80年代ブーム

雑記
11 /28 2009
ここ最近は髪型をツーブロックにしている。
ファッション同様に、メイクや髪型も80年代風っぽいものが流行っているので、
その流行に乗っかってみたわけだ。
80年代ファッションは2001年ごろから再流行する、再流行するといわれていたのに、
一向に流行る気配がなかった。
80年代はとにかく「悪趣味」で、野暮ったい。
今の若者は洗練されたものに囲まれて育ったから、業界がしかけても
80年代は再流行しないなんて話も聞いたことがある。
ところが2007年から、急激に80年代を思わせるスタイルが増えてきて、
今年の女性ファッション誌では、「80年代特集」が何回も組まれてきた。
雑誌を読む限り、80年代の「悪趣味」さがむしろおしゃれに思われているようだ。
ケバいし、くどい、だけど何だかそれがカッコいい。
ワンポイントだけ80年代風を取り入れると、普通の上品なお嬢さんファッションが
何だか妙にかっこよく見えてしまうのだ。

わたしは高校生の頃から、何となく80年代が好きだった。
自分が生まれた時代だし、大好きなマドンナが大活躍した時代でもある。
その当時(90年代末期)は、音楽でもファッションでも「80年代は暗黒の時代」と
いわれていて、80年代は恥以外の何ものでもなかった。
その頃おしゃれだったのは70年代で、ファッション誌でも音楽雑誌でも
「70年代特集」が頻繁に組まれていたことを覚えている。
いわゆる「中2病」なのか、世間で70年代がもてはやされて、70年代は何でもかんでも
カッコいいみたいな風潮が気に入らず、みんなにコケにされている80年代がどうしても気になってしまった。

その頃からさらに5~6年前の90年代前半、おしゃれな人の間では
70年代が既に注目を集めていたようだけど、どちらかというと70年代はまだダサい
イメージがあったような気がする。
パンタロンや和田アキ子のつけまつ毛が、笑いの対象になっていたことを覚えている。
80年代は、「70年代はダサい。50~60年代がおしゃれ」といわれていたそうだ。
だから、多分その雰囲気が残っていたんだろう。

最近は80年代ブームだから、「90年代はダサい」と思われているかというと、
そういうわけでもないようだ。
あまりテレビを見ないのでわからないけれど、最近のテレビ番組で90年代の映像を
流して笑い者にしているというのを見たことがない。
何より、90年代の映像を見ても「ちょっと古いな~」という程度で、
「この格好ありえない!映像が古くさい!音楽も変!」って感覚がないんだよね。
これはただ単にわたしが年をとってしまったからかもしれないけど、
恐らくそれだけではなく、90年代に流行ったものが「無難」だからだと思う。
当時のことを知らないであろう今二十歳前後の子に、「90年代ってどう思う?」って訊いてみると、
「J-POPは90年代ですよ!」なんて答える子が割と多いんだよね。
再放送やCSで見たのか、90年代のドラマやアニメを知っている子も多くて、意外と話が合う。
ちなみに、ファッションに関しては「ヤマンバとかありえないですね」なんて言われる。
いや、あれは当時も「ありえない」って思われてたから・・・・。

というわけで、わりと若い世代でも「90年代はよかった」なんて思われているのだから、
80年代ブームの今、90年代にマイナスイメージを持つ人はあまりいないようだ。
無難なものや定番のものが流行ったから、「ありえない!」ものが出てこなかったのかもしれない。
それには不景気の影響もあるんじゃないかなあ。
みんなが財布の紐をしめる不景気の時には、無難でちゃんと売れるものが流行るんじゃないだろうか。
ただ、定番で無難なものばかりずっと流行が続いたから、そういうものにみんな飽きちゃったのかもしれない。
あえて悪趣味で強烈な80年代に注目が集まったのも、長く続いた無難な90年代に対する反動とも考えられる。

まあ、そういう分析は業界の人にまかせておけばいいので、
わたしは長らく大好きだった80年代が再流行してくれてうれしい。
何といっても当時のマドンナのファッションが注目されているので、喜んでいる。
この流行が長く続くことを祈っている今日この頃だ。
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レキシーホラーショウ

雑記
11 /24 2009
大河ドラマ「天地人」が終了した。
わたしは歴史が大好きなので、大河ドラマは毎年見ている。
昨年の「篤姫」は原作が好きだったこともあり、特にお気に入りだ。
今年の「天地人」は、ストーリーも髪型も何だか少年漫画みたいだったけれど
こんなもんかと割り切って見ると、それなりにおもしろかった。

来年は自分に所縁のある高知が舞台の「龍馬伝」。
一昨年の「篤姫」と同じ、幕末を題材にしている。

再来年の大河は既に、徳川秀忠の正室お江の方を主人公に
するのが決まっているので、今度はまた戦国時代だ。

2005年に「義経」で平安時代を取り扱って以来、戦国時代と幕末を
繰り返しやっているのが、正直ちょっと不満だ。
もちろん、歴史上重要なターニングポイントで、魅力的な人物やドラマも
たくさんあったのだのだろうけれど、同じ時代ばかり取り扱われるのもおもしろくない。
っていうより、他の時代にもたくさん魅力的な人はいるのに、そういう人たちを
取り上げないのは何だか勿体無い気がするんだよね。

そういう点では11月3日に、TBS系列でやっていた
「唐招提寺1200年の謎 天平を駆けぬけた男と女たち」はおもしろかったなあ。
ドキュメンタリーとドラマの二部構成だったけれど、歴史ドラマであまり取り上げられない
奈良時代が舞台だったので、ものすごく新鮮に楽しめた。

藤原氏と他の貴族、皇族との権力闘争や、鑑真和上が日本に来るまでの苦難、
宗教と政治の関わりなど、かなりドラマチックに描かれていた。
民放でこういうの作れるんだから、天下のNHKが作ったらさらにいいものが出来ると思うのだけど・・・・。
ただ、古代史には天皇家にまつわる話も多くて、意外にえぐいことも行われているから
家族向けのドラマとしては扱いづらい題材なのかもしれない。
しかも、戦国や幕末に比べると圧倒的に資料も少ないから、どうしても創作が増えてしまうだろう。
時代考証も難しいんじゃないかな。
そこは作り手の想像力で補って欲しいものだ。

ストーリーは非常におもしろかったけれど、細かいところで時々「??」って場面もあった。
永島敏行が演じていた藤原仲麻呂が
「唐やインドとも・・・・」というセリフをしゃべっていたシーンがあった。
この時代に、インドのことを「インド」って呼んでたのか?
恐らく「天竺」だったんじゃないのかな?

まあ、実際に何と呼んでいたのかは記録に残っていないだろうし、
仮に残っていたとしてもそれは文章の上での記録であって、
会話でどう言われていたかはわからないだろう。

もう一つ気になったことが、永井大が演じていた和気清麻呂が
「それがしが」という言葉を使っていたのだけれど、「それがし」って
戦国時代や江戸時代のお侍さんが使っている言葉のような気がする。
奈良時代の貴族が「それがし」って何だか違和感があったなあ。
もちろん、この時代の人がどんな言葉を使っていたのかはわからない。
忠実に再現するなんて不可能なことは百も承知だけれど、それでも
他の時代とごっちゃにするような脚本や演出はどうかと思う。

まあ、そういう細かいところはともかくドラマは非常におもしろかった。
色々とゲイの心をくすぐる場面も多かったしね、
山本耕史が演じていた藤原刷雄と和気清麻呂の友情が、
何となく友情以上の感情があるような気がして仕方なかった。
こういうの腐女子的な発想なのかな。笑

それと魔裟斗の演じていた道鏡という人。
この人は仏教僧でありながら、孝謙天皇の信頼を得て政治的な権力を握る。
生涯独身で子どもがいなかった孝謙天皇は皇族でもない道鏡を次の天皇に
しようと画策するのだが、いくら天皇とはいえ臣下を天皇の地位につけるのは
反対意見も多く、簡単には実行できなかった。
そこで、神のお告げということにして、何とか道鏡を天皇につけようとする。
その神のお告げを聞きに行く使者が和気清麻呂だった。

道鏡も孝謙天皇も、清麻呂が「道鏡を天皇に即位させよ」という神のお告げを
持って帰ってくることを期待していたのだが、残念ながら清麻呂の答えは
「天皇になるのは皇族に限る。道に外れたものは追い払うべしというお告げでした」だった。
孝謙天皇は激怒して清麻呂を左遷してしまうのだが、この件のこともあって
道鏡が天皇になることはなかった。

長い天皇家の歴史の中でも、前代未聞の珍事件だったと思う。
この道鏡という僧なのだけど、そこまで孝謙天皇に重用された理由の一つが
2人の間に性的な関係があったからだという説がある。
女性天皇の宿命として、夫を迎えることが出来なかった彼女を
男性として慰めてあげたのが道鏡だったらしい。
しかも、道鏡はものすごい巨根で、座ったら足が3本あるかと思われる程だったそうだ。

もちろんこれは俗説であって、本当にそうだったかどうかはわからない。
女性蔑視の風潮から、後の時代に捏造された話だともいわれている。
女帝の体も心も魅了した巨根の僧って、どうしてもゲイの心をくすぐるよね。
ってか、「足が3本」ことは、つまり太ももと同じぐらいの巨根だったってわけだ。
とてもじゃないけど実戦には役立たないと思われる。
わたしだったら逃げ出しますわ。笑

まあ、こういったおもしろい題材がたくさんあるので、古代を取り扱ったドラマもたくさん作って欲しい。
山岸涼子の「日出処の天子」なんてドラマ化したらおもしろいだろう。
何といっても聖徳太子がゲイっていう設定だからね。

「龍馬伝」に先立って、年末には「坂の上の雲」が放送される。
舞台は明治時代だ。
この時代もあまり取り上げられることがないから、どんなドラマになるのか非常に楽しみにしている。

愛する教祖さまへ

マドンナ
11 /18 2009
マドンナがアフリカのマラウィの孤児支援や、学校建設などの
慈善事業に続いて、ブラジルでもスラム改善の活動を行っているようだ。

madonnainbrazil

ブラジルといえば、今マドンナが交際しているボーイフレンド、ジーザスくんの出身地でもある。
ジーザスくんって、何とわたしより若いんだよね。
個人的にはガイ・リッチーとの仲睦まじい夫婦愛が好きだったので、
若い男の子とつき合っているマドンナにはちょっと淋しい気持ちもある。
でも、それがマドンナにとって幸せであるなら、ファンの一人として応援してあげたいけどね。

ここ数年、マドンナは慈善事業に熱心に取組んでいる。
20年ぐらい前から、エイズ撲滅運動に関っていたし、もともとそういう活動には
興味があったのだろうけど、今は色々な分野に手を伸ばしているようだ。
数年前の養子騒動のように、非常に悲しい形で世界に伝わってしまったものもある。
でも、彼女自身はとても真剣に考えて行動していると思う。

まるで売名行為や、話題作りのために養子を引き取ったという報道がされた。
マドンナはどんなに悔しく、悲しい思いをしたのだろうか。
母になることの大変さは、彼女だってわかっているはずだ。

正直なところ、わたし自身養子騒動に関してはマドンナの行動に疑問を持った。
チャリティだったら、もっと他にやるべきこともあるだろうに・・・・と思ったのも事実だ。
でも、彼女だって生半可な気持ちで、養子をむかえる決意をしたわけではないし、
ファンの一人として見守りたい・・・・と思っていた。

当時、養子に迎える子どもの父親が、
「マドンナのところに養子にやる約束なんてしていない。大きくなるまで面倒見てもらったら、
村に返してもらえるって聞いていた。わたしは字が読めないから、契約書の中身は知らない」
という発言をしているという報道があった。

このニュースが流れた時は、
「オイオイ・・・・完璧主義者のマドンナが、何でこんな片手落ちなことを・・・・」
という感想を持ったけれど、子どもの父親のあまりに身勝手な言葉に腹立ちも覚えた。
育てられない状況で、泣く泣く子どもを手放してしまったのはわかるけれど、
よその人に大切に育ててもらって、大人になったら返してくださいってのはあまりにムシがよすぎる。
それだったら簡単に養子縁組にOKするなよ・・・・とも思った。

マスメディアやネットの意見も、大半はマドンナに批判的だった。
しかし、後に子どもの父親が出てきて
「あのとき言ったことは嘘。ニュースに出るようになってから、色んな人が押しかけてきて
こう言ったら金をやると言われたから、そう言っただけ」と発言している
やっぱり・・・・というか、こんなこったろうと思ったよ。
一体、子どもの実父にそんなことを言わせたのはどんな人たちで、何が目的だったんだろう?

「セレブのエゴだ。偽善だ」という意見もたくさんあった。
しかし、わたしに言わせれば「偽善だ、偽善だ」と騒いでいる人ほど、役に立たないものはないと思う。
セレブの行動を叩いて、勇気あるスピリットだと自惚れているかもしれない。
でも、セレブが偽善で寄付したお金で助かる命はあっても、そんな批判的スピリットで助かる命はない。
大体、慈善事業を批判する人ほど、自分からは何もやっていないからだ。
役に立たないスピリットで自分に酔っているのも結構だけど、途上国の人にとっては
偽善でも何でも寄付してもらった方が助かると思う。

まあ、ようするにマドンナをいじめるのはやめて!ってのがファンとしての気持ちなのだ。
全く叩かれないのもマドンナらしくないし、今まで散々バッシングと戦ってきたのがマドンナだけど、
マドンナだって人間なんだし、バッシングされて平気なわけがない。
やはりファンとしては、彼女を守ってあげたいのよ。

そんな熱いファンとしては、やはり彼女のアーティスト活動が気になる。
既に映画監督として一本映画を撮っているけれど、すでに二作目に取り掛かっているようだ。
音楽活動もだけれど、映画にも熱心に取組んでいる。
でも、もう女優はやらないみたい。
女優としてのマドンナはともかく、女優になろうと一生懸命なマドンナは好きだった。
酷評されても、一生懸命チャレンジしている彼女が好きだったのだけど・・・・ちょっと残念。

映画もいいけれど、一番気になるのは音楽活動の方だ。
一番気になっているのは、「Sticky & Sweetツアー」のDVDのリリースがいつになるかだ。
あと、今年リリースしたベストアルバムを引っさげて、ベストヒットツアーをやるか。
新しいアルバムでは、どんなアプローチで作品を作るか。
今後の活動に、ワクワクした期待を持っている。

崇拝する気持ちに、変わりはないのよ。

幸せの重さ

雑記
11 /18 2009
職場のKくんが恋をしている。
相手は同じく職場の女の子で、まだ二十歳の女の子だ。
彼女は外見も性格も可愛らしくて、ゲイのわたしですら
ほれぼれしちゃうぐらい。
多分自分がノンケだったら、こういう子好きになってるんだろうなって思う。

色々複雑な状況もあって、Kくんは一歩前に踏み出せないでいるのだが
今のところ順調に彼女との距離を縮めていっているようだ。
彼女としゃべっているときの職場のKくんは非常に楽しそうで、幸せそうだから
わたしはうまくいくことを願っている。

ちなみに、「色々複雑な状況」に関しては本人のプライバシーもあるので
詳しくは書くことは出来ないのだけど、実はKくんと彼女がつき合うにはちょっとした壁がある。
それがまた、倫理的な壁なんだよね。
それゆえに一歩踏み出せないでいるのだ。

覚えている人は覚えているだろうし、覚えていない人は覚えていないと思うけど、
わたしも今の彼氏くんとつき合うにあたっては、ちょっと倫理的な壁があった。
詳細は以下を読んで欲しい。すごく長いけど。苦笑
彼氏くんとの第一章
彼氏くんとの第二章
彼氏くんとの第三章
彼氏くんとの第四章
彼氏くんとの第五章

まあ、わたしの話はどうでもいいとして、Kくんも倫理的な壁にぶち当たって悩んでいるわけだ。
「やっぱり諦めた方がいいんですかね・・・・」とKくんが尋ねる。
それで満足できるの?と訊き返したら
「無理です。諦めきれない」と答える。

「色々大変だとは思うけど、Kくんが納得いくようにするべきだと思う。
諦めるならスパッと諦めてもいいけど、後悔するよりやりたいことやった方がいい」
わたしがこんなアドバイスをしたら、
「でも・・・・俺って悪ですよね」
と、Kくんは答えた。

「たまには悪になる覚悟も必要だと思う。わたしだって悪になったからさ」

「Kazuccineさんのしたことを、俺は悪だと思いません。俺は心底悪いやつだ・・・・」

も~う!意気地がないんだから!と腹立たしい気持ちもあるのだけど、
本人が悪いと思っていることをやらせるわけにはいかないし、さすがにそこまで
わたしが干渉するのもどうかと思うので、それ以上は言わなかった。
う~ん、確かにKくんがやろうとしていることは、傍から見ると悪なのかもしれない。

実はわたしが彼氏とつき合った過程を、知人に話したところ
「正直軽蔑しますね」って言われちゃったのよね。
「友人」ではなく「知人」程度の人にそんなことを話しちゃったわたしもどうかと思うんだが、
やはり傍から見るとよくないことをしちゃったんだろうな。

まあ、わたしだって「いいことをした」なんて思っているわけじゃない。
長年安定したつき合いをしているカップルを引き裂いて、片方を自分のものにしちゃったわけだから。
しかも、もう片方が自分の友達(っていうか元彼)っていう、何とも際どいパターンだ。
ただ、「悪いことをした」とも思っていない。
元彼がわたしや、彼氏(NAO)にしたことを思えば、とられて当然だと思うからだ。
NAOがわたしのところへ来たのも、わたしがNAOを奪ったことも、何だかんだいって元彼に原因がある。
Kくんだってそのことをわかってくれていると思うから、「Kazuccineさんは悪くない」と言ってくれたんじゃないかな。

Kくんがやろうとしていることも、わたしは悪ではないと考えている。
詳細を書けないので説明し辛いんだけど、ようするに彼女はKくんとつき合った方が幸せになる気がするからだ。
Kくんも、彼女とつき合ったら幸せになると思う。
ただ、それはKくん自身が決めることであって、わたしが干渉することじゃない。
Kくんが彼女を諦めるのなら、それはそれで支持しないといけない。

幸せをつかむのは簡単なことじゃない。
時には悪にならざるをえないし、つらいこともたくさんある。
だからこそ、つかんだ幸せは大切にしないといけない。
傷ついた人がいる分だけ、幸せは重たいものだ。

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うそつきは・・・・

雑記
11 /10 2009
2012年に、人類は滅亡してしまうという説があるそうだ。
そういや数年前からマヤの予言だの、ジュセリーノさんだの
流行っていたことを覚えているけど、映画も製作され、今月公開されるそうだ。
その名も「2012」
シンプルなのは非常によろしい。

もうすぐ2009年も終わるから、2012年はあとわずか2年数ヵ月後ってことになり、
本当に滅亡説を信じているのなら、映画を作っている場合ではないと思う。
とにかく助かる対策を考えた方がいいし、助かりようがないのなら黙っててくれた方がまだ気楽だ。
この映画を観たり、映画に関する本を買っている人たちの大半は本気で2012年に
人類が滅ぶなんて思っていないだろう。
あくまでエンターテイメントとして、「2012年人類滅亡説」を楽しんでいるだけだ。

この手の、人類滅亡ネタはノストラダムスで十分だと思っていたけれど、
こんな風にまたブームになるっていうことは、みんな人類滅亡ネタが好きなんだな。
そういえば、わたしが中学生の頃に流行った「神々の指紋」という本でも
最後は人類滅亡ネタで終わっていたように思う。

人類滅亡ってことは、自分の人生もそこで終了してしまうわけで
とてもじゃないけれどわたしはそんな話を楽しむ気持ちにはなれない。
一瞬で滅亡するのならまだよいのだが、地震でも、隕石でも、伝染病でも、宇宙人襲来でも、
どんな理由で滅亡するにせよ、怖かったり痛かったり不潔だったりすると思う。
そんなん想像するだけでいやーな気分になるから、人類滅亡ネタはあまり歓迎できない。
人類滅亡ネタが好きな人の心中は、わたしにはわかりかねる。

まあ、こういう話が好きな人同士で盛り上がっているぶんにはいいと思うけど、
問題はそれを真に受けてしまう人間がいることだ。
1999年の「ノストラダムスの予言」の時だって、たしか新興宗教の信者が
集団自殺をした事件があったように記憶している。
オウム真理教のような「オカルト宗教」には、教義をひろめるために
ノストラダムスの予言を引用したりしていた。
おもしろおかしく人類滅亡説をとなえるのはよいのだけど、それが犯罪に
利用される可能性があることを少しは考えて欲しい。

それにしても1999年以前、「ノストラダムスの予言」は事実で、人類は滅んでしまうと
メディアに出ていた人たちは、その予言が外れたことをどう考えているんだろうな。
果たして、公の場に出て謝罪をした人がいるんだろうか?
本気でそういう人たちの言うことに耳を傾けていた人は、そんなにいないと思う。
でも、中には本当に怖くて怖くて、恐怖から日常生活をおくれなかった人もいるかもしれない。
自暴自棄になって、無茶をやらかしてしまった人もいるかもしれない。
そういう人たちに対する責任は?
何かを言うってことは、その言葉に対して責任を持たなくてはいけない。
誰もその責任とってないよね。
「そういう生活をおくったのは、その人の自己責任だ」とかいう、
くだらない逃げ口上は絶対に許してはいけないと思う。

似たような例かどうかはわからないけど、選挙前に
「今回の選挙では自民党が勝つ!民主党優位はマスゴミの捏造だ!」
と、騒いでいた人たちは結局どうしたんだろう?
あるいは、
「民主党が政権をとったら、中国が攻めてくる」と言っていた人は?
よくも悪くも、あまり変わっていない気がするけど。

真に受ける方がどうかしているようなことでも、真に受ける人間がいるかもしれない以上、
あまり軽々しく口に出してはいけない。
少なくとも、その言葉が間違いだったとわかったら、すぐに撤回して
謝るのがスジってもんじゃないかって思うのだけど。

どうやら、何だかんだと言い訳をして、自己正当化するのが正しいと思っている人が多いようだ。
百歩譲ってオカルトは笑って許せるにしても、政治ネタは笑い事じゃないよね。

冷え性と愛情

雑記
11 /07 2009
ga001

わたしはひどい冷え性だ。
これからの時期は、足先が「氷水につけてたの!?」というぐらい
冷たくなってしまい、なかなか寝付くことが出来ない。
靴下をはいて寝ればいいという人もいるけれど、わたしはどうも
寝る時に靴下をはくというのが苦手なのだ。
よけいに気になって寝れなくなってしまう。

誰かと一緒に寝る場合、その人の足に冷たい足をくっつけるという
非常に悪質な手口で自分の足を暖めることもあるのだが、
大抵の場合足を蹴っ飛ばされてふとんの外に出されるので、いい方法とはいえない。

湯たんぽとかアンカに頼ることも出来るんだけど、案外ぬくもらないんだよね。
一番即効性があって、簡単にあったまるのが自分の足で温めるという方法だ。
右足を左足の太ももにあてて暖め、じゅうぶんに温まったら
今度は左足を右足の太ももにあてて暖める。
これを繰り返すと、けっこう短時間で温まる。

ただ、時々太ももに足をつけたまま寝てしまうことがあり、
そうすると朝起きた時に足が痺れていて、結構大変だ。
何時間も「シェー」の格好で寝ているわけだから。

そんなわたしを気遣ってくれたのか、彼氏くんがあったか毛布を買ってくれた。
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これが非常にありがたい。
電気毛布みたいに熱くなりすぎないし、お金もかからないし、健康にもよさそうだ。

遠距離なので寒い夜に暖めあうことは出来ないけれど、
彼氏のくれたあったかパッドで彼氏の愛を感じる今日この頃だ。

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アメリカン・パイ

マドンナ
11 /04 2009
ついこの間まで半そででも平気だったのに、いつの間にか
真冬のような寒さがやってきた。
山はすでに雪を被っていて、遠からず初雪が降りそう。
「タイヤ替えなきゃ・・・・」
と、ちょっとうんざりしつつ、冬が来るのは楽しみだ。

小さい頃から、11月から12月にかけての年末シーズンが好きだった。
クリスマスやお正月にむけて、街全体が賑やかになっていくのが
何だかワクワクするような楽しさがあったから。
新しい年が始まる期待感みたいなものも、あったかもしれない。

気がついたら今年も終わりだし、よく考えたら00年代も終わりなんだな。
って、そういやこの間もそんなこと書いたっけ。
いつの間にか「ミレニアム」なんて言葉も聞かなくなっちゃったね。
21世紀になった瞬間も、特に何の感慨もなかったことを思い出す。
何しろ、受験の直前でそれどころじゃなかったからね。
でも「21世紀最初の大学生」になれたのはうれしかった。

この10年間、日本国内でも海外でも大きな事件がたくさんあった。
ただ、アメリカにとっては結構特別な10年間だったんじゃないかと思う。
911テロに始まる一連の戦争、リーマンショックに端を発する大不況、
史上初の黒人大統領の誕生など、大きな出来事がたくさんあった。
遠い海を隔てた外国のことだし、自分には直接関係のないことであっても
やはり超大国アメリカの変貌は興味深いものがある。
何といっても、わたしが心から崇拝するマドンナの故国でもあるし。

2000年、マドンナは自分の主演する映画「二番目に幸せなこと」の
主題歌として「American Pie」という曲をリリースした。
ドン・マクリーンの曲をカバーしたもので、共演のルパート・エヴェレットに奨められて歌ったらしい。
アメリカではシングル発売されず、ラジオオンエアだけだったのでチャートは29位で
終わったけれど、その他の国では大ヒットを記録している。
マドンナ自身はこの曲が好きではないらしく、ライブでも歌わないし今年発売された
ベストアルバムにも収録されていない。
まあ、確かにちょっと古くさい曲で、当時のマドンナのイメージには合わなかったかも。
わたしは割と好きだったけどね。
その年に発売されたアルバム『MUSIC』の中でもかなりのお気に入りだった。
何といっても、PVが非常に素晴らしい。

Madonna American Pie



当時見たときは、マドンナのアメリカという国に対する愛情が込められた
ビデオなのかな~なんてことを思っていたけれど、今あらためて見ると
00年代のアメリカを象徴するようなビデオのようにも思える。
様々な人種の人、富める人、貧しい人、同性愛者、色々な人たちが
星条旗の下に集まり、一つの国を作っている。
でも、仲よく共存しているというと、決してそうではないと思う。
特に、この10年で人々の間にある溝は深まったのではないか。
オバマが就任演説で、「一つのアメリカ」を強調していたのも
今まさに分裂しそうになっている現状を見ているからこそだろう。

この曲がリリースされて一年半後、911テロが起こった。
極度にナショナリズムが高揚し、アメリカはひとつにまとまった。
この時報復攻撃反対のメッセージを発したアーティストは、マドンナ一人だけだった。
後にイラク戦争にも反対の姿勢を示したマドンナは、ブッシュの支持者から「国賊」と呼ばれた。

ナショナリズムが高揚し、分裂が進んだのはアメリカだけじゃない。
日本だって同じことだ。
テレビを見ていても、ネットを見ていても、妙に鼻息の荒い人たちが増えたなあって思う。
みんな攻撃的で、人の話を聞かないで、激しい言葉ばかり使っている。
この10年で日本も変わっちゃったんだな、と思うけれど、
本当に変わったというよりは、対立や分断が表面化しただけかもしれない。

そういう意味では、今までは対立が表に出てこなかっただけで、
潜在的に問題はかかえていたってことだ。
それはそれで、悪いことではないと思う。
この10年で、分裂や溝は深まってしまったかもしれない。
だとしたら、次の10年は対話と協調の10年になればいい。

理想論かもしれないけどね。

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和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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