さくらの季節

雑記
03 /31 2008
昨日帰宅途中のカーラジオで、タレントの誰かが言っていた言葉。

「お花見の時期って、あたたかい感じがするけど、実はけっこう寒いよね。

 それに飲むものはビールばっかりだし、軽く拷問だよな」

なるほど、そういえばそうだなあと思った。

うちの地方はまだつぼみだけれど、もう開花してる地域もあるし

この週末にお花見してきたっていう人たちもたくさんいるみたい。

いずれにせよ、4月初旬あたりではまだまだ寒い。

寒い時期に外で酒を飲むなんていう風習、よく考えたら辛い行事だ。

奈良時代には「花見」といえば梅の花だったというから、

ほとんどがまん大会みたいなものだったんだろう。

案外屋内から庭の梅の木をながめるような行事だったのかも。

平安時代から桜の花が注目されるようになり、鎌倉時代には

「花」といえば桜の花をさすようになったらしい。


時期的にいうなら、つつじとか牡丹の花の時期の方が屋外で

飲んだり食べたりするのにはいいような気もするけど、

やはり1000年前から日本人に愛されてきた桜の季節の方が

お花見には相応しいのかもしれない。

そもそも「花見」に宴会がくっついているのも変な話だけれど、

古代の貴族も花を愛でつつ、お酒を飲んだり歌を詠んだりしていたから

日本の伝統文化の一つと考えられる。

でも、現代は宴会の方がメインになってるようだが・・・・気のせい?


まあ、わたしはお酒も花も大好きなので、花見宴会は否定しないけど、

夜桜なんかはせめてもっとしんみりと見たいなって思う。

好きな人と、缶ビールで乾杯しつつしんみりと夜桜を見たい。

残念ながら今年もその夢は叶わぬようだけど。

来年の桜の時期は彼氏いたらいいな。
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おしゃれをするは、誰にあり?

雑記
03 /29 2008
あげは


毎回すごいなあ、と目を奪われてしまうのがこの雑誌「小悪魔ageha」

くやしいけど、隣に椎名桔平や成宮寛貴が表紙の雑誌が置いてあっても

わたしはこの雑誌に目がいってしまう自信がある。

何といってもすさまじい目力!

ツタンカーメンもびっくりなアイメイクに驚嘆するほかない。

髪型もナチュラルなんて言葉とは程遠い、「ゆるふわ」なんて何のその!とでも

いいたげなすさまじいくるくるカールのロングヘア。

喩えていうなら、「ベルサイユのばら」と「王家の紋章」のコラボレーションだ。


ところで、これはキャバクラ嬢向けのファッション雑誌らしい。

いまだかつてキャバクラなんてものに行ったことはないのだけど、この派手さは

水商売のお姉さんの派手さとはちょっと違う気がする。

店に来るお客さんの中には水商売のお姉さんとおぼしき人もいるけど、

もうちょっと普通な感じな人が多い。

どっちかっていうと、学生の女の子向けの雑誌っていう気がする。

ノンケ男子の気持ちはよくわからないが、こういう派手派手しい女の子にお酒を注がれたら、

鼻の下をのばす前にびっくりしてしまう人が多いんじゃないか。


おじさんや、少なくともわたしと同年代ぐらいの男の子はあまりこういうギャルっぽい

女の子たちのことを好きじゃない人が多い。

でも二十歳ぐらいの男の子がこの雑誌の表紙を見て、「お~可愛いじゃないですか」と

言っていたのを聞いたことがあるので、それぐらいの年頃の子には好かれるのかもしれない。

一方で「篤姫」の宮崎あおいちゃんや長澤まさみちゃんのように、化粧っけのない

大人しい感じの子も人気なようなので、案外若者の好みは二極化してるのかな?と思った。


ただ、何となくこの雑誌を憎めないというか、好きになってしまうのは

建前上は「キャバクラ嬢向け=男にモテる女」をスローガンにしているからかも。

「今時男に媚びる女なんて!」って思う人もいるかもしれないけど、

単に好きな性の人から好かれる格好をするんだから、おかしいことではない。

ビアンならビアンにモテる格好、ゲイならゲイにモテる格好。

モテるための格好するのは、別に悪いことじゃないと思う。

ただ、ファッションってモテるかモテないかより、自分の好きな格好をしたいっていう

人もいるから、モテよりもそっちを優先したい人はそっちを優先してもいい。

自分に自信をつけるためにかっこつける。

これも自然な衝動だと思う。


わたしがどうも好きになれないのが、「友達に好かれるファッション、メイク」を

テーマにしているような女の子向けの雑誌だ。

何となく、男に媚びるより不自然な気がして考えるところがある。

友達にまでわざわざ好かれるよう努力しなきゃいけないんだろうか・・・・?と思う。

「あんた何よその格好~」

「どんな格好しようとわたしの勝手じゃない」

ぐらい言ってる方が、友達らしい気がするのだ。


まあ、ファッションって好きな服を好きなように着ればいいと思っているが、

もちろん人の目を気にしないといけないものでもある。

異性の目を気にすることも、同性の目を気にすることも、それぞれ必要だと思う。

でも本来だったら心を許せる相手の前で、おしゃれにまで気を使わなきゃいけない

ってのも、何だか窮屈そうだなあ・・・・。


まあ、何にせよ人のおしゃれについてあれこれ言うことの方が不粋というもの。

その人がしたいようにするのが一番なんだろうけどね。

ミュージシャン・マドンナ

マドンナ
03 /28 2008
hardCandy


マドンナのファンをやってて、多少困る点がある。

それは、

「マドンナってどんな音楽やってる人?」っていう質問を

マドンナをよく知らない人にされた時のことだ。

基本的に、マドンナにとって音楽は表現活動の中心であるとはいえ、

「ミュージシャン」としてのマドンナは彼女のほんの一部分だ。

ファンを魅了しているのは、音楽を含めた色んな表現活動なので

「ミュージシャンとしてのマドンナ」について訊かれると、意外に答えにくい。


ビヨンセならR&Bとかヒップホップ系といえるだろうし、アブリルならロック系と即答できる。

まあ、別に「ポップス」って答えればいいだけの話なんだけれど

80年代みたいにポップスがポップスとして成り立っていた時代ならまだしも

今の時代だとどうも「ポップス」という言葉にピンとこない。

それに彼女だって80年代の「ポップス」をそのままやってるわけでもない。

まあ、実際のとこビヨンセもアブリルも「R&B風ポップス」であったり

「ガールズロック風ポップス」なんだろう。

セリーヌやマライアだって同じようなもんだが、マドンナの場合特に「ジャンル」を特定しにくい。


色んなジャンルの音楽にとにかくチャレンジしまくってきたからだろう。

90年代以降はテクノやエレクトロニカよりな音楽をやってきたけれど、

来月に出る新作「Hard Candy」ではヒップホップな楽曲が中心だ。

近年の彼女としてはかなり大幅な路線変更だといえるけど、

長いキャリアの中で何度かブラックミュージックを取り入れたこともあるので、

あまりびっくりするようなチャレンジではない。

ジャスティン・ティンバーレイクとのデュエットで話題になっている、

リードシングルの「4 minutes」も聴いてみた感じ悪くないので、ヒットも狙えると思う。

今までのヨーロッパよりの音楽から、今回はアメリカを意識した作品にしたかったのだろう。


基本的には同じスタイルにこだわるのを嫌う人なので、新しいアルバムが

出る前から次のアルバムでどんな音楽をやるのかを予想したりするのも、

マドンナのファンをやっていておもしろいことの一つだ。

そして、どんな音楽に挑戦しても「マドンナの音楽」にしてしまうのも彼女の才能だろう。

「マドンナの音楽はマドンナの音楽です」

が究極の回答なんだろうけど、これじゃあ答えにならんだろうねえ。

「まあ、聴いてみてよ」と答えるのが一番かもしれない。


ハード・キャンディーハード・キャンディー
(2008/04/30)
マドンナ

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花粉症と恐怖体験

雑記
03 /26 2008
最近、身近な人たちが続々と花粉症にかかっている。

ピークの時期は過ぎたとはいっても、赤い目をして鼻をズルズルさせている

姿は見ていて心底辛そうだ。

わたし自身は小さい頃からアトピーを患っていたし、アレルギー性の疾患はなれっこだ。

薬さえ飲んでいればそんなに深刻な症状は出てこないし、良くも悪くも生活の一部になっている。


ただ、本当に風邪一つひいたことがないような人が、いきなり花粉症になると相当戸惑うみたいだ。

「ステロイドは飲みたくないから」とか「医者に行くのはちょっと」とか言って

あやしげな民間療法みたいなのにこる人もいる。

ああいうのは否定しないんだけれど、お金がひどくかかる上に効果もよくわからない

民間療法によく手が出せるなあ・・・・という気がしないでもない。

まあわたしも、というかわたしの両親なのだけど、以前はそういう民間療法めいたものに

片っ端から手を出していたから人のことはいえないのだが。


ところで最近では普通の医院やクリニックでも、民間療法めいたものを取り入れているところがあるようだ。

漢方薬を処方してくれる程度なら、今ではどこの病院でもやってることなんだけれど

鍼灸やあんま、それどころか気功までやったりしているので驚かされる。

実は以前そんなクリニックにかかったことがあるのだ。

もともと当時過喚起発作に苦しんでいたこともあって、心療内科みたいなところを

探していたのだけれど、ネットで検索して一番近くにある医院がそこだった。

見た感じはわりと普通の病院だったが、

「当医院では、“気”を用いた治療をしていますので、“気”の妨げになる携帯電話などの

電子機器は電源をお切り下さい」

と受付に書いてあったのにまず驚いたことを覚えている。

とにかく心療内科なんてものは初めてだったし、こんなものかなあ・・・・と思いつつ診察室へ入った。


診察してくれたお医者さんは特に変てこな人でもなく、お医者さんってこんなもんかな・・・・という感じだった。

でも診察がけっこう特殊。

いわゆる通常のカウンセリングみたいな感じではなかった。

診察を受けているというよりは、哲学者や宗教家の話を聞いているようだった。

ただ、そういう人にありがちな小難しい話で丸め込もう・・・・っていう感じではなかったので

そんなに不快感はなかった。ちょっと面食らったけれど、徐々に慣れていった。

仕事を始めたばかりで、上手くいかず、気分的にひどく落ち込んでいた時だったが、

少しずつ気持ちも軽くなっていった。

ちょうどアトピーが腕や首に出ていた時だったのだけれど、

「アトピーもね、心の病気なんです。大丈夫治してあげるから」

なんてことを言われると、本当に治るような気がしてくる。


診察の最後にお灸を据えてもらった。

あまり熱いお灸ではなかった、というより熱さがまるでなかった。

これ本当に効くの・・・・?と不審に思いながらも・・・・

お灸をすえてもらったあと、びっくりするぐらい気分が軽くなった。

何というか、変にウキウキした気分になってしまった。

今考えると、意味もなく楽しい気分になるって変な気もするんだけど、

すっかり楽になったその時のわたしにはそんなことはどうでもよかった。


・・・・まあ、ここまではそんなに悪い話ではないと思う。

一風変わった診療ではあったものの、気分が軽くなったんだから結果オーライ・・・・

・・・・でも、恐くなるのはこの後。

診察のあと、処方箋をもって薬局に薬をもらいに行った。

その薬局では、最初に処方する患者さんに住所や名前を記入してもらうカードが

あったので、それに記入していたのだが・・・・。


何と、自分の名前が出てこない。

住所もまったく出てこない。


最初は思い出せなくて困った。そして段々恐くなってきた。

とりあえず思いついた名前を書いてみた。

それは父の名前。

「違う、これはお父さんの名前」

名前を消して、違う名前を書いてみる。

今度は兄の名前。もう一度消す。

従兄弟の名前、友達の名前、書いては消すの作業を繰り返した。

何分間かそれをやっているうちに、やっとこさ思い出すことが出来た。


名前は何とかなったけれど、困ったのは住所や電話番号だ。

全く思い出せない。

それでも必死に思い出して、何とかカードに記入した。

実はその住所は4年も前に住んでいたマンションの住所で、電話番号も

3年前に解約した携帯の番号だったけれど。


軽い気分になったのも束の間。

今度は恐くてたまらなくなった。


一体何が起こったんだろう・・・・?記憶喪失?頭をうったわけでもないのに?


色々考えつつも、次第にそれどころではなくなった。

マンションへの帰り道を忘れてしまったからだ。


幸いその日のうちに記憶を取り戻して、家に帰ることは出来た。

後にも先にも記憶喪失になったのはあの時だけ。

もちろん、風変わりな診療と記憶喪失に因果関係があるかはわからない。

その後に一度診察してもらったけれど、その時は記憶喪失は起きなかった。

ただ、びっくりするような治療をされたあとで、いきなり記憶喪失になったのだから

どうしても不審な気分にならざるを得ない。

「その最後にされたお灸の中に、大麻か何か入ってたんじゃない?」

この話をした友人に言われた言葉だ。

たしかに、熱くもないお灸をされた途端に気分がよくなったのも変な話だと思う。


幸い今は過喚起の発作もないし、何より引っ越してしまったから

その医院と関る機会はない。

多分もう二度と行かないだろう。

しかし、あのまま治療を続けていたらどうなったのかな?

そんなことを考えると少しまた背筋が寒くなる。

会いたい

雑記
03 /24 2008
「本当は今すぐにでも会いたいですよ」

重いかなー?下心見透かされるかな?これぐらいならいいかな?

色々考えながらメールを送ってみた。

まるで中学生の恋愛だ。こんなことでいちいち悩んでどうする?

そんな自分についつい苦笑してしまう。


どうなんだろう?本当に好きなのかな?人恋しいだけじゃないの?

そんな自問自答をして、ちょっと虚しい気分になる。

でも会いたいっていう気持ちは嘘じゃない。


「俺も今すぐにでも会いたいよ」

こんな返信がきた。

やはりうれしい。

旅立ちの季節

雑記
03 /21 2008
「すいません。会員カードの住所変更をしたいんですけど」

そう言ってきた若い男の子のお客さん。

どうやらこの4月から大学に入学するということで、こちらの方に引っ越してきたようだ。

一足早く、知らない土地で一人暮らしをスタートさせて、きっとドキドキだろう。


書類の生年月日を見れば、平成元年生まれだった。

そうか~平成元年生まれがもう大学生なんだ。

と、そんな感慨に浸りつつ、思い出したのは3年前に副担任をしていた

高校の生徒たちのことだった。

ちょうど彼らは平成元年生まれ。

住所変更をしに来た男の子と同い年だ。

彼らもこの3月に高校を卒業したわけだ。

時々、当時の同僚の先生と連絡を取ることもあるし、スポーツなどの活動で

新聞記事になることもあるので、生徒たちの近況について知ることも出来る。

うれしい話もあれば、あまりうれしくない話もある。


大人しい子、騒がしい子、荒れている子、色んな子たちがいた。

結局脱落してしまった子も大勢いた。

哀しいと思う反面、義務教育ではない高校で、とにかく生徒を引きとめようと

している一部の先生方に疑問を感じていた。それは今でも感じている。

中退した子たちのその後はわからないけれど、自分なりの幸せを見つけていてくれれば、本当にうれしい。

もちろん、がんばって3年間通い続けた子たちには、今後胸を張って生きていって欲しい。

もうあの子たちの「先生」ではないし、あの子たちも「生徒」ではない。

それでも、少しだけでも人生に関ることが出来たことをうれしく思う。

タイヤ交換と恋愛妄想

雑記
03 /17 2008
日ごとにあたたかくなり、春本番とまではいえないものの

冬はすっかり過ぎ去ってしまったようだ。

日本海側だからよけいにかもしれないけれど、この時期は黄砂がすごい。

車があっという間に泥んこになってしまう。

春の陽気と、黄砂のかすみで、気分も少しどんよりしてしまう今日この頃だ。


昨日、やっとこさ車のタイヤ交換をした。

非常にまれではあるけど、3月に大雪が降ることがあるのでとりあえず

様子を見ていたのだけれど、外を歩けばじんわりと汗ばむぐらいの陽気に

「こりゃ絶対雪降らんな・・・・」と思い、ついに換えることにしたわけだ。

と、いいつつ今まで面倒だったというのが本心だったりするのだけど。

タイヤ交換作業で汗びっしょりになったので、作業のあとでシャワーを浴びた。


ふいに思ったのが、

「彼氏とかいたらこういう作業も2人でするのかな~」とか、そういうこと。

別に一人でやればいいんだけど、わたしの性格として

「しょっちゅう乗せてあげてんだから、こういう時ぐらい手伝いなさいよ」とか言って

手伝わせそうな気がする。

終わった後はいっしょにシャワー浴びて、お互いの体を洗いっこして

終わったら夕方までベッドの中でイチャイチャ・・・・


と、恋愛妄想だかエロ妄想だかわからない妄想を繰り広げてしまったが

こういう休日の過ごし方がわたしの理想だったりする。

つまりは何気ない日常を共有することなんだけれど、これ意外に難しいのよね。

「つき合う」と一言でいっても、それぞれが思うつき合い方は千差万別だ。

ほとんどエッチの相手みたいなつき合い方でいい人もいれば、

デートを楽しめばいいっていう人もいる。

あるいは、お互いの健康管理までするようなディープなつき合いがいいという人もいるだろう。

ここらへんがかみ合っていれば末永くつき合えるが、かみ合ってないと

すれ違いが生じて、どちらかが去ってしまう。

まあ、完全に2人の気持ちが一緒なんてありえないから、そこらへん少しぐらい

すれ違いがあるのも仕方ないか。


それにしても春だからね~。

いい出会いあるといいなあ。

妄想ばっかりじゃなく、地に足のついた恋愛をしたい今日この頃であった。




エロいけど、何だかほのぼのとあたたかくなる動画

キョウヨウのある人

雑記
03 /15 2008
小さい頃読んだ本で、「ルドルフとイッパイアッテナ」というのがある。

話の内容はよく覚えていないのだけど、二匹の猫ルドルフとイッパイアッテナのお話だ。

ちなみに「イッパイアッテナ」というのは、「俺の名前はいっぱいあってな・・・・」と

言ったのをルドルフが「イッパイアッテナ」という名前だと勘違いしたからだ。

ちなみにこのイッパイアッテナは文字が読めるすごい猫で、本人いわく「キョウヨウのある猫」だそうだ。

ルドルフもこのイッパイアッテナから文字を習うのだけど、文字を覚えたルドルフは

得意になって文字が読めない友達の猫に自慢する。

「ねえねえ、何て書いてあるんだい?」と訊く友達をバカにして

「○○はバカ」等ひどい悪口を地面に書いて、そんなことが書かれているとは知らない

友達はさらにルドルフに「ねえねえ、何て書いてあるの?教えてよ」と訊く。

そんなルドルフにイッパイアッテナはこう言う。

「お前なあ、そういうのは一番キョウヨウのないやつがすることだぞ」と。


他のシーンや話の筋書きは全く覚えていないのだけれど、このシーンだけは強く覚えている。

読んだのは10歳ぐらいの時だったけれど、今でも記憶は鮮明だ。

子ども向けのお話にしては、ちょっときついお話にも思えるけど、なるほどなあ・・・・と思った。

当時はいまいちピンとこなかったけれど、大人になってボンヤリと思うのは

ただ知識のある人と教養のある人って全く違うものだってこと。

っていうのが、たしかにこの人物事をよく知っているけれど、話していると

ただ単に知識をひけらかして楽しんでいるんだよなあ~、

わたしと会話を楽しむ気持ちなんてこの人には皆無だよな~ってな人とたまに出くわすからだ。

もしかしたらわたしをバカだと思ってなめてかかっているのかもしれない。

他の人に対して同じようなことをしているとは限らないけど、少なくともわたしからしたら

ただの「物知りなバカ」としかうつらなかった。

言い方悪いけど、こういう人って始末悪いよな・・・・とも思った。


そういえば学生時代の知人で、豊富な知識を使ってゲイを否定し

「君は間違っているんだよ」と延々と諭してきた人がいたっけ。

わたしも知っている限りの知識を使って反論したが、所詮理屈にはかないません。

「もういいよ!」わたしはたまらず叫んだ。

彼は確かに頭もよくて勉強家だった。

しかし、人を否定する為に延々と知識を使うとは・・・・何とも哀しい。


ものを知るのは大切。知識が豊富なら、豊富であるに越したことはない。

問題はその知識の使い方じゃないかな。

10ある知識を、10そのまま垂れ流すよりは、そのうちの1つをわかりやすく

解説することが出来る人の方が100倍魅力的だと思う。


恐らく、イッパイアッテナからしたらルドルフは酷くカッコ悪く見えたことだろう。

そして、自分が余計な知識を授けたがために、ルドルフにそんなことを

させてしまった自分を恥じているに違いない。

中途半端な知識は人を傷つけるだけだ。

だからこそ、ものをよく知ると同時に考えられる人間になりたい。

「キョウヨウ」のある心優しい魅力的な人が理想だ。

今だからいえる失敗談

雑記
03 /13 2008
まず最初にことわっておくが、これから書く内容に関してわたしは恥じている。

恥じているし、反省もしているので決して呆れないで欲しい。

少なくとも5年以上前のことなので、今さら責めることだけはしないで欲しい。

それをふまえて続きを読んで下さい。

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あの日のこと覚えてる?

雑記
03 /12 2008
教習所

通勤する道すがらに、教習車が走っていることが多い。

どうやら路上教習のコースになっているようだ。

今ではすっかり車社会の一員になってしまったわたしではあるけれど、

3年前までは免許持っていなかったんだよなあ。

ちょうど教習所に毎日通っている最中だったんじゃないだろうか。

実はこのブログを始めた当初も通っていて、2005年の8月にやっとこさ免許取得している。

当時は列車通勤だった。

何だか遠い昔のことのようだけれど、まだたったの3年前のこと。

免許証の緑の線が、青くなったのもついこの間だ。(有効期限のところのやつね)

まだまだベテランドライバーとはいえません。


そもそも教習所に通い出したのが大学卒業まぎわだったので、他の人より遅い。

実際一緒に受けていた子たちも、18歳~20歳ぐらいだったので

当時はちょっと気恥ずかしい気がしていた。

みんな昭和60年代生まれなのに、わたしだけ昭和50年代というのもいやだった。

でも、意外に年齢高い人もたくさんいた。

20代後半とおぼしきお兄さんお姉さんもいれば、おじさんおばさんもいる。

そういえば母方の祖母も50越えてから免許を取ったらしい。

そういう人の姿を見ると、すごく勇気付けられた。

わずかな年齢差にこだわってる場合じゃないよな~と、そんなことにこだわっている

自分の方がむしろ恥ずかしくなってしまった。


恐らくその後、みんな無事免許は取れただろうし、車を買った人が多いと思う。

地方に住んでいる以上車があった方が便利だし、学生さんならともかく

社会人になってから教習所に通って免許をとるっていうのは、必要にかられて

とる場合が多いんじゃないかな。

中にはわたしのように事故を起こしてしまった人もいるだろうし、違反繰り返して

免停になった人なんかもいることだろう。

それぞれ楽しいカーライフをおくってくれれば何よりだ。


春になり、そろそろタイヤをスタッドレスからかえないといけない。

そんなことを思いながら、ふとかつての「クラスメイト」たちのことが気になった。

プレゼンター

雑記
03 /10 2008
boy


もうじきホワイトデー。

今年は職場のお姉さんにチョコをもらったので、やはりお返しをしないといけない。

当然だが義理チョコなので、お返しもお菓子が妥当だと思う。

クッキーかなあ、キャンディーかなあ、と迷いつつ贈り物を考えるのは楽しい。


そういや男にプレゼントなんて、最近あげてないなあ。

女友達には誕生日なんかにあげているが・・・・。

男同士のプレゼント交換ってのもけっこう難しくて、お互いに何をあげていいのか

悩むカップルも多いんじゃないかなあ?と思う。

前つき合っていた男には洋服なんかをプレゼントしていたけど、

今思うと自分の趣味を押し付けているみたいで、あまり感じのいい行為ではない。

彼からは電子レンジで暖めるタイプの湯たんぽをもらったことがある。

ところが何と加熱時間を間違えて爆発させてしまった。

ちなみにもらったのはキャラクターものの湯たんぽで、わたしはキャラクターものが

そんなに好きではなかった。

冷え性のわたしを気遣ってくれたプレゼントはありがたかったが、

ちょっと「・・・・」だったことも事実だ。

だからといって、決してわざと爆発させたわけではない、その後も

自分なりに修理して何とかつかっていた。


わたしも彼も、自分で欲しいものは自分で買ってしまうタイプだったし

それぞれ趣味が違う2人だったので、双方大満足なプレゼントっていうのはなかったんじゃないかな。

でも、相手が色々考えてくれるプレゼントはやはりうれしかった。

多少ピントがずれたプレゼントでも、プレゼントに込められた思いがうれしい。


ちなみにわたしと別れた後に、けっこう男遊びを楽しんでしまった元彼。

とうとうこの間病気にかかってしまった。

死にいたるような病ではなかったものの、やはり行動には気をつけて欲しいものだ。


・・・・というわけで、今度会った時はコンドームでも贈るとしよう。

でもこれって、もう一度わたしとして!っていうメッセージに捉えられそうな気もするが・・・・

ニュースに思う

シリアス
03 /09 2008
アメリカの大統領選の民主党候補争いが激化の一途をたどっている。

今のところクリントンが劣勢、オバマ優勢みたいだけれど、

どちらもネガティブキャンペーンに終始しているようだ。

民主党内の指名争いでこんなに白熱しちゃって、共和党の話題が全く

出てこないが、この流れでいくと民主党大統領が誕生するのかなあ。

日本にいるとアメリカ国内のことはダイレクトには関ってこないけれど、

ブッシュのことが非常に嫌いだったので、民主党に政権をとってほしい。

ついでにいうなら、マドンナも民主党支持だしね。


それにしても、同じ党の内部でこんなネガティブキャンペーンばっかりやってて

果たして民主党内部で深刻な分裂が起きたりしないのだろうか?っていう疑問がわきあがる。

日本みたいに自民党の派閥争いで新しい党が出来たりする状況とは

全然違うんだろうけど、お互いがお互いをけなしあうような激しい戦いをする意味があるのかな?

争うのが大好きな国民性なのかな?なんてついつい思っちゃうのだけれど。


ついでにいうなら、クリントンもオバマも何とも魅力がない。

ゴアVSブッシュの時は、明らかにゴアの方が魅力的にうつった。

ブッシュが勝利した時は非常に驚いた。

よっぽどブッシュの掲げた政策が、アメリカの国民には受けたんだろう。

まあ外から見た感覚と、国内から見たそれとでは全く違うんだろうけどね。


今回は初の黒人大統領か、初の女性大統領か、みたいなところに注目が集まっているけど、

いずれにせよ大事なのはその中身だと思う。

黒人の大統領が誕生したからといって、人種差別が緩和されるわけではない。

女性の大統領が誕生しても、女性に優しい政治が行われるわけでもないと思う。

むしろマイノリティを取り込もうといういやらしい作戦にしか思えないこともある。


同じように、わたしはゲイだからといって、それだけの理由でLGBTの政治家に

投票しようとは思わない。

前回の参議院選挙では、どうしても尾辻かな子さんを支持し切れなかった。

がんばって欲しいなあ・・・・とは思っていたけど、政策面ではあまり惹かれなかった。

今後も立候補されるようだが、その時はもしかしたら賛同できるかもしれない。

賛同できたら、彼女に投票することもありうるだろう。


アメリカでも、日本でも、とにかく「みんなが住みやすい社会」を目指してくれる人に

政治に関って欲しいと思う。

ガラにもなく政治的なお話をしてみました。

ちょっとした壁

雑記
03 /07 2008
先日の後輩くんとのヒトコマ。


実は、彼は自分がゲイということを両親にカムアウトしている。

というより、発覚してしまった。

なぜ発覚してしまったかというと、ゲイDVDを発見されてしまったからだ。

彼がまたいたいけな(?)19歳の春のことだった。

お父さんは徐々に受け入れてくれているらしいが、お母さんには

「わたしはあなたの子どもが抱ける日が来ることを信じてるのよ」

なんてことを今でも仰っているらしい。

これは非常に痛々しい言葉だ。

お母さんだって悪気があって言っているわけではない。だからこそ子どもには辛い。

どんな表情をされていたんだろう?

うちの母は、同じシチュエーションでどんな顔をするんだろう?

想像すると重々しい気分になってくる。

それがカムアウトに対する大きな壁になってしまう。


もう一つ、カムアウトに対する大きな壁が一つ発覚した。

受け入れてくれたお父さんではあるが、やはりエイズや性感染症のことが気になったらしく、

男とセックスしてもいいけれど、コンドームだけは絶対使ってくれ、と諭したそうだ。

その時、彼はついうっかり

「大丈夫だよ。いつもつけてもらってるから」と返答してしまったそうだ。

それを聞いて、お父さんは

「ああ、お前掘られる方なのね・・・・」とつぶやいたという。


「うーん・・・・お父さんショックだったのかな・・・・?」とわたしが言うと

「どうもそうだったみたい。何か苦笑いしてた」

息子がゲイということを受け入れることが出来ても、どうやらネコってことを

受け入れるのはまたちょっと違うようだ。

友達とかだったら、「Kazuccineってどっち?」ってなことを訊かれても

そんなに苦痛ではないが、家族に訊かれるのは辛いものがある。

いや、訊かないのかもしれないけど、どっかで

「どんな風にセックスしてるのかな・・・・?」っていう疑問はもつだろう。

友達にはセックスに関することでも、あっけらかんと話しちゃう方だが家族だとそこは気恥ずかしい。

ささいなことだが、ちょっとした大きな壁だ。



バイキング


男2人でもりもりバイキング。すごくおいしいでした。

ピアスに思うこと

雑記
03 /04 2008
ピアス

久しぶりにピアスを買った。

レトロなデザインがかわいらしくて、安いし即決。

以前は毎日のようにつけていたのに、ここ数年すっかり遠ざかっている。

時々いれると、ちくっとして痛い。


右耳に一つだけつけたピアスはゲイの証だ。

なーんて、一体いつの時代の話だよ?って感じだけど、

あえて古くさい記号を身につけてみるのも、なかなか乙だと思う。

当時つき合っていた男はこういうのを非常に嫌がった。


「何でゲイだってわざわざ宣伝するようなことせないかんがよ」

彼はカムアウトに関しても消極的だったし、そもそもゲイの存在はクローゼットでよいと考えている。

こういう考え方のゲイは、彼に限らずいる。

それが間違いだとは言わないし、それで満足出来るならそういう生き方でもいい。

ただ、わたしはひどくコソコソした生き方っていう気がして好きじゃないのだ。

今だって職場の人や家族にカムアウトしたわけでもなく、コソコソと生きている

わけなんだけれど、何だかすごぉく嫌な感じがして仕方がない。

学生時代の友達とのつき合いみたいに、あっけらかんと腹をわって話すことが出来ないんだもん。


ましてや、カムアウトすることすらしないで

「日本には同性愛差別なんて存在しない。だからリブは必要ない」

とか言ってる人の話を聞くと、さらに「違うだろ?」って気がする。

あからさまに言うことではない、として隠さなきゃいけないことなのか?

悪いことだとか、異常なこととして捉えられていないなら、なぜカムアウト出来ないのか。

「差別なんかない」じゃなくて、「差別から逃げてる」だけだと思う。

欧米やイスラム圏とは違った、非常に目に見えにくい形で「差別」はあるんだと思う。


まあ、パートナーシップの話をすると

「そもそも一対一のつき合いがゲイに合わないんだよ。」

なんてことも言われたりして、単純には語れないんだけどね・・・・。

恋愛やセックスは人それぞれだし、どういう生き方をするかもその人の自由。

だけど、ゲイということで自分らしく生きることを阻まれたとしたら、そこに壁があるとしたら

それは差別だし、その壁はぶち壊すべきじゃないかな・・・・って思う。


と、まあ色々やりきれない思いを抱えつつ、コソコソと生きるのが嫌いなわたしは

同性愛者としての記号を身につけるべくピアスホールを開けた。

ただの自己満足にすぎないといえばそれまでだけど、自分に出来る

精一杯の自己表現だ・・・・と思ってる。


ちなみに、もしかしたら不謹慎な喩えかもしれないが、日本における同性愛者の権利問題は

妊娠中絶の問題とよく似ているような気がする。

中絶天国といわれている日本だが、実際はいまだに刑法で堕胎の罪は存在している。

いわば黙認されているわけだが、法律では禁じられているのだ。

「中絶の権利」という問題も、「同性愛者の権利」同様に日本ではあまり話題になることはない。

たしかにアメリカのように「中絶反対」を声高に叫ぶ人もいなければ、

中絶を行う医師や女性に対する脅迫や妨害もない。

しかし、法律の上ではまったく守られていない。

それどころか、かわいそうな多くの妊婦さんが犯罪者になる可能性すらあるわけだ。

本来なら、刑法や母体保護法の改正をめぐって活発な議論が行われてしかるべきだと思う。


「問題がない」と「問題が目に見えない」というのは似て非なるもの。

いまのところ黙認されているからいい、コソコソ生きていけばいい、

こういった目に見えない問題に対してそういう考え方をする人もいるだろう。

でもそれは目を背けているだけだ。


わたしはそういうのが嫌。

だから、あえてわたしは自分自身を表面化させる。

性指向という目に見えないものを、目に見えるものにしたい。

後輩くん

雑記
03 /02 2008
地元のゲイ友達とランチしてきた。

彼はよっつ年下なのだけど、近々地元を離れる予定だ。

お互い下心抜きで遊べるゲイ友達が少ないわたしとしては、非常にありがたい存在だったが、

そのぶん非常に惜しいし、やはり淋しいというのが本音だ。

実は彼はわたしと高校が同じ、つまりは後輩にあたる。

わたしが教育実習をしたときに三年生に在籍していた。

覚えてる?と訊いてみたところ、覚えていないらしい。

そんなもんだよね。

ホームルームを受け持ったクラスの子たちですら、覚えていてくれるかどうか。

ちなみに、わたしの出身高校は地元ではゲイが多いと言われている‥‥らしい。

でもピンとこないんだよなあ。

地元で何人か会った中で、同じ高校の人なんてほとんどいない。

あ、そういや高校時代のクラスメイトに一人いたっけ。。。

「○○高校にはゲイが多い」

っていう噂は、大学時代過ごした街にもあった。

多分日本中の街で、そこに住むゲイの間で語り継がれているんだろう。

ただ、大抵の場合私立のおぼっちゃん男子校だったり、男ばかりの工業高校に多いとされている。

わたしの出身高校は、女子の比率が圧倒的に多い平凡な普通科公立高校だ。

むしろ女子校に近い雰囲気があったので、ビアンの人の方が多かったのではないかな。

実際手を繋いでいる女の子たちを見かける機会は幾度となくあった。

そもそも男子自体マイノリティの学校で、さらにマイノリティのゲイが多いなんてありえない気がする。

どうしてもなよっとした男の子が多いので、そういう噂もたちやすいのだろう。


ただ、一つおもしろい伝説がある。

わたしが入学する数年前の話だが、

ブラジルから日系人の男の子が交換留学みたいなので、来たことがあったらしい。

その彼にはいつもべったりと、女の子みたいな男の子がひっついていたそうだ。

かなりハンサムな留学生くんだったらしいけど、いつもその男の子がそばにいたので

女子生徒は近づけなかったという。(交換留学としてはもったいない気がするなあ)

そんな仲睦まじい二人だったが、当然別れのときはやってくる。

交換留学の期間が終わり、全校朝礼のとき挨拶することになった。

「短い期間でしたがありがとうございました。この学校で過ごした期間は‥‥」

彼が話し出すと、突然

「お願い!帰らないでっ!」

と涙声で叫ぶ生徒が一人‥‥。

それはいつも留学生にくっついていた男子生徒だった。

留学生のために涙を流した男子生徒は彼だけだったという。

この話はわたしの在学当時からまことしやかに噂されており、

意外に本当かも‥‥という気もする。

ちょっとよく出来すぎた話にも思えるけど。

留学生が帰ってから、その男子生徒はどう過ごしていたんだろう。

素敵な出会いに恵まれていることを願うばかりだ。


ちなみに一緒にランチをした後輩くんは、彼氏と別れたばかりであった。

新天地にむかう彼にも素敵な出会いがありますように。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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