、文句は文句だし、どう対応するか困っている。

「○○店の1階カウンターに、メガネのイケメンがいる」等のつぶやきなら
「それ・・・・ア・タ・シ・・・・!!」でいいのだけど、少なくともよくない印象をもっているわけだから。
う~ん、ちょっとまいった。

っていうか、こんな形でリアミクってどうよ??
こんなことになる前に、ちゃんとリアミクしておくべきだったんだよな~。
ゲイとして云々の前に、スタッフとしてお客さんの誤解をとかないといけない気もするし、
どうするのがいいのか、目下悩み中なわけだ。

それにしてもあの時のお兄さんが彼だとしたら、めっちゃノンケっぽい。
ああいうノンケっぽいゲイって、実は多いのかな。
うちの店には、いかにもゲイカップルって感じのごつい短髪ヒゲお兄さんが来ることも多くて、
「あ~、この人たちゲイなのかな?」って思うこともあるんだけど、
いかにもゲイってタイプでない場合、さすがにわたしでもわかりにくい。

プロフィールとかで、わたしの働いている店(よそのチェーン店)を
「お気に入り」としてあげているゲイは多いから、多分わたしの店にも
かなりの数のゲイが訪れているのではないかと思う。

ボーイッシュな女の子と、フェムっぽい女の子の二人組が何組か訪れるのだけど、
内心彼女たちはビアンカップルかな・・・・と思っている。
(あまりお客さんを観察するのはよくないから、見すぎないように注意している)

男の子二人組み腰を抱き合っているのを見たこともあるし、
ゲイやビアンはそこら中にいるんだなあ・・・・とあらためて気づかされるのだ。

しかし困ったなあ。
店の中では本名フルネームの名札をしているから、下手をすると地元ゲイに身元ばれまくりなわけだよね。
ストーカーにでも出くわしたときにはどうすりゃいいのだろう。
まあ、わたしをストーカーするような奇特な人はおらんと思うけど。苦笑

うちの店のスタッフの中にゲイは他にいない。(わたしのゲイダー調べ)
でも、レズビアンの女の子は過去何人かいたようだ。
そう、ゲイはすぐそばにいるのです。ほら!あなたの横にも!(心霊かよ・・・・)

注意してみてる人はいないと思うけど、わたしのブログURLは「http://boysnextdoor.blog55.fc2.com/」だ。
boysnextdoorは、ガール・ネクスト・ドアのパクりでもないし、
映画「The Girl Next Door」から着想を得たわけではない。

「どこにでもいる普通の男の子たち」という意味だ。
「ゲイはそこら中にいて、特別な存在ではなく、あなたたちと一緒に生活しています」
という、ちょっとメッセージみたいなものも込めている。

で、いざそこら中にゲイがいるとわかると、妙に緊張してしまう。笑
「あのメガネデブオカマっぽいな~」とか、思われているのかなあ。

とりあえず、マイミクさんとどうしようか、ちょっと悩んでいる今日この頃だ。

押尾学の公判に思うこと

雑記
09 /14 2010
元俳優、押尾学の「保護責任者遺棄致死」の裁判の行方が、
連日テレビや新聞、インターネットをにぎわせている。

昨年は、時を同じくしておこったのりぴーこ酒井法子の事件の方が
大きく扱われたので、この事件は少し印象がうすかったように思うけど、
よく考えたらこっちの事件の方が罪としては重いんだよね。

矢田亜希子という奥さんがいながら、合成麻薬を使って亡くなった女性とセックスした。
セックスの最中に女性の体に異変がおこり、泡を吹いて倒れので
救急車を呼ぼうとしたマネージャーを止めて、自分で人工呼吸などをした。
薬物使用が発覚するのをおそれてのことだ。
しかも、女性が亡くなってしまうと、あとの処理をマネージャーにまかせて逃げてしまった。

これはもう、悪としかいいようがない。
公判中も反省の意思がゼロで、亡くなった女性への責任転嫁などの言動が見られる。
メディアやインターネットが、彼に対して批判的なのも仕方がない。

意見がわかれているのが、亡くなった女性に対する見解だ。
あくまで被害者として気の毒だという意見がある一方、

「亡くなった女性は“被害者”じゃなくて“共犯者”だよ」
「遺族も被害者ぶるなって。クスリキメてよその旦那とやったんだから、自業自得だろ」
「亡くなった女性は被害者じゃない。真の被害者は矢田亜希子と息子だ」



という意見も少なからずあるのだ。
たしかに、薬物使用に関しては女性は共犯者だと思うけど、「保護責任者遺棄致死」に関しては
彼女は「被害者」として扱われて何の問題もないと思う。
押尾学が証言しているとおり、女性の方からセックスを誘ったとか、クスリを持ってきたのも
女性の方だったら、たしかに亡くなった女性も相当悪いと思う。
でも、何といっても死人に口なしなんだから、真相はどうかわからない。
生きている人間に都合のいい弁論が出てくるのも仕方がない。

何より、問題は女性の容態が急変したときの押尾学の行動なのであって、
女性の側に非があるかどうかはそんなに問題じゃないと思うんだけどなあ。

ちなみに、「矢田亜希子こそ真の被害者」といって、擁護している人たちは、
矢田亜希子にも薬物使用の疑いがかかったら、どう言うつもりなのだろう?って思う。

別に、矢田亜希子を疑っているわけではないのだけど、
何年間も一緒に暮らしてきた妻が、一度も押尾学に薬物をすすめられたことはないのか疑問なんだよね。
仮に押尾学が、矢田亜希子を「飾り物の妻」みたいに扱っていて、薬物は家庭に持ちこまなかったとしても、
子どもをなすほどに愛していたんだから、一度ぐらい薬物を使ってもおかしくないとは思う。

仮に、矢田亜希子が薬物をおそれて断ったとしても、彼女は押尾学の薬物使用に関して知っていたわけだから、
病院で治療を受けさせるなり、警察に通報するなり、彼女にもするべきことがあったと思う。
長らく別居状態だったというけれど、決して結婚生活が破綻しているわけでもなかった・・・・っていう報道もあるしね。
だとしたら、矢田亜希子も犯罪を見て見ぬふりをした罪があると思うのだが。

ちなみに、これはあくまでも「矢田亜希子が、押尾学の薬物使用を知っていた」という仮定で書いている。
本当に矢田亜希子が、薬物に関して何も知らなくて、結婚生活も破綻していたのなら、
矢田亜希子はたしかに「真の被害者」だと思う。

わたしは、矢田亜希子が知っていたっていう「可能性」に関していいたいわけだ。
そして、今彼女を「真の被害者」と同情し、亡くなった女性を「自業自得」と責める人たちは、
仮に矢田亜希子が薬物を使用したり、夫の薬物使用を見て見ぬふりをしていたとしたら、
どのような態度をとるのだろうか・・・・と思う。

あたかも矢田亜希子を、「こちら側の人」つまりは「善良な市民」の側に置いて、
一緒になって押尾学や女性を「むこう側の人」つまりは「悪」として攻撃する。
そうすることで、自分は「善良な市民」「正義」になったつもりで安心しているような、
そんな気がしてならないのだ。

のりぴーの時だって、最初は同情的な意見もあったのに、いつの間にかバッシングの嵐になった。
みんなわかりやすい「悪」が好きなんだよね。

他の犯罪にもいえるのだけど、特に薬物に関しては「善良な市民」がいつ、
悪の側に引きずり込まれてしまうかもしれない恐ろしさがあると思う。
覚せい剤や麻薬は非常に悪いものだけれど、形や呼び名を変えたり、巧みに規制を
すり抜けてすぐ側までやってくるのだ。
数年前に俳優が錯乱状態になった「マジックマッシュルーム」だって、
当時は「合法ドラッグ」と呼ばれてあたかも安全なもののように扱われていた。
たくさんのゲイが、「5meo」などの脱法ドラッグを使っていた時期もある。

そういうものを使っていた多くの人たちは、「安全だ」「問題ない」と思って使っていた
「普通の人」であり「善良な市民」だったと思う。
ドラッグの誘惑も、犯罪の誘惑も、すぐそこにある。
そして、そのことについて多くの人が警戒しなくてはいけない。

「あちら側の人」として押尾学や亡くなった女性を批判するのはたやすいことだ。
でも、大事なのはいつ自分も加害者になるかもしれない・・・・という危機意識だと思う。

いつかまた、笑顔になる

雑記
09 /08 2010
職場のKくんの失恋は、Kくんにとってかなりの痛手だったようだ。
ここ数日、顔つきがすっかり変わってしまったし、すっかり元気をなくしている。

失恋の顛末に関しては、やはりKくんプライヴァシーのこともあるし、
あまり書くことはできないのだけど、「セクシュアリティ」という乗り越えられない大きな壁があったことだ。
報われない恋に悩むのは、ゲイやレズビアンだけでなく、ノンケだって同じだと気づかされた。
ノンケだからって、いつも楽しく恋愛を楽しめるわけではない。当たり前かもしれないけど。

「セクシュアリティ」に関して、たぶんわたしの方がKくんよりも知識はあると思う。
でも、もしかしたらそれに真剣に向き合い、考えていたのはKくんの方だったかもしれない。
それはKくんが好きになった「L子ちゃん」に対してもそうだったし、わたしに対しても同じだ。

わたしがKくんに対してカムアウトしたとき、わたしはKくんにとって「生まれて初めて会うゲイ」だった。
というよりはゲイだとカムアウトされたのが初めてだったのだけど、やはり少なからず衝撃や不安のような
ものもあったようで、どうしても受け入れるのに時間がかかってしまった。
これは後々きいたことなんだけど、「縁を切るべきではないか」なんてことも考えていたようだ。

でも、彼は受け入れてくれたのだ。葛藤と、悩みの末。
「いろいろ考えたけど、Kazuccineさんがあの時流した涙が忘れられなかったんです」

最近は、LGBTQに関してよく知っているノンケの人もたくさんいる。
わたしがゲイと知ってか知らずか、そういう知識をひけらかす人にも、何回か出会った。
そういった人たちが、わたしが言った言葉に対して「それ、ゲイの人にとって差別的ですよ」
なんてことを言う場面もあった。

対して、Kくんは「やっぱりKazuccineさんは性転換とかしたいんですか?」とか、
「どうして男を好きになったんですか?」等の、いわゆる「理解のない発言」をする人だった。

でも、不思議と彼にこんなことを言われても、ちっとも苦痛でもなく、腹立たしくもなかった。
知らないからしょうがない。知らないのだから、知ってもらおう。
もっとわたし自身を理解して欲しい、というそれだけの気持ちしかなかった。

差別や偏見をなくしたり、同性愛が社会に認知されるようになるには、闘ったり糾弾することではない。
あるいは知識ばっかり押し付けて、無知を責めることでもないと思う。
ひとりひとりの優しさとか、懐の深さとか、お互いを理解する気持ちが何よりも大事なのだ。

何度恋をしてもうまくいかなくて、自暴自棄になってだれ彼かわまずセックスしていた頃、
「どうせわたしはゲイだし、ふつうに恋愛なんてしなくてもいい。こんなんでいい」
「ゲイなんてみんな、ろくなやつがいないから適当につき合えばいいと思う」
こんなわたしの発言に対して、真摯に叱ってくれたのはKくんだった。
もしかしたら、わたしが忘れかけていた、わたしの本当の心を取り戻させてくれたのかもしれない。

そんな素晴らしい人なのに、自分の恋愛は報われない。
そして「セクシュアリティ」が大きな壁になってしまった。
仕方がないけど、やはりやりきれなくて、さびしい。

わたしはKくんに出会うまで、「男性不信」ならぬ「ノンケ男不信」があった。
友だちになった子はほとんど女の子で、男友だちがほとんどいなかった。
あからさまに差別的な言動があったり、無神経な言葉をはくのは、みんなノンケ男だったから。
でも、Kくんとの出会いによって、それはすべて覆された。

こんなにも真摯に人と向き合い、どんな人でも理解し、受け入れようとする人がノンケ男にもいる。
ノンケ男はみんな同性愛に忌避感をもっていて、差別的で暴力的だという、
わたしがノンケ男に抱いていた偏見を、Kくんは見事に打ち砕いてくれた。

わたしはいつか、ゲイもノンケもわかりあえて、お互いの権利を守るため一緒に取り組むことが
できるようになると信じているけれど、Kくんとの出会いで、いっそうそれが強くなった。

Kくんは偉大なノンケ男だと思う。

Kくんが失恋の痛手や、あるいはKくんを悩ませているさまざまなことから立ち直るのには、
もっと時間がかかるだろうけど、わたしはとにかく傍らにいて見守りたい。

またいつか、彼が心から笑える日まで。

なみだの朝

雑記
09 /06 2010

職場のKくんが失恋した。
理由はさまざまあって、結論からいうと仕方ないとは思う。
Kくんが悪いわけではなく、相手の女の子が悪いわけでもない。
ふたりの気持ちのすれ違い、考え方の違い、あるいはもっと根本的に、生まれつきのセクシュアリティの問題‥‥
やはり仕方がなかったのだ。

出会いはすばらしいことだけど、うれしいこともあれば、かなしいこともある。
Kくんは、ゲイのわたしですら経験しえないような、つらく痛い恋をした。
真剣だったから、真面目でまっすぐな人だから、そのぶん苦しみは人一倍だった。

わたしの腕の中で、肩を震わせて泣く彼に、わたしはかけるべき言葉が見つからなかった。
何も言わなくてよかったと思う。
わたしの下手な言葉じゃ、彼の痛みと苦しみは癒されないだろう。

今はゆっくり休みなよ。
今まで、がんばりすぎるぐらいがんばってきたんだから、一休みしたっていい。
ゆっくり休んで、何も考えないでいいから。
心と体を、今はしっかり休めて。

さいごにわたしはそう言った。
今は自分のことだけ考えたら、いい、とも。

「はぁ~これでKazuccineさんがほんとに女の人だったらなあ‥‥。こんなに気を遣わないで済む女の人なら、素敵ですよ」
別れ際にKくんは言った。

これはどう受けとっていいかわからない。汗
まあ、とりあえず女でなくて悪かったわね‥‥と言って別れた。

猛暑ゆえ

雑記
09 /05 2010
2005年5月のスタート以来、連綿と続いてきた「毎月更新」が先月途切れてしまいました。
なんでこんなに長く更新しなかったかというと、別に何かあったわけではなく
日々の仕事や生活に追われていたから、更新する余裕がなかったからです。
心は相変らず元気なのですが、体はもうグッタリでした。
今年の異常な暑さもあったのでしょう。

またぼちぼちと更新を再開していきたいと思います。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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