ゲイカップルの可視化

雑記
06 /26 2008
couple


先日お店をゲイカップルが訪れてくれた。

いや、彼らは知り合いでも何でもないし、ゲイかどうかなんてわからないのだけど

わたしは彼らは絶対にゲイカップルだと思う。

だってさ、お会計が済んでから、レジから入り口までお互いの腰を抱き合ってたんだよ。

終始ニコニコと笑顔で、あれは「仲良さそう」じゃない。

「ラブラブ」としか表現できない。

あれでゲイカップルじゃなかったら一体何ものだというのだ!

背の高い坊主くんと、メガネくんカップルに何とも羨望の眼差しをおくってしまった。


多分2人は年のころ二十歳前後だろう。

わたしより若いのは確実だ。

田舎街で、真昼間っから腰を抱き合って歩くとは何とも大胆不敵・・・・とも思えるけど、

その大胆さも若さゆえかもしれない。

ちなみに今年26になるわたしに出来るかというと・・・・ちょっと無理だ。

そんだけ年をとったのか、あるいは臆病になったのか。


さすがに腰を抱き合って歩くような猛者はそうそういないし、

手を繋ぐ男同士や女同士のカップルにお目にかかることは滅多に無い。

それでも「仲のいい友達」以上の何かを感じさせる、男二人連れ、女二人連れを見ることはしょっちゅうだ。

多分にわたしの妄想も入ってるんだろうけど、本当にゲイカップルやビアンカップルは身近にいるってことだ。


そういえば、まだわたしが10代の馬鹿かりし・・・・・いや若かりし頃、

彼氏とデート中に大喧嘩をしたことがある。

ブチ切れた彼が、「帰る!」と言って立ち去ろうとし、

わたしは「待ってよ!」と彼の腕をつかんだ。

彼はわたしの腕を振り払い、「もう終わりだ!さようなら!」と去っていった。

わたしは呆然と立ち尽くしてしまった。


・・・・・これ、ボーイズラブ漫画のワンシーンではないのですよ。

一応街中で、オープンカフェみたいなところの前で、実際にわたしと彼がやらかしてしまった出来事。

カフェでお茶しているノンケカップル数組が、驚きの目で見ていた。

全く・・・・全然ラブラブな状況ではないものの、これがゲイカップルでなかったら

どういう状況なんだよ?ってな有様だ。

彼は人目を非常に気にしていたから、デートの時手を繋いだり近い距離で隣り合うことを

非常に嫌がっていた。

そんな彼がここまで人目を気にせず、感情を露にしていたんだから、相当腹が立っていたに違いない。

こんだけ激しい喧嘩をしたにも関らず、二時間後には仲直りエッチしていたけど。(これも若さゆえ)


それにしても、あの現場を見ていたノンケカップルたちには、さぞかし「衝撃の現場」だったんだろうな。

「今日さー、ホモの痴話げんか見ちゃったよ~」ってな感じで、噂をしていたりして。

考えようによっては、マイノリティの可視化をしたともいえないこともないので、

まんざらあの喧嘩も悪いもんではなかった・・・・・かも。

「見苦しいものを見せただけだ」と言われてしまえばそれまでだが、

ゲイカップルだっていつもラブラブではない。

ノンケカップル同様、喧嘩したりいがみ合ったりもするのだ。

でもノンケカップルが喧嘩しているところをあまり見たことがないので、

やはり大人気ない行動には違いないのだが。
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無神経

雑記
06 /23 2008
「どうしてあんたはこんなに無神経なの!」

そう言われて、ついつい

「人に平気で無神経って言う、あんたの無神経さはどうなんだろうね?」

なんて返してしまったことがある。


無神経・・・・よく考えたらひどい言葉だ。

神経が無い、だよ。

わたしが何を言われても感じないとでも思ったのか?

神経が無い人間だからこそ、何言っても平気だとでも思ったんだろうか?

あんたは自分が傷ついたことしか気付いてない。

自分が人に傷つけた傷はちっとも見えていない。

あんたこそ・・・・神経あるの?


そう思った。

でもここまで口には出さない。

わたしには神経があるから、人の痛みがわかる。

分断の果てに

シリアス
06 /22 2008
カリフォルニアで同性間の結婚が認められたそうだ。

どこが推定したのかわからないけれど、今後3年間で10万組のカップルが

カリフォルニアで式を挙げるっていう試算もあるみたいだ。

80代のおばあちゃんカップルの写真もあったけれど、微笑ましい反面

きっとすごく長きにわたって結婚したいと願ってきたんだろう・・・・、とか

彼女たちと同じ喜びを感じられないまま亡くなっていった多くの

ゲイ、レズビアンカップルを思うと少し切ない気分になる。


ところで、こんな記事もあった。

加州最高裁が同性婚認める マケイン候補に有利?

カリフォルニア州最高裁は15日、同性のカップルに婚姻の権利を認めないのは憲法違反とする判決を下した。判決によって、カリフォルニア州はマサチューセッツ州に続き、全米で同性婚を認める2番目の州となる。

 マサチューセッツ州で2004年に同性婚が合法化された際には、その是非が米国を二分する議論に発展。活発化した反対運動が保守票を掘り起こし、道徳や倫理、社会的価値観が大きな争点となった同年の大統領選で、ブッシュ現大統領の再選の追い風にもなったとされる。

 今回の大統領選で民主党候補の座を争うオバマ、クリントン両氏はいずれも同性愛者の権利保障を提唱しているが、同性婚そのものについては議論が分かれる問題だけに、反対陣営を刺激しないよう、距離を置く姿勢をとってきた。一方、共和党のマケイン候補は同性婚に明確に反対している。

 判決をきっかけに同性婚問題が大統領選の争点として浮上すれば、04年の大統領選と同じ構図が生まれ、結果的にマケイン候補に有利に働くのではとの予測も出ている。



なるほどなあ・・・・そう考えることも出来るわけだ。

わたしは別に米民主党を支持しているわけでも何でもないので、

アメリカの大統領選挙の結果はどうでもいいといえばどうでもいい。

ただ、同性婚の問題のみならず、共和党の主義主張は非常に嫌いだから

出来たら民主党に政権をとって欲しい。


どちらかというと民主党贔屓が多いであろうLGBTにとって、こんだけ喜ばしい

ニュースが舞い込んできたのだから、民主党にとっても追い風になるかと思いきや

かえって逆風にもなりかねないわけだ。不思議といえば不思議だ。


picture

「背徳の結婚がここに行われた」 同性婚反対デモのプラカード


思うんだけど、同性愛にまつわる問題にとどまらず、妊娠中絶や人種差別などといった

アメリカ社会の断絶は、改善するどころかひどくなっていく一方だ。

特に保守派といわれる人たちの力はすさまじい。

頑固じいさんだけではなく、若い人たちの支持までとりつけてるわけだ。

古くさい考えなんてとっととなくなっちまえばいいと思うのに、

滅びることなく受け継がれ、新たな形で復活する。

保守派ってのはモンスター並みの力強さを持っているんだなあ。


これだけ保守派が過激な活動をするのも、同性愛者の権利が認められてきたからだ・・・・ってことはわかる。

ただ、この対立が今後さらに激しくなって、行き着く先はどこなんだろう?

保守派は決して同性愛を認めない。

彼らの考え方を変えるのは、想像以上に難しいはずだ。

単純にどちらかが勝って、どちらかが負けるなどということなどない。

仮に今後同性愛がより受け入れられる時代がきたとしても、

保守派の反発は一層強くなるだけだ。

これは対岸の火事ではなく、近い将来日本でも起こりうる問題だ。


あまりに重たい問題に、頭が痛くなる。

殺し文句をいわないで

雑記
06 /20 2008
ocean


「これから、2人でたくさん思い出作っていきたい」

そう、元彼に言われて感動したのは18歳のとき。

つき合うってそういうことなんだな~と思ったことを覚えている。


この言葉にクラっときちゃうというのは誰にでもあると思う。

いわば「殺し文句」ってやつだ。

「君のためなら死ねる」とか「世界で一番愛している」等

大袈裟な言葉はギャグにしかならないけれど、情熱的で好きな人もいるかもしれない。

恐らく、それぞれに「ツボ」があるんだと思う。

わたしは本当に何気ない一言に弱いのだ。

例えば、すごく素敵な景色を見て、

「きれいだなあ、また一緒に来ようね」なんてかなり「ツボ」だ。

「また一緒に」ということは、きっとこの人は何年たってもわたしの側にいてくれるに違いない。

安心感や頼もしさ、愛情の深さを感じてしまうんだと思う。

「俺がいるから」「俺がいるだろ?」なんて言葉もいいな。

もっというなら、地元の言葉で「俺がおるけん」「俺がおるがな」なんて言われたい。


残念ながらこういう言葉は期待して出てくるものではない。

むしろ期待していない時にボソっと言われると感動的だったりする。

言われる相手にもよるだろうしね。


ちなみに言葉ではないけれど、行動面での「ツボ」もある。

わたしの場合は頭をなでられることだ。

これに関しては以前も書いている。→「こんなとこに弱いんです」

ああ、馬鹿かりし・・・・・じゃない、若かりし頃の記事。

でも今でも頭をなでられるのは好きだ。

残念ながら年とともに頭をなでられる機会なんて減ってきた。

セックスよりも、キスよりも、ハグするよりも、わたしは頭をなでて欲しいのだ!


・・・・というわけで、以前憎からず思っている男に頼んでみた。

「頭とかなでてくれたらよろこんじゃうな~・・・・」


彼はこう答えた。

「はっ?頭が性感帯なの?変わってるね」


・・・・・・・・・ダメだ、こりゃ。


悦びじゃない、喜びなんだよ。

しかし人に頼んでなでてもらってもやはり虚しいだけだ。


幸せを手にするのも、容易なことではない。

R25世代とAround 40世代

雑記
06 /17 2008
「Around 40」通称アラフォーと呼ばれるドラマが人気だそうだ、

読んで字のごとく、40前後の女性たちを描いたドラマで

天海祐希や松下由樹が出演している。

キャリアウーマンから主婦まで、登場人物のキャラクターは様々だ。

ちなみにわたしは見ていない。

面白そうなドラマなんだけど、知ったのがついこの間で

なおかつドラマは初回から見たい方なのでついつい見ないでいるのだ。

「ラストフレンズ」もそうだけど、DVDレンタルを待つしかない。

ちなみに、40歳といえば今まで非常に遠い存在というか、はるかな未来のような感覚だった。

でもよく考えたら、あと13~15年でわたしもアラフォー世代の仲間入りだ。

13年前といえばわたしは中学一年生。

その間の時間の経過を考えたら、必ずしもはるか遠い未来ではない。

それに年をとればとるほど時間ははやく過ぎるというし、気がついたら40になっていることだろう。

現在のアラフォー世代、つまりは60年代末から70年代の頭ぐらいに生まれた世代の人たちだが

バブル世代とか、数年前の「負け犬ブーム」の世代とも重なる。

が、個人的には違う意味で気になる世代だ。

というのが、彼ら彼女らがちょうど今のわたしと同じぐらいの時期に、日本でゲイリブがブームになったから。

90年代前半、マスコミでも盛んにゲイ特集がくまれたし、

新しいゲイ雑誌が刊行されたり、ゲイパレードが始まったり、何かと新しい動きが多かった時期だ。

ちなみに小学生だったわたしが「ゲイ」という言葉を知ったのもこの時期。

「カミングアウト」「パートナーシップ」ここらへんの問題が浮上した、多分最初の世代じゃないのかな~と思う。

実際影響を強く受けたのはもう少し下の世代の人たちかもしれないが、

若いうちにゲイリブの洗礼を受けという点で興味深い。

実際のとこ、この世代のゲイの大半はクローゼットだと思うが、

まあそれは今の若いゲイも同じことだ。(わたしも完全にオープンではない)

ただ、70年代~80年代はゲイ雑誌「薔薇族」にも、女性との偽装結婚を推奨するような記事もあったみたいだし、

多分ゲイがゲイとして生きていくなど思いもよらない時代だったんじゃないかな。

カムアウトなんて発想すらなかったかもしれない。

リアルタイムで知らないことなので、憶測でしかものをいえないのだが。

偏見や誤解、嘲笑や侮蔑は今の時代にもあるけど、20年前に比べたらだいぶ薄らいではきているんじゃないかな。

トランスの人たちに関しては法律面でもかなりの改善がなされた。(不充分すぎるものであるとはいえ)

何だかんだで、少しずつ生きやすい環境にはなってきている……と思う。(むしろ願いたい)

自分がアラフォー世代になった時、ゲイやレズビアン、トランスの人たちをとりまく環境はどう変化しているのだろうか。

近くて遠い未来が、明るいものになっていることを願う。

梅雨よりもジメジメと

雑記
06 /14 2008
「どうしたんだよ?」

・・・・何でもない。

「何でもなくないだろ?そんな顔して」

・・・・うーん、いいんだ。

「よくないよ。話してごらん」

・・・・今は一人で考えたいから。

「一人で抱え込んじゃダメだ。俺相談に乗るよ」

・・・・あまり人に話したくないの。

「話せばスッキリするよ」

・・・・しないと思う。

「強情だなあ。あ、恋だろ?間違いないな」

・・・・思いっきり間違ってるけど。

「嘘つくなって、お前のことはよくわかってるんだから」

・・・・本当に違うんだけど。

「じゃあ、何?それ以外でお前が悩むことなんてあるの??

・・・・・・・・・・

・・・・・

「あのさあ、俺の話を聞けよ。俺なんかなあ・・・・・以前好きになった子が・・・・・」

・・・・・・・・

・・・・・・

・・・・




いい加減鬱陶しいって気づけよ。


今最大の悩みは、とんちんかんで無神経な詮索をするバカ男がしつこいことです。



あー、毒づいちゃった。

1982年生まれ

シリアス
06 /13 2008
また同世代か・・・・。

そう思った。


秋葉原の無差別殺傷事件の加藤容疑者のことだ。

彼は25歳。わたしと同い年。


1997年。

神戸で14歳の少年が次々と子供たちを殺し、傷つけ逮捕された。

彼はわたしと同い年だった。


2000年。

17歳の少年がバスジャックをして、人を殺した。

同じ頃、人を殺す経験がしてみたかったと言って17歳の少年が逮捕された。

そのとき、わたしも17歳だった。


昭和57年生まれ。

あまりにショッキングな事件を起こす人たちが集中している。

偶然なのか、理由あってのことなのか。

当たり前だけど、こんな理由なき殺人を犯すやつらに共感することなど出来ない。

一体どうしたら、こんなに命の重みがわからない人になってしまうんだろう。

ひたすら疑問に思う。


格差社会。

派遣社員。

オタク。

加藤容疑者には、今の若者たちにとって非常に身近な背景がある。

でもそれが本当に事件の引き金になったのか、考えてみる必要はあると思う。


今はわからないことが多すぎる。

亡くなった方たちの冥福を祈りたい。

永遠の発展途上

雑記
06 /11 2008
よく「自分は永遠の○○歳」という人がいるけど、

そういう人はよほど「○○歳」の時が充実していたんだろうなって思う。

わたしにはその「○○歳」がない。


よく言われるが「永遠の18歳」だけれど、わたしは18歳の頃の自分に

戻りたいとは思わないし、永遠にあんなバカでいたいとは思わない。

そりゃ、10代の頃はパワーもあったし、何もかも新鮮だったけれど

無知ゆえにたくさん人を傷つけ、恥もたくさんかいた。

そのくせ自分は賢いとか思ってたから性質が悪い。

永遠に10代なんてまっぴらだ。


じゃあ、「永遠の20歳」ぐらいだったらいいのかというとそうでもないな。

20歳の頃は色んなことに挑戦して、燃えていた時期だ。

燃えたけど・・・・・そのぶん力尽きたのかだらけ始めた時期でもある。

この時期には少しだけ戻りたい・・・・。

でもやり直したいっていう感情かもしれない。

やはり永遠の20歳というのも少し微妙だ。


じゃあ、永遠の23歳・・・・・あたりならいいのか?

微妙だぞ~。かなり微妙だぞ。

ちなみに22歳の頃からこのブログを書き始めたので、23歳頃の思考は

このブログの過去ログに残っているのだけど、

それを読む限り、23歳頃のわたしはまだまだ幼稚で視野が狭い。

たった2年前なのにこんなにお馬鹿さんだったのかと思う。


じゃあ、現在の永遠の25歳だったらいいかというと・・・・。

うーん、そうでもないな。

日々失敗ばかりで自分の未熟さに気付いてばっかりだ。

永遠にこれじゃあ、生きてるのがかなしくなってくるよ。


というわけで、「永遠の○○歳」を気取るにはあまりに発展途上過ぎる。

30歳ぐらいになったら、「永遠の30歳」を自称できるかもしれない。

※これはbiancaさんのパクりではないので悪しからず。

でも30歳になってもまだまだこの調子が続きそうで怖いのだけど。


わたしは、いわば「永遠の発展途上」なんだと思う。

ハード飴ちゃん

マドンナ
06 /08 2008
今さらながらハードキャンディの輸入版を購入しました。

HC


一見DVDのようでいて、CDアルバムなのです。

開けてみると・・・・

HC2


ゴージャスなブックレット登場。

HC3


本命のCDが、そしてその奥にはさらに


飴ちゃん


ハードキャンディなだけに飴ちゃん登場!!

さすがマドンナ!!アイデア賞もののナイス特典。

そういえば名作「Like A Prayer」では、ジャケットに匂いをつけて発売したことで話題になりました。

しかし飴を特典にするとは。


ところが・・・・

MIC


この飴ちゃん中国製なのよね・・・・・。

今のご時世に・・・・いや今のご時世だからこそ?

別にわたしはチャイナフリーというわけではないのですが。


普通は食べずに飾っておくものですが、わたしは食べます。

味は・・・・ナイショです。

カムアウト物語

雑記
06 /07 2008
「ザ・マーガレット2008年3月号」におもしろい漫画が載っていた。

佐藤ざくりというひとの「はつ恋」という読みきり漫画だ。

ちなみに「Otona Pink」という漫画の番外編らしい。


大学に入りたての男の子二人と、一人の女の子の奇妙な三角関係を描いた物語で、

男の子の一人はゲイという設定なのだ。

一人の男の子をめぐって、女の子とゲイが三角関係になるっていうのは少女漫画によくある設定だろう。

まあ、現実世界ではありえないお話で、多くのゲイにとっては失笑モノな作品かもしれない。

ゲイの男の子は田舎から出てきて、大学ではカムアウトしている。

サークルでも平然と自分はゲイだと公言しているんだが、サークルの先輩たち(特に男)から

からかいや嘲笑的な発言をされる。

それに対して、ゲイの男の子も笑いで答えている。

そんな彼に対し、ノンケの主人公はこう言った。

「ああいうの、笑いにするのやめろよ」


・・・・何ともはや、これはKazuccineの物語かと一瞬思ってしまったほど。

デジャヴみたいなものを感じてしまった。

別に女の子やノンケ男と三角関係におちいったなどということはないのだが、

カムアウトやそれに対する周囲の反応は似たようなものだったから。

わたし自身、自分がゲイであることをネタにしていたし、からかいには笑いで応酬していた。


わざとらしくオネエ言葉を使うこともあった。

「俺のケツは狙わんといてくれよ~」と言われれば、「優しくしてあげますから、きれいにしといて下さいね~」と

鼻にかかった声で答え、「キモイわ~」と言ってその場にいた人たちが笑う・・・・。こんなこともあったっけな。

内心「誰が貴様に欲情するか!!男も女も抱けんチンカス野郎めが!」と思ってたけどね。

セックスに関することを執拗に訊かれたり、あれやこれや下世話な質問を投げかけられたりもした。

それらには全て笑顔で答えていたけれど。


わたしの勘なんだけれど、恐らくゲイがカムアウトするためには、周囲のこういう反応は

ある程度覚悟しなきゃいけないと思う。

下世話で酷いことを言われたり、小馬鹿にされるような反応は絶対にあるはずだ。

特にノンケ男からはね。

場面によっては、哀しいかな笑いにするしかないんじゃないだろうか。

いいか悪いかは別にして、そうしないと生きていけないってのも事実だから。

笑いものにされてると思うと癪に障るが、そこは「笑わせてやってる」ぐらいの気持ちで

どーんと構えるしかないと思う。

大体、ゲイを笑いものにするような下世話な人間は他の人に対しても

ろくなことを言わないものだ。

そういうやつは陰で確実に嫌われている。

「あんなん言われて平気なん?嫌なら嫌ってはっきり言い」

と、言ってくれる人はわたしにもいたのである。

哀しいかなカッコいいノンケ男じゃなくて女の子だったけどね。(「何が哀しいかな、やねん!!」って怒られそう。苦笑)

確かにカムアウトすることは辛いことが伴うけれど、じゃあしない方がいいかといえばそんなことはない。

傷つくことを言われるのも事実だが、それをおかしいと思ってくれる人も周りには必ずいる。

カムアウトしなかったら、学生時代の素敵な友人にも絶対に出会えなかった・・・・・というか

いい関係は絶対に築けなかったと思う。

大学という開放的な環境だから出来たことかもしれないけれど、自分の人生には

すごく意味のあることだったと思う。


ただ、やはり何でもかんでも笑いのネタにしていたことは、間違っていたんじゃないか・・・・

最近ではそういうふうにも考えている。

わたしを笑い者にしてた人たちには、やはり腹に据えかねるものがあったのだ。

鬱憤を晴らすべく・・・・かどうか知らんが、後に彼らの悪口を言いふらしてしまい

それが彼らにも発覚して険悪な関係になった。

大人気なくて、よくない行動をとってしまったと反省している。

案外「ホモ野郎の性格は最低だ」っていう印象を与えてしまったかもしれない。

フランクに、ストレートに、嫌なことは嫌だって伝えていた方がよっぽど良かったと思う。

ある程度笑いに変えるしたたかさも必要。これも事実。


もし今カムアウトを考えている人がいたら、こうアドバイスするかな。

「ある程度は笑いに変えるしたたかさも必要。でも卑屈になったり、人間としての尊厳を捨てることはしちゃいけない」と。

あとは、「調子に乗って下ネタばかり言わない。のろけも度が過ぎると引かれる」ということだろうか。


カムアウトに関して考えることは人それぞれ。

ただ、わたしは本当にカムアウトしてよかったと思う。

エイズ検査④

雑記
06 /06 2008
検査結果がわかるまで二週間という長い時間がかかることで、

わたしはまた少し不安になってしまった。

検査を受けるという一つの壁はブチ破ったものの、検査結果を聞きに行くという

新たな壁がわたしの前に現れたのだ。

最初の壁に比べればはるかに低い壁だった。

それでも、いつも逃げ腰なわたしとしてはすごく不安だったのだ。

「直前になって逃げたりせんよなあ・・・・」


「何があったって、Life goes onなんだからさ」

友達の一人がわたしにかけてくれた言葉。

そう、結果がどうあれもうすでに起こってしまっていることなのだ。

あれこれ悩んだって、人生は続いていく。

腹をくくろう。

どーんとかまよう。


そんな気持ちを書いたのが、5月16日の記事「男Kazuccine、腹をくくる」

腹を決めてしまえば、びっくりするぐらい落ち着いていられる。

検査を受けに行く前より、びっくりするぐらい心が穏やかだった。


5月27日。ついにその日が来た。

ついに検査結果を聞きに行く日。

さすがに直前になるとドキドキしてきた。

保健所の駐車場まで来ると、自分の心臓の音がドクドクと聴こえる。

それでも引き換えしたりしようとは思わなかった。


受付を済ませると、小さい部屋に通された。

「何だか警察の取調室みたいだ」

のん気にこんなことを考えていたのは、落ち着いていたからか現実逃避からくるものか。


待つこと5分少々。

ノックをする音が聞こえる。

初老の女性が入ってきた。

「さぞかし不安だったでしょう。ここに検査結果が書いてあります」

女性は封筒からいくつか書類を出した。

「おめでとう。全部陰性よ」

エイズ、クラミジア、梅毒、肝炎。

用紙に書かれているのは、どれもこれも陰性だった。


とっさに言葉が出なかった。

よかった!と大号泣する人もいるらしい。

うれしくて飛び上がる人もいるらしい。

うれしいとか、安心したとか、そういった感情はあまりなく、

「そうか、陰性だったのか」と何だか他人事のような気がしていた。

感情がまるで真っ白。

もしかしたら、陽性だった場合を考えて無意識のうちにそういう精神状態にしていたのかも。


駐車場に向いつつ、まだ喜ぶという気分にはなれず放心していた。

陰性だったのにも関らず・・・・自分でも不思議だった。

「たまたま運が良かっただけじゃないのか」

そう思っていた。実際そうだったんだろう。

初対面の男に生で中出しさせて、よくぞ安全だったと思う。

同じようにした人で、哀しいかな感染してしまった人がたくさんいることだろう。

彼らの運命はわたしの運命だったのかもしれない。

だから、ただ単純に結果を喜んでいいものではないのだ。


検査結果を友達にメールする。

「全部陰性だったよ。心配かけて悪かったね。ありがとう」

すぐに返信が来た。

「よかったね。新たな人生の始まりだよ」

新しい人生か・・・・。始まりか・・・・。

エイズや性感染症が陰性だったことで、何か新しい人生が始まったとは思わない。

でも、始めなきゃいけないんだと思う。

自分を大事にする人生。

大切な人を大事にする人生。

そのために、今までのやり方ではよくない部分もあると思う。

考えるべきこともたくさんある。


新しい人生は課題だらけだ。

でももう、二度と幼く無知な自分には戻るまい・・・・そう思っている。

エイズ検査③

雑記
06 /03 2008
漠然とエイズ検査を受けようと思い立ち、電話をしたものの

どうやら色んな種類の検査があるようだ。

エイズだけなら迅速検査といってその日のうちに検査結果がわかるものが

あるらしいのだけど、わたしは他の感染症にかんしても調べて欲しかったので

結果が出るまでに二週間かかるコースにした。

エイズ以外にも梅毒やクラミジア、肝炎なども調べてもらえることが出来る。

無料でしてもらえるなら、より多くの感染症に関して調べてもらった方がいい。

でも二週間は少し長いな・・・・蛇の生殺しだ・・・・そう感じてしまったのも事実だ。

ちなみに自治体によって色々異なるようで、わたしと同じ内容の検査をしても

その日のうちに結果が出るところもあるらしい。


思い立ったのが4月の下旬。

本当はすぐにでも検査を受けたかったけれど、ゴールデンウィークの関係で

5月13日までずれ込んだ。

「何だかなあ・・・・また逃げちゃいそう。それどころか忘れちゃいそうだ」。

ここで逃げたら、またいつまでも逃げつづけるようになる。

そう思ったので自分を逃げれないように追い込むことが必要だと思った。

友達何人かにメールした。


「5月13日にエイズ検査を受けることにしたよ。わたしにとってはすごい決心なの。

でも弱い自分に負けてしまいそうです。もしよかったら、わたしが勇気を出せるように祈って」


メールが返ってこない人もいた。

あとで聞いたらショックでどう返していいのかわからなかったそうだ。

エイズ検査はまだまだカジュアルなものではない。


「よっしゃ、がんばれ。12日の夜にでもメールするわ」

「大丈夫だよ。受けておいでな」

友達の返信に励まされた。そして、こんなに応援されてる以上、逃げちゃダメだって思えた。

嫌らしい言い方をすれば、友達を利用したことになる。

でも、そうしないと自分から逃げてしまいそうで怖かったのだ。


5月13日。

検査日が来た。

緊張して眠れなくなるかと思いきや、案外ぐっすりと眠ってしまった。

わたしって案外神経図太いのかな?

検査の時間は14時。

仕事は休みをとっていた。

昼食後に保健所へ行く。ここまではよかった。

しかし保健所の駐車場まで来て、急にがたがたと震えがきた。


「今なら引き返せるよ」


自分の中の弱い自分がささやきかけてくるようだった。


どうする?Kazuccine?あんたの人生これで終わっちゃうのかもよ?

治療費出せるの?親には何ていうの?友達も去っていくかもしれないよ?

知らぬが仏かもしれないよ?


ウジウジと悩み続けてきたこと。

こんなの忘れてたのに・・・・。何で今さらこみ上げてくるんだろう。


「逃げるな!」

自分に言い聞かせて。保健所の中へ入っていった。

受付で申し込みを済ませ待合室で待つことになった。

わたしを含めて3人の男女がそこにいた。

若いお兄さん、中年の派手なお姉さん。

3人とも、目を合わせることは出来なかった。みんな不安そうな顔をしていた。


怖かった。

エイズにかかっていることが怖い。

友達に見放されることが怖い。

両親が悲しむのが怖い。


でも、もっと怖いのは・・・・

感染しているとわかった時、わたしがどうなってしまうのか。

自分を大事に出来なくなるのではないか。

大切な人を大事に出来なくなるのではないか。

これから出会う人を大事に出来なくなるのではないか・・・・。

そうなっちゃうことが怖かった。


友達にメールした。

「ねえ、すごく怖いよ。検査の結果次第でわたしは自分も周りの人も大事に出来ない

自暴自棄のロクデナシになるかもしれません。

陽性だったら、わたしの人生変わっちゃうよ」


すぐに返信がきた。

「あたしはあんた大事にするわよ。何も変わらないわ。ずっと悪友よ。笑」


涙が出てきた。

わたしはこの人だけは大事に出来る。変わらないでつき合うことが出来る。

わたしは何も変わらない。何があっても負けない。

彼女同様に、きっとみんなを大事に出来る。今までよりも、もっと大事に出来る。


わたしの番号が呼ばれた。

検査室に入る。

涙ぐんでいたわたしは、少し不信に見えただろうか。

予想に反して、検査はあっけなく終わった。

注射器に何本か血液を取られ、書類に記入し、結果を聞きに来る日を決める。


5月27日。

ちょうど2週間後にわたしは結果を聞きに来ることになる。

エイズ検査②

雑記
06 /03 2008
受けなきゃいけない、でも怖い。

いつもこのループ。

悩んで悩んで、いつしか忘れてしまう。

それの繰り返しだった。

いや、忘れてしまったことにして逃げていただけなんだけれど。


そんなわたしに心境の変化が訪れたのは今年の4月。

ついに決心した。検査を受けようと。。

突然思い立ったのは何故かわからないけど、マドンナの新曲「4 minutes」を聴いていたからかも・・・・・。

歌詞の中に「No hesitate(ためらっていてはダメよ)」という言葉があるように、

全体的に「勇気をもって前へ踏み出しなさい」という内容だから、何度も聴いているうちに

一種の洗脳みたいな感じになってしまったのかもしれない。

「If I die tonight, at least I can say I did what I wanted to.Tell me how about you?」
(もし今夜僕が死んでも、やりたいことはやったって、それだけは言える。君はどう?教えてよ)


人生はあっという間。何が起こるかわからない。

今出来ることは、今しなくちゃいけない。

歌詞に後押しされるように、腹をくくることにした。

ちなみに、もしかしたら歌詞以上にマドンナの姿勢に感化されたのかも。

今年50歳の彼女だが、新アルバムではまた新しい音に挑戦している。

大ヒットした前作のテクノハウス路線で、新しいアルバムを出すことも出来たのに

一転してブラック音楽を取り入れているのだ。

マドンナは挑戦しつづけてきた人だ。50歳の彼女が躊躇することなく前に踏み出しているのに

25歳のわたしが躊躇しているなんて、かっこ悪いぞ。

マドンナに後押しされた形となって、わたしは検査を受けることにしたのだ。


そういえば、マドンナ自身80年代にエイズパニックが起こったときは

検査を受けるのを嫌がったという。

当時の夫ショーン・ペンに一緒に検査に行こうと言われても、断固拒否したらしい。

そうこうしているうちに、エイズでゲイの友人たちが続々と死んでいった。

親しい友達がどんどん死んでいく中、彼女はどういう心境だったんだろう。

その後、エイズ撲滅運動に熱心になっていったのはよく知られている。

「怖いのはあなただけじゃないわ」

マドンナはそんなメッセージをわたしに語りかけてくれているようだった。


・・・・それにしてもこんな個人的なネタにまでマドンナが絡むとは・・・・。

生粋の信者という他ない。苦笑


保健所に電話して、検査日の予約を入れた。

5月13日が検査日。

ついにわたしは一歩を踏み出した。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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