2月29日

雑記
02 /29 2008
今日は2月29日。4年に一度の日だ。

つまり2月29日にブログが書けるのは、今年を逃したら4年後になってしまう。

と、いうわけで何が何でもブログ書かなきゃ!と思い書くことにした。


・・・・なーんて思ったのは、実はmixiのマイミクさんが同じようなことを日記に書いていたから。

2月29日が4年に一度ということぐらいわかっていたけれど、それがブログとはリンクしなかった。

一つのイベントごととして考えたら、4年に一度の日に何か書き残しておくのも悪くない。

2012年にまでこのブログが存続しているかどうかはわからないけれど、その時に

「4年前は―」なんて振り返るいい材料になるかもしれない。


・・・・と、いう長々とした前置きは置いておいて、過去の2月29日に

わたしがどう過ごしていたか振り返ってみようと思う。

といっても、当時はブログなんてなかったし、日記をつけていたわけでもないので

その年の2月~3月頃を振り返ってみるぐらいしか出来ないのだけど。


まずは2004年の2月29日。

大学3年生の終わりごろだった。学校は春休みに入っていたけれど、

多分教育実習の事前指導とかで学校には通っていたと思う。

教育実習を3ヵ月後にひかえて、初めて受ける教員採用試験のために

一生懸命・・・・じゃなくて、ぼちぼち・・・・と勉強し始めていた頃だ。

公務員試験の勉強、教採の勉強、就職活動・・・・。

まわりのみんなも一生懸命、自分の進路のためにがんばっていた。

それまでの学生生活はパラダイスだった。

思いっきり遊んで、みんなでワイワイやって、それが永遠に続くと思っていたのに

だんだんと終わりが見えてきて、どこか不安で淋しかった。


続いて2000年2月29日。

何と20世紀最後の年!そして何とKazuccineはまだ高校生だった!

ちょうどこないだの「禁断の写真」ぐらいの頃だ。

その後生まれて初めてパーマをかけて、それが失敗してソバージュみたいになっていた頃・・・・だと思う。

とにかく、ひどく考えなしの高校生活をおくっていたけれど

「一年後には受験だぞ!」と先生方に言われて、びくびくした時期だったような気がする。

それでも模試の志望校には「横浜国立大」とか「千葉大」とか平気で記入していた。

ようは都会に出たかっただけなんだけど・・・・身の程知らずでお馬鹿ちゃんだったな。

すごく好きな男の子が出来たのもこの頃だった。

ま、その話はまたいずれ・・・・。


1996年2月29日。

記憶を遡って書けるのはここらへんが精一杯。

中学一年生の終わりごろ。

今までブログに書いたことはないのだけれど、わたしはいじめられていた時期がある。

この頃がちょうどそれ。

いじめといっても、主に言葉によるものだったからそんな深刻ではないのかもしれない。

でも学校はひどく苦痛に満ちた空間だった。

クラスでも、部活でも、心休まる時はなかった。

それでもがむしゃらに学校に行こうとがんばっていたのは、

周囲に騒がれるのが嫌だったのと変なプライドの高さからだったんだろう。

ある意味精神的に一番強い時期だったのかも。

いじめの話も、またおいおい書いていこうかな・・・・と思う。

4月からは楽しいクラスに入れたので、わたしの暗黒時代は終わった。


4年ごとに振り返ってみたけど、状況はおもしろいぐらい変化している。

次の2月29日、わたしは何を思っているんでしょうね。
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めがねっこララバイ

雑記
02 /28 2008
めがね


何だか視力が落ちているような気がする。

めがねをしていても、見えにくいな~って思うことが時々あるし、

目が疲れやすくなった。

乱視もいっそう進んだみたいで、ものの輪郭がブレて見えることが多くなった。

今のめがねを作ってからかれこれ3年経つし、そろそろかえどきなのかなあ。

これを機会にコンタクトにしようとも思うけれど、不器用でいい加減な自分に

使いこなせるかどうか不安だ。


でもコンタクトには憧れる。

便利そうだし、ラーメンを食べても曇らないのもいい。

多分、キスするときも邪魔にならないだろう。

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恋人に求めるひとつの条件

雑記
02 /25 2008
アルバイトで近所の中1の男の子の家庭教師をしている。

こないだ英語の勉強を見ているときに、何の話でそうなったのかは

わからないけど「肩こり」の話になった。

「君は肩なんかこったことないでしょ?」と言うと、

「いえ、今こってます」という返事があった。

彼はわたしが勉強を見ているほかにも塾に通っているし、

全教科90点以上取っている秀才くんなのだが、やはり勉強疲れもあるんだろうな。


わたしが初めて肩こりに悩まされたのは大学受験のとき。

クラスメイトの大半も肩こりに苦しんでいた。

その頃通っていた美容室では、ヘアカットのあとにマッサージもしてくれたんだけど、

美容師さん曰く「こりゃ尋常じゃなくこってますね」というぐらいこっていた。


肩こりというのは不思議なもので、こらないひとはいっこうにこらない。

元彼がそうだった。

肩こりがひどすぎて、「頼むから揉んで・・・・」とわたしが懇願しても

「面倒くさいなあ。がまん出来ないの?」と言うばかりだった。

がまん出来るんやったら、お前なんぞに頼むかーー!!と激怒しつつも、

苦しみに耐え切れず「何でも言うこときくから揉んでください・・・・」と泣きついたりしていた。

ひどい肩こりの苦しみは、経験した人間でないとわからない。

頭痛や吐き気がするほど苦しい・・・・なんて言っても信じてくれない人もいる。

でも本当にひどくなるとそれぐらい辛いのだ。


今は肩こりと腰痛のダブルパンチ。かなり辛い。

「どんな人とつき合いたい?」と今問われれば、迷わずこう答える。

「マッサージの上手い人」。

間違っているけど、間違ってない

雑記
02 /22 2008
友人(♀)が誕生日だったので、ちょっとしたプレゼントを包んで送った。

気に入ってくれるかなあ?と思いつつ、「プレゼントどうだった?」と

メールしてみたら「仕事が忙しくてまだ受け取ってないのよ」と返事がきた。

オイオイ、と思いつつもがんばって仕事してるんだな・・・・と思うと少しうれしい。

彼女も昨年、わたしと同時期に退職や再就職を経験している。


彼女は今の会社に入る前に、数日だけ別の会社に入っていたのだけど

3日ぐらいで辞めてしまった。

どうやら社長と大喧嘩してきたらしい。

当時仕事がなかったわたしとしては、「もう少し踏ん張ってみても」って思ったが

彼女の「まだ3日だけど、まだ3日だからそ激しい違和感が疑問だったの」

という言葉に納得してしまった。

「ダメかも」と思ってさっさと諦めること、「ダメかもしれない」と思いながら

必死で踏みとどまること、どちらも大事だとは思う。

問題はその「ダメ」がどの程度なのかを見極めることだろう。

やって無駄になる努力やがんばりなんてものはないと思うけれど、

しなくてもいい努力、間違った努力ってのもあるはずだ。

幸いわたしも彼女も、今では好きな仕事を出来ている。

でも、仕事をしていない時は本当に辛かった。

何が間違っていたんだろう・・・・色々考えて苦しんでいた。

「間違ってるんだろうけどさ、でも間違ってないのよ」

彼女が自分自身にむけて言った言葉だ。でもわたしの心にもいたく響いた。

何が間違いか、何が正しいか、間違ったものを本当に間違ったものにしてしまうか、

それを決めるのは結局一人一人なんだろうな、と思う。

心がけ次第で、人生は素晴らしいものにも、どうしようのないものにもなりうる。

何ごとも心のもちようがすべてだ。

5万ヒットありがとう

雑記
02 /21 2008
カウンターを見たら、いつの間にか5万ヒットいっていました。

細々と続けてきたブログですが、ここまでやってこれたのもみなさんのおかげです。

ありがとうございます。


考えてみればFC2ブログに越してきてからすでに一年半が経過しており、

以前のMSNブログ時代を越える期間、「ため息の理由」を続けています。

MSN時代は一日20~30ぐらいのアクセスしかなかったのですが、

FC2にうつってきてからは多い日には200、少ない日でも50はアクセスがあるので

それだけ多くの方に見ていただいているんだな~と思うとうれしいですね。

一応一年間お世話になったブログサービスですが、MSN Spaces(現Windows Live Spaces)

ありゃ本当に使いにくかった・・・・。

どんなブログサービスも一長一短だと思うんですが、MSNの場合本当にいいとこないんですよね。

当時リンクしていたMSNブログユーザーさんの大半が更新を停止されているか

引越しされているのを見ると、「ありゃ本当にダメだったんだな・・・・」と思わざるを得ない。

引越しを決意したのは勝手にURLを変えられてしまい、「ユーザーを何だと思ってるんだ!!」

と激怒したのがきっかけでした。

まあ、無料で使わせてもらって何言ってるんだい・・・・と言われればそれまでですけどね。


わたしがブログを開設した2005年はブログブームで、誰でもかれでもブログ作ってる

感じでしたが、最近は少し落ち着いてきたのかな?っていう気がします。

学生時代の友達なんかでもブログ持ってる人が何人かいましたが、

けっこうやめちゃった人も多いんですよね。

mixiも以前ほどホットな存在ではなくなったけど、相変わらず利用してる人はたくさんいます。

コミュニケーションの一形態として定着したといえるんじゃないかな。

わたしはといえばmixiもブログも楽しく更新していますが、やはり本音が書けるのはブログです。

mixiはわりと「がんばって」書いちゃってる部分もあるんですよね。

辛い時に「辛い」と書けるのがこのブログだとしたら、「辛いけどがんばるぞ」って

書いちゃうのがmixiというか。

そのせいか、このブログのイメージが「暗い」と言われたこともあります。苦笑

なので、このブログを読んでいる方がわたしに実際に会ったら、意外に能天気な

キャラなのでびっくりされる可能性もあるかなあ。


これからも赤裸々に、陰気に更新していくかもしれませんが、

末永くご贔屓に願います。

そういえば以前「5万ヒットの暁には脱ぐぞ!」等の宣言をしていましたが、

それは10万ヒットまで待って下さい。(いや誰も見たくないだろ)

書くという作業

雑記
02 /19 2008
ブログを書いてると、書いてる途中でバカらしくなって

消してしまった記事がいくつかある。

今日書いてた記事もそれだ。

2~3行に一度は必ず「愛されたい」だの「好きになって欲しい」だの

そんな言葉ばっかり出てくる。

読み返してみたらこっ恥ずかしく、自分が恐ろしくバカな人間に思えてきた。

かっこ悪いから消しちゃった。

情けない記事、アップしなくてよかったよ。



でもね・・・・実はかなり本心なのです。

ロマン輝く古代

雑記
02 /17 2008
昨日の「世界ふしぎ発見」では古代エジプトと非常にかかわりの深い

ヌビア(今のスーダン)についてやっていた。

わたしは小さい頃から古代エジプトやオリエントが大好きだった。

きっかけはもちろん「王家の紋章」

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(2007/07/13)
細川 智栄子

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ここらへんが非常にゲイっぽいというか・・・・。

男の子なら「インディージョーンズ」と答えるべきなんだろうけど。苦笑

「ガラスの仮面」に関してはゲイのバイブルなんて言う人もいるぐらい、

なぜかゲイには少女マンガ好きな人がけっこう多い。

話が合うのは楽しいんだけど、自分のあまりのゲイっぽさに哀しくなることも時々ある。


「ヌビア」っていうと、コミックスには12巻ぐらいに入っていた番外編エピソード1みたいな

やつにちょこって出てきたな~と思い出す。

物語のヒーローであるメンフィスの義理の母がそこから嫁いできたな~ぐらいの記憶しかない。

メンフィスの父と結婚して王妃になるんだけど、けっこう恐ろしい女で

夫を殺して、17歳のメンフィスをたらしこもうとしている役柄だった。

最後は死んでしまうんだけどね。


「世界ふしぎ発見」によれば、古代ヌビアはエジプトの重要な奴隷供給源で、

いわば属国みたいな扱いだったらしいんだけど、エジプト本体が弱体化してくると

逆にエジプトに攻め入って統治して、アッシリアやバビロニアの侵攻からエジプトを守ったという。

紀元前8世紀ぐらいの頃のことだそうだ。

現在のスーダンにも、規模は小さいもののピラミッドの遺跡が残されている。

大半はヌビアのエジプト統治の頃に作られたものだ。

ヌビアの人たちはエジプトの文明に非常に憧れていたので、同じものをヌビアの

地にも作ろうと思ったのだそうだ。


最近ではピラミッド=ファラオの墓、っていう定説にもかなり疑問視する声が高まってて、

なぜ作られたのか色んな説が飛び交っているけど、実は紀元前8世紀にはすでに

ピラミッドが作られた理由はわからなくなっていたという。

当時のエジプトで「あれはお墓だったのでは?」という風に言われていたので、

それを聞いたヌビアの王たちはお墓としてピラミッドを建てた。

まあ、ギザの大ピラミッドが建てられてから1700年も時が経過してたのだから

当時の人にとってもピラミッドは「古代遺跡」だったと思う。


「古代エジプト」っていうとピラミッドの時代からクレオパトラの時代まで、

全部一括りにしてしまいがちだが、クレオパトラの時代からすれば

ピラミッドが作られたのは2500年も昔になる。

案外カエサルやアントニウスと一緒に観光して

「昔の人はどうしてこんなもの作ったのかしらね?」

なんてことを言っていたのかもしれないなあ。

想像すると少し愉快な気持ちになる。


歴史の教科書では数ページで終わってしまう「古代」なんだけど、

長さでいうと近現代よりはるかに長い。

人類の歴史の長さでいえば、自分の歴史なんて一瞬だなあ・・・・と思いつつ、

そんな一人一人の歴史の積み重ねが人類全体の、長い長い歴史を

形作っているんだなあ・・・・なんてことを感じた。

バレンタイン、メイキング・ラヴ

雑記
02 /14 2008
以前ピーコがテレビで

「ゲイっていうとさ、朝から晩までお布団の中に入ってる人たちみたいに

思われているけど、決してそうではなく・・・・」

みたいなことを言っていた。わたしはそれを寝床で横になりながら聞きつつ、

「朝から晩までお布団・・・・いいじゃないの・・・・」と思ってしまった。


まあ、ピーコが言いたかったのは、ゲイの恋愛だってセックスだけじゃない、

精神的なつながりもあるし、異性愛と同じなんですよってことなんだと思う。

でも朝から晩まで一つの布団の中に入って、ずーっといちゃいちゃしてるなんて

すごく幸せなカップルに見えるんだよな。

性欲だけでつながっているカップルでは決してないと思う。

男の性欲なんて大体射精したら終わりだし、そしたら急激に相手のことが億劫になってしまうもの。

つまり、朝から晩まで一つの布団に入ってるってのは、単純にセックスだけじゃなくて

お互いの体を愛し合い、慈しみ合っている、すごーく愛情のあふれた行為に思える。


会って即ホテルへGo、セックスして、ハイさようなら~って方が

よっぽど性欲だけのカップルって気がするんだけどな。

デートなんて、その間に食事やショッピングが入るだけの行為じゃないのか。

・・・・なんてことを言うと、「あんたエッチだけで満足なんだね」って誤解されるかもしれないけど、

もちろんわたしだって恋人と、普通にデートしたり、旅行したり、遊んだりしたい。

でも、朝から晩までベタベタと一緒にいるっていうのも、同じぐらいしてみたいのだ。

セックスって挿入や射精だけが重要ではないと思う。

抱き合ってキスしたり、そういうプロセスもすごく大事だ。

すごく愛を育む行為・・・・だと思うんだけれど、ピーコはそう考えてはいないみたい。

それこそ挿入と射精だけのセックスしかしてこなかったのかな?なんて勘ぐっちゃう。


マドンナの写真集「SEX」の冒頭の言葉に

『セックスは愛ではないし、愛はセックスでもない。でも、二つがとけあったのが最高の状態』

というのがある。まさにそうだと思う。

ロッドマンには「あいつはセックスが下手だ」と言われたらしいけど、

きっとロッドマンに対してはそんなに愛情が持てなかったのだろう。

彼の子どもを身ごもらないでくれて本当に良かった。


・・・・って話がそれちゃったけど、まあ愛情溢れるセックスはいいよな~と思うのだ。

こんなことを思うのも、やはり今日がバレンタインだからだろうね。

チョコはあげもしないしもらいもしないが、いつもより恋愛したい気分になってくる。

恐竜の思い出

雑記
02 /13 2008
恐竜

何でも「ジュラシックパークⅣ」が今年公開だそうだ。

っていっても検索してみたところいくつかのブログで

ヒットした程度だから本当かどうかわからないし、少なくとも

あまり盛り上がっていないだなあ~って気がする。


「ジュラシックパーク」のパートⅠは、実は映画館で初めて見た「字幕映画」だ。

それまでは吹き替えの映画しか見たことがなかった。

たしか「ターミネーター2」や「ホームアローン」も兄や従兄弟と見に行った記憶があるんだけど、

たしか吹き替えを見たような気がする。

子どもっていうのは不思議なもので、洋画を吹き替えじゃなくて字幕で見るように

なったことで、ちょっとだけ大人になったような気がしていた。


その年恐竜ブームだったみたいで、近くの展示場で恐竜博があったし、

ちょうど同じ時期に安達祐美の主演で「REX恐竜物語」っていう

映画も公開されていた。もちろんわたしは全部見に行った。

その頃わたしはちょっと恐竜に夢中になっていた。

きっかけは「ドラえもん」の長編「のび太の恐竜」を読んだからだと思う。

兄が科学雑誌の「Newton」を読んでいたので、わたしも恐竜特集のところだけを

毎号一生懸命読んでいたような気がする。

いや、読んでいるっていうよりはイラストを「見ていた」っていう方が正しいのだが。

さすがに10歳の子どもには難しすぎる内容だった。(おまけに漢字が読めない)


恐竜っていうと、大きいし強いイメージがあるから子どもにとってはロマンのあるものだと思う。

子どもの頃も大人になってからも、「恐竜が好き」っていう人は何人か

いたんだけど、男の子は大抵ティラノサウルスのような肉食恐竜が好きだ。

わたしはなぜかトリケラトプスやブロントサウルスみたいな草食恐竜が好きだった。

ん~、ここらへん性格ですわね。

もう一つ好きだったのが、子育て恐竜「マイアサウラ」

マイアサウラ


確か当時発見されて間もない新種の恐竜だったと思う。

今の爬虫類とは違って、卵をかえして育てていたらしい。

恐竜の強くて獰猛なイメージとは一味違う。


色々思い返してみると、子どもの頃が思い出されて楽しい。

ちなみに小学5年生の夏には恐竜にはまっていたわたしだが、

その次の年の夏には日本の城郭にはまっていた。

両親に頼んで夏休みには各地のお城めぐりをしたことを覚えている。

よくいえば好奇心旺盛な子どもなんだけど、飽きっぽい子どもでもあった。


まあ、色んなことを思い出させてくれた「ジュラシックパーク」だけれど、

パートⅣどうなんでしょうね・・・・?

パートⅢが何ともいまいちだっただけに、いまいち期待できないけど。

とりあえず公開されたら見てみようかな。

君の手のひら

雑記
02 /12 2008
あたたかいなあ・・・・。

久しぶりだった。人の手のぬくもり。

雪のちらつく寒い日だった。

だからこそ、つないだ手のあたたかさがひどくいとおしかった。

ずっとこの手を握っていられたら・・・・

そう思ったけど、今この一瞬だからいいのかもしれない・・・・とも思った。


君は僕のことが好きですか?

僕は君のことが好きなんだろうか?


考えちゃう。自分でも自分のことがわからない。

でも今は考えるのをよそう。

手をつないで、君のあたたかさを感じていたい。

ブラコン

雑記
02 /08 2008
雪景色


自室の部屋の窓から。

これを見ていただければ、わたしがどれだけ田舎に住んでいるか

おわかりだと思います。。。


雪の日は好き。

雪がやんで一面真っ白になったところに、明るい日光がさすのがいい。

家々の屋根も、山も、すべてが白く輝く。

運転は怖いし、不便なんだけれど、今でも雪の日は少しわくわくする。


小さい頃、大雪の翌日近所の空地に、兄と雪だるまを作りに行ったことを思い出す。

わたしはまだ小学校低学年で、兄も中学生ぐらいだったと思う。

思えば、まだ小さかったわたしを兄はよく遊んでくれた。

幼稚園児の頃は、三輪車を押してもらっていたことを覚えている。

多分、その頃は兄のことが大好きだったんだろう。

姉はよく意地悪をするので、何となく苦手だった。(本人の中では「可愛がっている」だったみたいだけど)


こんな幼児期の経験があるからかどうかわからないんだけど、

成長してからは年上の男性に惹かれるようになった。

10代の頃から、タイプの人には椎名桔平やうじきつよしを挙げていたわたし。

自分が成長するにしたがって、好きになる人の年齢もあがっていった。

一種のブラコンなんだとは思う。

でもこういうの、末っ子には多いんじゃないかな。


甘えさせてくれる人、頭をなでてくれる人、抱きしめてくれる人。

弱いんだよね・・・・ついフラフラとついて行きたくなる。

大人にならないとね。

セクシャリティ自分流

雑記
02 /06 2008
レズビアンの女性たちを描いた「Lの世界」がかなり話題になっている。

レンタルビデオ屋でも特設コーナーが作ってあるし、ちょっとしたブームになりそうだ。

以前もこのドラマに関しては記事にしたんだけど、どんな形であれ

同性愛を真正面から取り扱った作品が話題になるのはうれしい。

単に奇をてらったものじゃなくて、ドラマとしてよく出来ているならなおさらだ。

その点で「ブロークバック・マウンテン」はすごくよかったしね。

(ヒース・レジャー亡くなりましたね・・・・。ご冥福お祈りします)


ただ、どうしても世間の反応には眉をひそめたくなるものもある。

「Lの世界」で検索するとどうしても「禁断の」っていう言葉がくっついてくる。

うーん、まあドロドロの恋愛モノっぽいし、この言葉に目くじら立てるべきじゃ

ないのかもしれないけどさ、「同性愛」ってなると「禁断の」が枕詞みたいに

なってるのはやっぱり複雑な思いがある。

そして、これはbiancaさんのところで見つけたんだけど、こんな感想を持つ男子もいるそうだ。

どうせなら、男も味わってから同性愛にハマってほしいネ。
一度や二度じゃなくて、ちゃんと気持ち良く感じるまで男を味わって、それでも女同士の方が良いなら、僕は何も言わない。


何ていうか、「ご親切にどうも」というべきか。

じゃああんたも男を味わってから異性愛にはまって下さいな。

わたしでよけりゃいつでもご相手しますよ~。


わたし自身、友達から

「Kazuccineも女の子と試してみたら?」とか言われたことがある。

「すっごく男っぽい女の人もいるじゃん。ああいう人となら出来そうじゃない?」

こんな提案されたこともあるんだけど、うーんご心配ご無用ですわ。苦笑

たしかにカッコいいFtMの人を見て「おぉーっ!これはイケる!!」って思ったことがあるのも事実ですが。

でもそれは、あくまで男性として好きになってるからね。

別に、わたしは女性を好きになることを否定してるわけではない。

その可能性がないとは言い切れないと思う。

中年以降に同性を好きになったっていう人だっているわけだし、その逆だってありうるだろう。

でも、あえて好きになってみるとか、ためしにセックスしてみるとか・・・・それは違う。


「同性愛に偏見はないよ。差別もしない」

そう言う人はたくさんいる。若い人には多い。

でも、どれだけ「普通のこと」として捉えているかは人によって異なる。

「偏見ないよ。悪いことじゃないと思う」そう言った人が、

「女の子も試してみなよ」とも言った。

「愛の形は人それぞれだし」と言いながらも、結局「異性愛こそ正当な愛の形」っていう

考えが頭から抜けきれてないんだろうな・・・・・って、ひしひしと感じさせられる。

でも、こういう考え方をするのはノンケに限らないとも思う。

「異性を愛せたら」ってことをゲイの口から聞いたことがある。

以前つき合っていた彼も「男と付き合うのはお前が最後になると思う」みたいな

ことを別れ際に言っていた。(その割に別れてからは彼氏欲しがってるみたい)

わたしを抱いた後で、「男の子とはつき合ったりするつもりないよ」と言ったバイの男もいた。

みんな同性とセックスすることや、恋愛をすることを「普通じゃない」って捉えているんだろうな。


でも、そういう考え方を否定するつもりはない。

無理して異性を愛そうとすることも、同性とはセックスだけで恋愛は異性とっていう割り切りも、

多分その人なりの性のあり方っていう気がするから。

前者に関しちゃしんどそうだな・・・・って思うし、後者に関してはずるい印象があるけど。

結局のところ、自分がやりたいようにやるしかないもんね。

ただ、何らかの社会的圧力でそうなっちゃってるとしたら、ちょっとエネルギーの

無駄遣いっていう気がするけどね。

近づいてくる

雑記
02 /01 2008
チョコ


クリスマスのあとにはお正月、そして今度はバレンタイン。

冬は恋人たちのイベントがたくさんある。

何とも変わり身の早い・・・・と思いつつも、やはり客商売をやっている立場からすると

これを機会に売上を伸ばすにはどうしたら・・・・と自然とそこに頭が働く。


ところで、ここ数年この時期に聞くようになった言葉で「友チョコ」っていうのが

あるんだけど、どうも好きになれない言葉なのだ。

別に女の子同士チョコを贈りあっこするのが悪いとは言わない。

「友チョコ」っていう言葉の響きが何とも好きになれない。

女子中学生の排他的で束縛の強い友達づきあいを連想させる。


そもそも、バレンタインに「女の子から意中の男の子にチョコをあげる」習慣は

日本にしかないわけだから、堂々と女の子同士なり男の子同士なり

チョコ交換し合えばいいじゃないかって思う。

そこに変な「友チョコ」なんていう名前をつけるから、妙にいやらしくなっちゃう。

そもそも本命にはチョコなんて贈らんだろっ!

おつき合いであげるんだから、義理チョコも友チョコも関係なく「バレンタインのチョコ」で

いいじゃないか・・・・と、何とも意味不明な怒りがわきあがってくる。


ちなみに、バレンタインに「友チョコ」があるなら、ホワイトデーに「友クッキー」や

「友マシュマロ」なんてもんがあってもおかしくないんじゃないかなあ。

男の子同士でお菓子の贈りあい・・・・いまいちピンとこない。

もっとも、ホワイトデーにクッキーやマシュマロを贈るなんて、最近じゃあないだろうけど。

たしかクッキーとマシュマロでは意味がそれぞれ違ったはずだ。

クッキーは「つき合っていいよ」で、マシュマロは「ごめん、つき合えない」だったっけ。

じゃあホワイトデーにマシュマロの贈りっこをしたら、「宣戦布告」みたいなもんか。

わたしはマシュマロ好きだからまんざら嫌でもないかも。


まあ、バレンタインもいいが日本人としてはその前の「節分」も

忘れちゃあいけないって思う。

いつの間にか25個も豆を食べないといけない自分にびっくりだしている今日この頃です。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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