わたしもおっつぁんです

雑記
08 /29 2009
今月からauで始まったサービスに、「24時間通話無料」サービスがある。
3件まで番号を指定しておけば、月額390円で通話が無料になる。
わたしのような遠距離恋愛やっている人には、電話での会話が必須なので
このサービスの開始は非常にうれしくて、ありがたいものだ。
ドコモユーザーの彼氏Naoくんも、わざわざauの携帯電話を持ってくれた。

新規ユーザーは8月10日から適用されるのだけど、わたしのような既存ユーザーは
9月からの適用になるので、今のところNaoから一方的にかけてもらっている。
すでに10万円近い額話しているそうだ。
これで
「指定通話無料なんてうっそで~す。残念でした~♪」
とかだったら最悪だよね。ま、そりゃないか。笑

わたし自身は今年の2月に機種変更して、新しい携帯に喜んでいたのだけど
携帯電話に詳しいNaoからは驚くべき話がたくさん舞い込んでくる。
「auじぶん銀行」なんて、名前だけは知ってたけど何のことかよくわからんかった。
クレジット機能とか電子マネー関係に関しては、驚くほど進んでいるみたい。
Naoの持っているドコモの携帯電話なんて、わたしからしたらもう近未来的で
携帯電話の概念を超えている代物だ。
この間ソフトバンクの店で見つけたiPhoneも、今さらながら興奮している。

Naoは携帯電話のほかにも電子マネーやポイントサービスなんかにも詳しい。
車に乗ってないわりに、わたしよりもETCに関してもよく知っている。
わたしは彼の話を聞きながら、
「世の中ずいぶん便利になったなあ~」
と時代遅れのおっさんのような感想を持っている。
まあ、実際のところ時代遅れのおっさんなのかもしれないが。苦笑

ついこの間までDVDプレーヤーがなく、録画といったらもっぱらVHSだった我が家だけれど
今年に入ってついにぶっ壊れてしまったので、録画機能の付いているDVDプレーヤーを買った。
同時にケーブルテレビのチューナーも地デジ対応のものになった。
これが案外難しい。
え?ビデオの録画ってこんなに難しかったっけ?って思ったもの。
数回録画に失敗して、ようやく録画の方法をマスターした。
これでもあたしゃ20代後半です・・・・ええ、20代ですとも。
でも機械が苦手なのは、若い子だって同じだと思うぞ~。

リニアモーターカーも実用化されていない(いや一応愛知には“リニモ”あるけど)し、
宇宙ロケットもボンボン飛んでいるわけじゃないけど、何だかんだで世の中
けっこう近未来的になっているんだな~って思う。
気がついたら2000年代も終わりに近づき、2010年代が到来しようとしている。
一歩一歩だけど、着実に世の中は進歩しているわけだ。

ところで、関係ないのだけど1990年から1999年までを90年代というし、
同じように80年代とか70年代といういいかたもあるのだけど、
2000年から2009年までは何年代っていうんだろう?
上では「2000年代」と書いてみたものの、何かこの表記の仕方ってひっかかるんだよね。
「00年代」とか「ゼロ年代」という書き方も見たことがあるけど、「00年代」の方がしっくりくるな。

今ファッションの世界では80年代のリバイバルが盛んだが、
何十年後かには2000年代のスタイルがリバイバルするかもしれない。
そのときに「よみがえる2000年代ファッション」とか書かれるのだろうか?

どうもおしゃれじゃないというか、古代衣装の展覧会みたいな感じがする。
「よみがえる00年代ファッション」だったら、ファッション誌に載っててもおかしくない。
でも、今一般的に普及しているのは「2000年代」の方で「00年代」じゃないから、
多分今後も2000年から2009年までは「2000年代」って表記するのが定着するんだろう。

「2000年代」が定着しているとはいっても、時々「00年代」「ゼロ年代」と書いてある
文章も見かけるので、1990年代を「90年代」というほどには定着していないと思う。
わたしは、実は1997年ごろからこの年代を何と呼ぶのか関心を持っていた。
その頃は「西暦2000年ごろには統一した呼び方が広まっているだろう」と考えていた。
ところが、いざ西暦2000年を迎えても、統一された気配はなかった。
「じゃあ、2005年ごろには統一された呼び方が定着しているだろう」なんて
思っていたけれど、もう2000年代が終わりに近づいているのにまだ統一されていない。

いや、別にそんなもん統一せんでもいいことは百も承知だけれど、
やっぱり統一していた方がスッキリしていいと思うんだよな。
他の年代は80年代とか90年代といっているのに、一つだけ「2000年代」って
何だか仲間ハズレにされているようで、ちょっと可哀想というか。
まあ、こんなことを考えるのもわたしだけだと思うけど。

来年からは2010年代になるけれど、やっぱり「10年代」っていうのだろうか?
うーん、これはこれで何だかしっくりこない。
「10年代」っていうと、どうしても第一次大戦の時代を連想してしまう。
「20年代」も、アメリカの禁酒法時代のイメージで、2020年代のこととは思えないな。
もしかしたら、2000年代以降は「2010年代」「2020年代」っていういい方が定着するのかも。

まあ、そんなどうでもいいようなことを気にする前に、機械の使い方一つでも
覚えろよって感じなのだが、2010年代がどんな10年になるのか楽しみではある。
何にせよ、明るい10年になればいいな。

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せれぶれいしょん

マドンナ
08 /27 2009
日本は衆院選の投票日にむけて熱くなっているけれど、
すでに期日前投票を済ませたわたしが一番気になっているのは
マドンナの来月発売するベスト盤『Celebration』です。
もちろんとっくに予約済みで、同日に発売される同タイトルのPV集も予約済み。
ファン街道というより、信者街道まっしぐらなわたしです。苦笑

新曲の「Celebration」も、着うたフルで落としてますが毎日ヘビロテしてます。
昨年のアルバム『Hard Candy』の曲はイマイチなのが多かったのですが、
今回は非常にアタリでした。

わたしはマドンナの曲もアルバムも、どれも好きと!・・・・と言いたいところですが、
残念ながらイマイチな曲やアルバムもあります。
アルバムごとに異なったアプローチしてくれて、いい意味で
期待を裏切ってくれることもあるのですが、悪い意味で裏切られたこともあった。
2005年の『Cofessions on a dancefloor』はいい意味で裏切られたし、
2008年の『Hard Candy』は悪い意味で裏切られたような気がします。

「Celebration」は、期待を裏切るほど奇抜な曲ではなく、
むしろこれまでのマドンナのスタイルの王道って感じもするのですが、
あまりの出来のよさにびっくりしてしまったというところです。
隠し持っていた秘密兵器を、ついに見せたな!というか。

『Confessions on a dancefloor』は、リードシングルの「Hung Up」がメガヒットしました。
当時これでもかってぐらいラジオで頻繁にかかっていたことを記憶しています。
全世界でもヒットして、彼女にとって最大のヒット曲になりました。
実は、アルバムがリリースされる前「Hung Up」の着うたが日本で先行配信された頃、
「マドンナは一体何を血迷ったんだろう?」と思いました。

断片的にしか聴いていなかったから仕方ないのかもしれませんが、
初めて聴いたときはものすごくダサい曲に思えて仕方ありませんでした。
まあ、マドンナも今までいい曲たくさん作ってきたんだし、今さらヒット曲いらんよね・・・・と、
半ば諦め気分もあったのですが、実際にCDで聴いてみるとアガるアガる。
おまけに曲も大ヒットするし、アルバムも売れるし・・・・でびっくり仰天。
日本ではなかなかヒットしなかった彼女ですが、日本でもしっかり売れてくれました。
ファンをやっててよかったなあ~って思いましたね。笑

『Hard Candy』はプロデューサーがブラックミュージック界の大物を
集めてるって聞いた時点で萎えましたが、実際に聞いてみるとさらにため息。
「Beat goes on」のようにかなりお気に入りになった曲もあるけど、基本的にどれも退屈でした。
っていうか、マドンナらしくない。
著名なプロデューサーと組むと、マドンナって個性がつぶされちゃうんですよね。

そういう点でいうと、今回「Celebration」で組んだPaul Oakenfoldという人は、
マドンナの個性をよく理解している人だなあって思います。
音もマドンナの声質にあっているし、とにかくカッコいい。
彼女は作品ごとに、色々な人とコンビを組んで新しいスタイルに挑戦しますが、
もしかしたら彼とも名パートナーになれるかもしれません。
今後のオリジナルアルバムの方向性も気になります。

ところで、同日に発売される同タイトルのPV集ですが
どうやらMTVで放送禁止になった「Justify my love」や「Erotica」も収録されるようです。
彼女にとってとても重要な作品なのでうれしい反面、R指定にならないかちょっと心配です。


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バカはバカなりに

雑記
08 /24 2009
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「無知の知」っていう言葉がある。
自分は物事を知らないってことを、知っているって意味だと教わった。
この言葉の本質をわたしが理解しているかどうかは別として、
自分はわかっていない、知らないってことを自覚しているかどうかは大切だと思う。
もっというなら、自分はバカだってわかっているバカと、自分がバカってことに
気づいていないバカは大違いだってことだ。

こんなことを思うのは、職場のTくんを日々見ているからだ。
Tくんに関しては、登場人物の一覧を見て欲しい。
「登場人物の紹介」

わたしは彼のことが決して嫌いではないのだけど、同時に常にイライラさせられている。
仕事の上では完全にストレス要因だ。
彼は仕事があまり出来なくて、勘違いから失敗をすることがよくある。
わたしより2ヶ月後に入ったので、かれこれ1年半以上勤めているのだが
仕事の技量は彼の後に入ってきた人や、ここ数ヶ月の間に入ってきた新人さんにも劣っている。
トラブルやクレームは、大抵彼が引き起こしている。

わたしは彼とは売り場も違えば、フロアも違うので実は仕事の上で直接からむことはないのだけど、
電話の取次ぎとか問い合わせとかでムカムカすることも多いんだよね。
仕事が出来ない、上手くやれないってのはわたしも同じだし、他にも出来ない人たちはいる。
完璧に出来る人なんていないし、そうやってみんな成長していくわけだ。

彼の場合、とにかく性格に問題がありなのだ。
人の話を聞かないし、すぐに忘れてしまう。
勝手に解釈して間違った行動を起こしてしまう。
一生懸命話を聞いて、それで間違えてしまうのはある程度仕方ないと思うのだけど、
自分が叱られている時に、
「あ、すいません聞いてませんでした。もう一回お願いします」
ってのはどうだろう?かなりNGでしょ。

出来ないなら出来ないなりに、細部まで確認したり注意する努力が必要だと思う。
彼ははっきしいうと、出来ないってことがよくわかっていない。
出来るっていう前提で物事を進めるから失敗してしまうのだ。
かなり失敗して、嫌っていうぐらい叱られたり注意されているのに、それでもまだ気づかない。
全部右耳から入って左耳から抜けているような感じだ。
ある意味驚異的というか、信じがたいものがある。

おまけに人が伝達事項で話しているときに、すぐに口をはさんだり、
ひとりごとだか質問だかわからない言葉を発するから余計に嫌われる。
まずは聞けよ!って思うんだけど、本人それがわかっていないんだよね。
本人的には、むしろ会話のアシストをしているつもりなんだろうけど、
話している方からすればただの妨害以外の何ものでもないのだ。

理解力が乏しいなら、せめて黙っておけばいいのに余計な一言ばっかり言うから反感を買う。
多分、自分が理解できていないこと自体理解できていないのだろう。
正直見ていて可哀想になってくるよ。

すぐに前に前に出ようとする人と、あくまで縁の下の力もちに徹する人がいる。
どちらも「できる人」であって、「できない人」は自分の能力の範囲でできることを
こなすのに精一杯だと思う。
すぐ前に出ようとする人は、いつも「俺が、俺が」っていう感じなので周囲から
忌み嫌われることもあるんだけど、たしかにそれなりに能力がある人だったりする。
Tくんの場合、能力がないのにも関らずこのタイプなんだよね。
できないくせに前に出たがるから、忌み嫌われるどころか警戒されている。
できないことをわかっていないどころか、できると勘違いしているとしか思えない。

最近特にイライラさせられたのが、自分とは違う売り場のことにまで首をつっこんでくることだ。
わたしが同じ売り場の後輩に質問を受けたので、それに答えていたら横からチャチャを入れてくる。

「うるさい。お前には関係ないから黙ってろ!」
とついつい声を荒げてしまった。(ここらへん妙に男らしいわたしです)
自分の担当部署のことすらきちんとできていないのに、他の部署のことにまで口を出すとは何ごとだ!
しかも何の話をしているのかサッパリわかっていないから、相変わらず意味不明。
わたしと話していた後輩は、Tくんよりも一年ぐらいあとに入った子なのだけど、
その子ですら彼に対してバカにするような目で見ていた。
オイ、Tくん情けなくないか・・・・・と哀しく思えてきた。

ここまで書いちゃったらわかると思うけど、彼はもう半ば見放されている。
同じ売り場の人は、彼に何かを教えるのが嫌になってきているようだ。
それでも無視するわけにはいかないから、教えなきゃいけないんだけど
相変わらずとんちんかんだから怒られてばかりいる。
怒られている最中も、他のことを考えているし、空気の読めないチャチャを入れるから
激怒されてしまうこともたびたびある。

四面楚歌になっているTくんだが、わたしと仲のよい職場のKくんは唯一彼の味方だった。
Tくんはバカだけれど、決して不真面目ではない。
彼なりに一生懸命やっているのだが、努力の方向性が間違いすぎているだけなのだ。
ところが、最近んはKくんですら彼のことを見放し始めている。
「何であんなにバカなんですかね・・・・」
と半ばキレ気味にわたしに話すこともあった。

せめて、違う売り場のわたしは優しくしてあげないといけないのだけど・・・・
どうしてもイライラしてしまうことが多いんだよね。
わたしがTくんにきつい言い方をすると、注意してくれる人もいたんだけれど、
最近はそういう人もいなくなった。
せいぜい「あいつバカだからわかってないよ」って言われるぐらい。
自分がきつい言い方をしておいてナンだけど、そう言われると逆に可哀想になる。

まあ、人のことを気にかけている余裕なんてわたしにもないのだけど、
それでもTくんにはしっかりして欲しいと思うのだ。
わたし自身彼と似ているところもあるから、余計にそう思う。

「自分がバカってことぐらいいい加減気づけ!」
って、多分職場の人はみんな思っているだろう。
たださすがに口に出して言うのは憚られるし、遠まわしでも言えないよね。
みんなわたし以上に彼のことで悩んでいるのだ。

関係ないけど、Tくんと同じようなタイプの人としては安倍晋三元首相がいると思う。
首相在任中から、とんちんかんな話が多いなあ・・・・と感じていたけれど、
政権をホッポリ出すという無責任で恥知らずなことをしたのにも関らず、
彼は決して自分が悪いことをしたとは思っていない。
それどころか、再び首相になるつもりでいるし、自分こそは正しいと信じているようだ。
急性アルコール中川昭一氏も同じ。
失敗したら黙っておけというつもりはないけれど、よくもまあ識者ぶって前に出れるもんだ。
麻生さんの場合、自分がバカってことを自覚しているような気がするから、
まだマシなんじゃないかあ・・・・と思ったりもするけど、所詮バカはバカだ。

Tくんの場合、注意してくれる人がいるぶんまだ恵まれている。
政治家のおっさんたちは、誰も注意してくれないから気づくきっかけすらないのだろう。
マスコミに叩かれても「マスゴミの言うことなんか気にするな」って言う人がいるから、
余計にいい気になってしまうんだろうな。

まあ、衆議院選挙が終わったら消えちゃう人たちのことはともかく、
わたしはTくんにがんばって欲しい。

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いつの間にか世の中変わってる?

雑記
08 /21 2009
わたしがいわゆる「カムアウト」をしたのは18歳の春、
今から8年前の2001年のことだった。
大学の飲み会で酔った勢いでカムアウトという、
よく考えたら軽率な行動をしてしまったわけだけど、
それも若さとバカさゆえってことで笑い話にしてもいいと思う。

その頃の友達の反応は、一様にみんなビックリで
「ゲイの人なんて初めて見た!」っていうのが多かった。
中には
「アメリカにホームステイした先の、ホストファミリーのお兄さんがゲイだった」
っていう人もいたし
「予備校の講師がゲイでさ、男の子ばっかり贔屓してたのよ」って人もいた。

まあ、基本的にはみんな「ゲイ=珍しいもの」みたいな反応が多かった。
大体、わたし自身自分以外のゲイを知らなかったもの。笑
今考えたら、つき合った経験があるわけでもなく、エッチの経験が
あるわけでもないのに、ゲイだと宣言するのも何だか変な話だと思う。

いや変な話ってわけでもないのだけど、何となく同性とエッチ経験するまでは
ゲイになりきっていないというか、そんな感覚なんだよね。
うーん、いや、あの、「ゲイになる」って感覚もそもそもおかしいんだけど・・・・、
ノンケが女の子とエッチするまで「ノンケになっていない」とか言うこともないし・・・・
まあ、ここらへんは感覚的な問題なので何ともいえない。
「ゲイのゲイに対する偏見」みたいなものの一つだと考えて欲しい。

とにかく、2001年の春はゲイってことは「珍しいこと」「普通じゃないこと」だった。
まあ、少なくともわたしの周りの反応はそうだったわけ。
ところが最近はそうでもないんだよね。

6月に職場のBさんにカムアウトした時も
「あー、男の人は初めてですね。女の人は知ってましたけど」っていう反応だった。
その前にカムアウトした職場のオタク男子Oくんも、そんなに驚いてはいなかった。

ここ近年は、カムアウトしても驚かれなかったり、すでにその人にゲイやレズビアンの
知り合いがいるっていうパターンが増えてきた。

学生時代、わたしのセクシュアリティに驚いていた友達の一人が
最近mixiの日記に「ゲイの友達が・・・・」ってな内容の日記を書いていたので
「あれ、わたしのこと?」って訊いてみたら
「あ~、あんたのことじゃないよ。っていうかあんたもそうやったっけ(笑)」という返事が返ってきた。

何だかこういう状況を見ると肩透かしっていうか、不思議な感じがする。
今まで「ゲイは普通のことなんです!!」とか、力を込めて主張していたのに
いざ相手に「うん、普通でしょ?」って言われると、逆にこっちが驚いちゃう。笑
別に統計をとったわけでも何でもないし、自分の身の周りの印象だけで
決めちゃうのもよくないのだが、ここ数年で世間のLGBTに対する見方も
徐々に変化しているんじゃないかな?って思った。

ちなみに、これも変な感覚だと思うのだが、今まで
「ゲイは普通で、ごくありふれたことなんですよ」って主張してきたのに、
いざ人から「普通でごくありふれた人」って見られるのも何か癪にさわる。苦笑
もしかしたら、わたし自身ゲイってことで特別扱いされたかったのかな?
っていうか、案外ナルシストなのかもしれない。
ゲイということで注目されたりするのが、微妙に心地よかったりして。

変な喩えなのだけれど、スターがパパラッチに追いまわされて、
プライベートが一切ない状況では
「わたしのプライバシーを大事にして!」
「マスコミはわたしをそっとしておいて!」
って言うのに、いざ注目されなくなったら名声が恋しくなるような感覚に似ているかも。
こんなことを思うのは、わたしだけかもしれないが。

ただね、驚かれなくなったり、(一見して)理解してくれているのを見ると妙な不安感がある。
「この人は本当にわかってくれているのかな?」と。

すんなりと受け入れてくれた職場のBさんや、オタク男子Oくんにくらべると、
職場のKくんは受け入れるのに時間がかかった。
このブログには書かなかったけれど、彼はゲイに対して偏見と無理解の塊だ。
わたしは何回も彼と衝突したし、傷ついたこともあった。
それでも、ぶつかり合うことで理解してもらえることはあると思う。
何ていうか、手ごたえはあるんだよね。

BさんやOくんのように、あまりにすんなりと受け入れられると楽ではあるけど
どこまで本音なのかがわからない。
一見理解しているようだけれど、もの凄い偏見を根本的に抱えているんじゃないか・・・・って
思うこともあるんだよね。考えすぎなのかもしれないけれど。

欧米とかと違って、日本でのゲイに対する偏見や誤解は非常に見えにくいし
わかりにくいものじゃないかって思う。
徐々にゲイに対する理解が広がっていくことで、さらにわかりにくくなるんじゃないか?
理解が広がることで、いいこともあれば悪いこともある。
理解してくれている人たちに、わざわざ論争ぶっかけるほどわたしも野暮じゃない。
でも、そういう人たちの「思わぬ偏見」に出くわした時はちゃんと戦う覚悟も必要だ。
それでお互いを理解し合えば、さらに仲良くなるきっかけにもなるしね。

少しでも、LGBTにとって生きやすい社会になること。
それがわたしの願いだ。

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若年寄

雑記
08 /14 2009
職場に新しい人が入ってきた。
今年の春に高校を卒業したばかりの19歳の男の子で、
線の細い女の子みたいな感じのだ。

ちなみにわたしの高校の後輩にあたるそうなのだけど、
やっつも年が離れているので、学校の話題になっても
まったく話が合わないのよね。
生まれたのが1990年・・・・。
90年代生まれが高校を卒業して大学生になったり、
働き始めているというのが不思議な感じがする。

こういう感想を持ってしまうのも、いかにもおっさんになったみたいで嫌なのだが、
年をとればとるほど、こんなことは増えていくに違いない。
数年後には、
「バブル崩壊後に生まれた子たちが・・・・」とか言っているだろうし、
その後には「平成10年代に生まれた子たちが」とか「21世紀に生まれた子たちが・・・・」とか
多分延々と続いていくんじゃないかな?って思う。

「若者」と一言でいっても、その言葉が示す範囲は広い。
今年27歳になるわたしは、一応まだ若者の範囲だと思うのだが
さすがに高校生ぐらいの子たちにはジェネレーションギャップを感じる。
若者は若者なんだけど、同世代とは到底思えない。
まあ、それはそれで異なる価値観に触れられるのだからおもしろのだけど。

少し興味があるのが、今二十歳前後の子たち、あるいは高校生ぐらいの子が
同性愛とかLGBTとかについてどのように見ているかだ。
わたしたちの年代の人たちと劇的に変わっているってことはないにせよ、
もしかしたら多少は変わっているのかもしれない。
例えば、小中学生の頃からテレビでLGBT的なものにたくさん触れてきたのは
わたしたちの世代と大きな違いだと思う。
KABA.ちゃんみたいなオネエキャラタレントや、ハードゲイ、前田健みたいに
カムアウトしたゲイタレントとか・・・・、まあこれらがいいかどうかは別として
以前に比べたら、ゲイ的なものに触れる機会は増えていると思う。

携帯電話やインターネットがより身近になって、情報が入手しやすくなったのも大きな違いだ。
10代の子がたくさん加入しているSNS「モバゲータウン」にも、ゲイ関連のコミュニティがたくさんある。
まあ、青少年にとって好ましい情報かどうかは別として、わたしが10代の頃に比べたらはるかに増えている。

こういう背景があるからといって、ゲイがより身近な存在になったって考えるほど
わたしも能天気な思考の持ち主ではない。
むしろメディアの変化やインターネットによる情報の増加によって、状況が悪くなったかもしれない。
オネエキャラもハードゲイも、「おもしろいもの」としてテレビに取り上げられた。
でも、「おもしろくない」ごく普通のゲイの人たちはほとんどテレビに登場しない。
ゲイに対する偏見とか誤解は、より一層強まったんじゃないか。
それに、ネットで「ゲイ」とか「同性愛」って検索したところで、
出てくる情報はエロ情報が大半だもんね。
別にそれが悪いとはいわないけど、好ましいかっていうとそうじゃないと思う。

きちんとした性教育なしに大量のエロ情報に当るのは、危険でもある。
実際、興味本位に手を出して、子どもたちの性を狙う大人の餌食になって
傷ついた経験をした人たちはたくさんいるんじゃないか。

・・・・なーんて考えると、悪い側面ばっかりみたいだ。
さすがにそんなことはない・・・・と思う。
いいこともあれば、悪いこともある。それが世の中じゃないのかな。

よく考えたら、わたしは若い世代の子とこういう話をしないので、
実際に彼ら、彼女らの意見を聞いたわけじゃない。
LGBTに関する話とか、性の話とかを、ざっくばらんに語ってみたい。

というわけで19歳の新人くんとも仲よくなって、色々話せればいいと思う。

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ダイエットとジーパン

雑記
08 /12 2009
朝バナナダイエットをがんばっているので、順調に体重は減ってきている。
がんばっているとはいっても、ただ単に朝食にバナナを食べて水を飲むだけなので
別に全然がんばっているわけじゃないけど、一番太っている時期に比べると
13キロの減量に成功したので非常にうれしい。

ただ、一番痩せていた時期に比べると17キロも太っているので、
まだまだいっそうの努力が必要だと思う。

体重が減って腰周りが細くなったのはうれしいのだが、一つだけ困った問題が発生した。
以前からはいていたジーパンがぶかぶかになってしまったのだ。
一番太っていた時期に買ったために、握りこぶし二つ余裕で入るほどに大きくなっている。
太る前にはいていた細いジーパンをはけばよいのだけれど、あろうことか股がやぶけて
パンツがはみ出てしまうので、少々情けない事態に陥ってしまう。

というわけで、ジーンズショップやらユニクロやら色々まわったのだけれど、
最近は男性でもスキニーなタイプなのが増えているようで驚いた。
雑誌などを見る限り流行の先端はスキニーよりもバギーの方みたい。
ただスキニー人気も健在なので、定番アイテムとして定着しているのかもしれない。
そういえばイケメンでおしゃれな職場のBさんもスキニーをはいていたような。

スキニーの流行と関係あるのかどうかはわからないけれど、2年ぐらい前から
女性の間で流行っていたスパッツ(レギンス?って言うらしいけど)やトレンカも、
今年は男の子たちの間に流行っている。
こればっかりは痩せている男の子じゃないと似合わない気がするなあ。
カッコいいとは思うけれど、ちょっと手を出しにくいアイテムだ。
でも冬にズボンの下にはくぶんにはいいかも・・・・って、それおっさんの股引ですやん。

それにしても、スパッツはともかくスキニーなジーパンは、見てるぶんには
カッコいいんだけど、はきごこちはあまりよくなさそうなんだよね。
はきやすいように工夫されているのかな?
わたしのようなまだまだ太っている人には、ちょっとはき辛そうな気がする。

そもそも、ローライズが流行った時も
「これはお腹を冷やしそうでよくないなあ・・・・」と思った。
そりゃセクシーだしカッコいいし、男の子には目の保養になるだろうけど
体によくないのは少し考えものだろう。
おまけに太っている人にとっては、ボーンとお腹が出るのでちょっとカッコ悪い。
ただ、お腹まわりが楽なので、ローライズにはありがたい側面もあったのだが。苦笑

最近は極端なローライズはあまり見かけない。
数年前にハイカットが流行るなんて話もあったけれど、そんなに見かけないなあ。

色々と迷った挙句に、
「これからももう少し痩せるつもりだし、その時またぶかぶかになっても困るから
あと3キロぐらい痩せてから買おう」
という、何だかわけのわからない理由で買うのを断念した。
その時はひそかにスキニーをはきたいとも思うのだけれど、その頃になると
すでにバギーが主流なんてことになっているかもしれない。
結局スキニーははかないまま、流行が終わってしまうのは淋しいなあ。
やはり痩せていないと流行にも乗れないのだなあ・・・・と気づいたので、
ちゃんと痩せようと思うのであった。

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64年目の願い

雑記
08 /09 2009
8月6日は広島の原爆の日、今日9日が長崎の原爆の日ということは
日本人なら大半の人が知っている・・・・と思う。
広島に近い県に住んでいるわたしは、小学生の頃から
平和学習という授業を受けてきた。
小学校の修学旅行も広島だったし、夏休みの登校日に
「はだしのゲン」のビデオを見たこともあった。

夏休みの宿題帳「夏の友」にも、毎年必ず
「おじいさんやおばあさんに、戦争のことを聞いてみましょう」という課題も載っていた。
当然今もあるのだろうと思っていたら、近所の小学生の子(3年生)に聞いてみたところ
最近はそういう課題は載っていないらしい。
「はだしのゲン」も見たことがないと言っていた。
これはわたしにとっては、ちょっとショッキングだった。

まあ、よく考えたら最近の小学生の子どものおじいさんやおばあさんって、
戦中や戦後まもなくぐらいに生まれた人が多いだろうからね。
幼少期を戦後の混乱の中で過ごしたという人はいるにしても、
戦争をリアルタイムで経験した人は少ないに違いない。

今年で戦後64年も経っているのだから、戦争のことは「記憶」よりも「歴史」という
感じになっているんじゃないかという気がする。
わたしが小学生の頃、今から15~20年前は戦後40何年だったので
まだまだ「記憶」として残っていた時代だったのかもしれない。
実際にうちの祖父などは軍人だったので、かなり悲惨な体験をしたと聞いている。

祖父は中尉だか大尉だか忘れたが、どうやら管理職クラスの軍人だったようだ。
南洋の海上で、乗っていた船が潜水艦に撃沈されて命からがらの目にあったらしい。
その時、部下に向って
「武器を捨てて泳げ!!」と命令したところ、後で上官に怒られたそうだ。
「天皇陛下からいただいた、命より大事な武器を捨てろとは何ごとだ!」と。

最近は戦争に対して、否定的なことを思わない人も多い。
ニュースで話題になった田母神氏なんかもその一人だ。
核兵器を持つことに対しても、肯定的なことを述べる人も増えてきている。

憲法9条をめぐる問題や、戦争の是非、日本や中国韓国との関係、
色々考えるべきことはあると思う。
色んな意見があることも、決して悪いことではない。

ただ、わたしは絶対に戦争は嫌だ。
戦争がおこっても絶対に行きたくはない。
大切な人を失うのも絶対に嫌だ。

戦争はアニメでもない。映画でもない。ゲームでもない。
痛いし、怖いし、不潔だし、苦しい。
そんなところに好んで行くほど、わたしはマゾじゃない。
足の小指をぶつけて、痛い痛いとさわいでいるわたしが、
銃で撃たれたり腕がちぎれたりして平気でいるとは思えない。

戦争が起きたら、スタコラサッサと日本から逃げすだすだろう。
もちろん家族や恋人や友達も連れて逃げる。
でも恋人や友達の家族も助けてあげたいから、莫大な費用がかかるだろうな。
そんなお金、わたしにはない。
だから戦争をしてもらったら困るのだ。

憲法9条を改正しろ、日本も核武装しろ、と騒いでいる人たちは、
はたして戦争が起こったとき、痛くて怖くて不潔な戦地に自ら赴く覚悟があるのだろうか?
自分は司令塔として、安全な場所から指示を出すだけだとタカをくくっているんじゃないか?
わたしにはそう思えて仕方がないのだけど。

圧力や武器による恫喝より、対話による問題解決・・・・これは理想ではなく夢想なのだろうか?
所詮はありえないユートピア的な発想なのか?あるいは偽善なのかもしれない。

でもわたしは絶対に戦争は嫌だ。
痛いのも怖いのも、不潔なのも出来ることなら避けたい。
わたしの言う「平和」がたとえ偽善者たちの宗教のようなものだとしても、
わたしはその宗教にすがりたい。
そこに希望を見出したいと思う。

広島、長崎の原爆の犠牲者への冥福を祈り、心から平和を願う。


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彼氏くんとの第五章

雑記
08 /04 2009
結局のところ、わたしはNaoとつき合うことになった。
好きになってしまったから。

「つき合う」っていう言葉の定義は難しい。

中学生の「つき合う」なんて一緒に学校から帰ったり、
日曜日にバーガーショップに行く程度だ。
大人だったら、セックスしてても「つき合う」っていう関係では
ない場合だってある。

相手に別の恋人がいて、時々しか会えない関係を「つき合う」って
いうのかどうかはわからない。
セカンドラブ、愛人、間男、情夫・・・・色々呼び名はあるんだろうけど、
ようするに浮気相手になるっていうだけの話だ。

「あいつとは別れて欲しい」という一言はなぜか言えなかった。
もしかしたらNaoが切り出すのを待っていたのかもしれない。
NaoはNaoで、わたしに「別れて欲しい」と言ってもらいたかったのかもしれない。
いずれにせよ、その日から元彼の彼氏とつき合うという、奇妙な日々が始まることになった。

「あいつのことは好きなの?」
こんなことを訊くのが精一杯だった。

「わかんない。長く一緒にいるから・・・・家族みたいなもの。恋愛感情はないと思う」

恋愛感情がない=好きじゃないっていうことではない。
長年連れ添った恋人同士や、夫婦は恋愛よりは家族愛みたいな感情で
結ばれていることも多いという。
それはそれで結構なことじゃないかな。
ただ、わたしと出会う前の月にセックスしていたらしいから、完全に
恋愛感情がなくなっているとも思えないんだよな。

Naoは
「もうセックスはKazuとしかしないよ。あいつとはしない」
なんて言っていたけれど、間男ふぜいが相手に貞操を求めるなんて
おこがましいと思ったから、
「無理しなくていいんだよ。それにあいつだって可哀想じゃない」
みたいな感じで適当にかわしていた。
今思えば、よくもまあ無神経な一言をはいたものだと思う。

Naoはわたしが覚醒するのを待っていたに違いない。
元彼から、自分のことを奪って欲しいと思っていたんだろう。
でもわたしには自信がなかった。
自信もないし、覚悟もなかった。
だから到底、一番を押しのけて二番になるなんて出来なかった。

逃げていただけかもしれない。
いや、きっとそうなんだろう。

プラス、ほんの少しだけれど元彼に対する罪悪感、遠慮、そして同情。
「愛人としての慎み」みたいな変な倫理観があったのも事実。

そんなわけのわからない分別があるなら、そもそもつき合うこと自体どうかと
思うのだけれど、それでも好きって気持ちはとめられなかったし、
人間的に性的にNaoに惹かれる部分を大きかった。
つき合うことを決めてから一月は、葛藤の毎日であった。

そんな二人の関係が微妙に変化したのは6月の終わりに、兄の結婚式があった後。
わたしだけ一足早く家に戻ったので、Naoと電話で話すことにした。

「今日はあいつ(元彼)と天王寺の方に一緒に買物に行ったんだ・・・・」という
Naoの話を聞いて、どうしようもない苛立ちが沸き起こってきた。

「あいつと一緒に歩いたんだ・・・・ふーん・・・・やっぱりNaoにとってはあいつが一番だもんね・・・・」

普段ならわたしはこんなことは言わない。
元彼とNaoの関係がうまくいっているなら、それはそれでいいことじゃないか・・・・

一番になろうなんて思ってはいけない・・・・
相手に期待しすぎてはいけない・・・・
恨んではいけない・・・・
いつかは去っていくことを覚悟しなくてはいけない・・・・

わたしの中で「いけない○個条」みたいなものがあったのだけれど、
ようするに二番目として出すぎた行動をしてはいけないと思っていた。
一番目との仲がうまくいくように、相談に乗ってあげるのも二番目の役目だと考えていた。

そんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
一番になりたい・・・・あいつとは別れて欲しい・・・・
突然そんな気持ちが胸の中に芽生えてきたのだ。

それは結婚式で、兄夫婦の仲のいい姿を見たからかもしれない。
あるいは旅行中にNaoとメールや電話が出来なくて淋しかったからかもしれない。
とにかく、何となく好きだったらいい・・・・というわたしの気持ちに微妙な
変化が生じたのはたしかだった。

Naoもわたしのこの気持ちの変化には気づいていたようだ。
でも、わたしはまだ「別れて欲しい」の一言を切り出すことが出来なかった。
Naoを自分のものにしたい・・・・という感情は強まる一方だったけれど、
実際に別れさせるというのは、まだまだ勇気がいる行動だった。

「今日僕からあいつに切り出してみるよ」
7月に入ってから何度か、Naoに提案してみた。
「本当は大阪に行って、あいつに直に話すのがいいんだろうけど・・・・
正直今はそれだけの余裕もないし、電話で話してみようと思う」
Naoはわたしの変化に驚きながらも、喜んでいたようだった。

ただ、タイミングが難しい。
わたしがその頃夜勤が多かったこともあって、昼勤務の
彼に電話をかけるのが無理だったからだ。

わたしが久しぶりの昼勤務だった日、よし今日こそは電話をかけよう・・・・と
思っていた矢先、Naoから突然メールが来た。

「言っちゃったよ・・・・あいつに」

ほぇぇぇぇぇっ!?
何とまた怒涛の展開!!
びっくりしてNaoに電話をかける。

「言ったの?」

「うん・・・・もののはずみだったんだけど・・・・」

「修羅場にならんかった・・・・?」

「ぜんぜん・・・・別にいいよって。あいつらしいでしょ?あ、そばにいるけど替わる?」

えぇぇぇぇ~~~、元彼と話すの??!
と、驚いていたら

「モシモシ・・・・久しぶりやね・・・・」
と元彼の声が受話器から聞こえてくる。
一瞬何ともいえない懐かしさがこみ上げてきた。

「あ・・・・久しぶり。何か・・・・ごめん」

「びっくりしたわ。別にいいけどね。Naoちゃん幸せにしたってよ」

「怒ってない?」

「別に。幸せにやりや」

何ともあっけなく、拍子抜けな展開に終わってしまった。
どうやらお酒を飲んでいたらしく、終始ろれつがまわっていなかった。

というわけで、わたしの元彼は、Naoにとっても元彼になり、
わたしとNaoは晴れて恋人と呼び合える関係に落ち着いたのだ。
遠距離だけど連絡はまめにとり、可能な限り頻繁に会っている。
会えば会うほど好きになるし、幸せな気分になる。

ただ、最近元彼はNaoとの復縁を強く望んでいるようだ。

「Naoちゃんは騙されているだけだよ。Kazuccineは性格悪いし、いつか絶対に傷つけられるよ」
「僕のところに戻っておいでよ。今度は幸せにするからさ」

こんなことをしきりにNaoに言っているらしい。

「今さらこんなこと言われたって迷惑だよ・・・・。今まで散々苦しめておいてさ」
Naoはそう言っている。

暴言ばかりはいて、恋人の気持ちを傷つけたのは誰なんだろう?
人の話を聞かない、人の意思を平気で無視してきたのは誰なんだろう?
浮気しまくっていたのは?
別れを切り出されても、「別にいいよ」ってホッポリ出したのは元彼だ。
今さら戻って来いなんて、ムシがよすぎると思う。

もしかしたら、わたしから元彼に最後通牒をつきつけないといけないかもしれない。

・・・・というわけで、まだまだ修羅場がある可能性はあるのだけど、
今のところNaoとわたしはラブラブカップルだ。
幸せをつかむべく、二人で道を歩んでいきたい。

最後まで読んでくれてありがとうございました。


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彼氏くんとの第四章

雑記
08 /01 2009
さあ、ついにクライマックス。

その前にこちらをご一読下さいませ。
彼氏くんとの第三章

「あ~!もう!チックショー!!」
突然わたしが叫んだため、ケン・・・・もといNaoは驚いた。

「どうしたの?」

「だってさぁ、せっかく彼氏が出来るって思ったのに・・・・。ひどいよ・・・・」

このときのわたしの気持ちを想像して欲しい。
メールをしていて、いい感じになっている人がいて、
その人と彼氏になれるかもしれないと思っていたらですよ・・・・
何とその人には他に彼氏がいる。
しかもその相手が自分の元彼だった。

何という運命のめぐり合わせ。
むしろ裏切られたかのような心境だった。

「嘘だったんだね・・・・。気に入ったって言ったじゃない・・・・手も握ってくれたじゃない・・・・
キスだってしてくれたじゃない・・・・期待してたのに」

消え入りそうな声で呟いた。

「嘘じゃない。本当に気に入ったよ。本当に好きだよ」

「あいつのことが好きなんでしょ?あいつともう関らないで欲しいから来たんでしょ?」

「そんなことない!僕の話を聞いてよ!」

それから彼はわたしとメールをした理由、今日ここまで会いに来た理由について話してくれた。

長年このブログを読んでくれている人なら覚えているかもしれないけど、
わたしが元彼と別れたのは2006年の5月だった。

しかし、実は元彼とNaoは2005年の10月には知り合ってつき合っていたという。
つまりは半年以上、元彼はわたしとNaoと二股かけていたことになる。
正直、わたし自身何となく元彼が浮気しているような気はしていたし、
Naoの方でもあやしく思う気配はあったらしい。

2006年の2月に元彼はわたしの住んでいたところを訪れている。
→詳しくは「愛人遠方より来たる」
この時すでに元彼はNaoと一緒に暮らしていたそうだ。
うそをついてわたしの方まで来たという。
(関係ないけど、わたしすっげー事故起こしてたんだな。懐かしい・・・・とか言ってる場合じゃないか)

後にNaoにも、わたしの存在が発覚したのだが、その時は地元にいた時に
つき合っていた子だと言っていたようだ。
わたしにも、「今つき合っている子がいる」と教えてくれたのだけれど、
それは2007年ごろのことで、かなり長い間隠しとおしていた。
さすがに、つき合っている期間が重複しているというのは、彼にとってもきまりが悪かったのだろう。

わたしから何度もメールが来るので、Naoも不思議に思っていたらしい。
「以前つき合っていた子だけど、すごく性格が悪いし、話もかみ合わない。
多分この子は一生一人だと思う。あまり関らない方がいいよ」
わたしのことはそんな風に聞いていたそうだ。

「本当にそんなに悪い子なんだろうか・・・・?だったら何で5年もつき合っていたんだろう?」
元彼には相当ネガティブな話をされていたようだけれど、あまりに酷い話が
多すぎるので逆に興味を持ってしまったらしい。
「この人は一切悪くなかったのだろうか・・・・?」
そんな風に思うようにもなったそうだ。

元彼とNaoの関係は、つき合いが進展していくにしたがって冷え始めていた。
原因は色々とあるけれど、一つには元彼の性格がある。

暴言が多い。何でも自分の思い通りにしないと気がすまない。
自分の方から決して謝らない。自分の非を一切認めない。
おまけに平気で嘘をつくし、浮気も平気でする。
わたしが知っている限り、わたしと別れてから3人とセックスしている。
その間、Naoという人がいたにも関らずだ。
わたしとつき合っている頃はお酒は一切飲まなかったけれど、
今はほとんどアルコール依存になっているようだ。

酒を飲んで暴言をはかれる度に、Naoは彼との関係に疲れていった。

「どうしていつも酷いことばかり言われるんだろう・・・・?
僕がそんなに悪いのだろうか・・・・?じゃあ、以前つき合っていた、
Kazuccineくんっていう子の場合どうだったんだろう?」

恐らく、Naoとしては藁にもすがる思いで、わたしにメールしたに違いない。
元彼の携帯からわたしのアドレスを探し、メールを送った。
それが彼からきた最初のメールだった。

わたしはわたしで、元彼からNaoのことは聞いていた。
嫉妬深くて、頭が悪くて、セックスも気持ちよくない。
でも顔と体はすごくいい・・・・という感じだ。
Naoの写真を何度か送られたこともある。多分自慢したかったのだろう。

わたしは、嫉妬の感情はなかったものの、元彼の行動には不快感を覚えた。
「こんなメール送っているのを、彼氏くんが知ったらどう思うんだろう?傷つくのはわたしだけで十分なのに・・・・」
つき合っている間は元彼のことは好きだったけれど、彼の性格に何度も傷つけられたから
新しい彼氏のことが心配で仕方なかった。
新しい彼氏のためにも、元彼との関係を断ち切るべきではないかと真剣に悩んで、
職場のKくんに相談したこともある。

・・・・・・そんなわけで、実はわたしとNaoは元彼の共通の被害者でもある。
まあ、被害者っていい方もちょっとどうかと思うけれど、あえてそういいたい。

「どうりでね・・・・O型の男について、妙に話が合うと思ったんだ。O型の男っていうか、あいつのことだもん」
わたしがそう言うと、Naoも苦笑いをする。

メールを始めた当初は、色々と引っかかるところもあったのだけど、
真相がわかるとすべて合点がいくのだ。
素性をごまかすためについていた嘘が、次々に明らかになる。

岡山の人とかいいながら、岡山のことを一切知らないのは関西人だからだ。
いきなり関西の人からメールが来るとおかしいと思われるから、
とりあえず近県の人だと嘘をついたらしい。
大阪に住んでいるなら、車の免許を持っていなくても不便じゃないだろう。
「バスで3時間」も大阪からなら納得のいく時間だ。

顔画像を送るのを渋っていたのも理解できる。
そりゃ、ばれちゃうもんね。笑

元彼の嘘も、Naoの嘘も、すべてが発覚した。
騙されていたのは、わたし。

「あ~あ、また新たに彼氏探さなきゃいけないな・・・・」
わたしが呟くと、Naoは
「何で?僕がいるじゃない?」と言う。

「・・・・?君にはあいつがいるじゃない?っていうか、僕のことは本気じゃないでしょ?」

「本気だよ?僕は本気でKazuのことが好き。つき合いたいと思ってる」

「でも僕は僕だけを大事にしてくれる人とつき合いたいんだよ」

「僕はKazuのこと大事にする。KazuはNaoのこと好き・・・・?」

「・・・・・・・・好き」

わたしはもう、好きという気持ちを止めることが出来なかった。

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和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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