鬼っ子

雑記
01 /30 2008
小さい頃のわたしは非常に激しい子だったようだ。

父に叱られてへそをまげ、地面にひっくりかえって泣き喚く様を見て、

「こりゃかなりのもんになるよ」

と向かいの家の人が言ったらしい。


まだ3つかそこらの時だったから、当然ながら記憶にはない。

何だか自分の話だとは思えない。

自分でいうのもなんだけど、わたしいわゆる「おとなしい子」だったよ?

ただ両親に言わせると、普段手のかかるのは姉や兄だったらしいが、

一度泣き出すと手に負えなかったのはわたしだったそうだ。


「(今までつき合った中で)泣いて飛びかかってきたのは君だけだよ」

これは元彼の言葉だ。

「もうすぐ二十歳やろ。子供やないがやき、恥ずかしいことすなや。

鼻水までたらして、見せてやりたかったわ」

初めて大喧嘩をした日、あまりの豹変ぶりに彼は言葉を失ったという。

冷静になると何だか恥ずかしい。

その後何度か大喧嘩して泣いたこともあった。

でも自分を見失うようなことはなかった。


「おとなしくて優しそう」

わたしの第一印象はこんなもんらしい。

ただ、案外気性は激しい方かもしれない。


次にどんな人とつき合うとしても、こういうの封印しなきゃね。
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あなたはなぜここに来たのですか

雑記
01 /28 2008
FC2には「アクセス解析」の機能がついているので、

このブログのアクセス数や、どのページから飛んできたのかもわかっておもしろい。

一番おもしろいのが「サーチワード」で、これはどんな言葉で検索して

このブログにたどり着いたかがわかるわけだ。

1月の検索ワードは「縁結びの神様」が今のところ1位。

これは12月も同じだった。

検索した人も、たどりついたらゲイのブログでびっくりしたんじゃないかな。

11月は「成宮 ゲイ」が1位。

俳優の成宮寛貴くんにはゲイという噂がつきまとっているからなあ。

残念ながら有益な情報はこのブログにはございません。

わたしも成宮くんは好きだから、彼がゲイだったらちょっとうれしいけど

でもインターネットで必死に調べても、どうにもならないだろう。

真相は彼自身しか知らないだろうし。


さて、本日1月28日の検索ワード1位は・・・・

「ゲイ セックス 痛くない」

・・・・・・・・このブログで露骨にこんなネタを扱ったことはないぞ・・・・。

と、思いつつ調べてみると、どうやら9月17日の「タチとネコ」に引っかかってきたようだ。

・・・・で、読んでみると案外露骨なこと書いてる自分にびっくりしちゃった。

それにしても検索してきた人はどんな人なんだろう?

もしかしたらゲイのセックスに興味津々のノンケさんかもしれないし、

まだエッチ経験のない若いゲイかもしれない。

いずれにせよ、このブログでは有益な情報は手に入らないよねえ~。


うーん、じゃあわたし自身の経験でも語ればいいのかな?と

思いつつさすがのわたしも少し恥ずかしい。

というわけでまたの機会に話させていただきます。


まあ、サーチワードで見ると、何に期待してこのブログに来るかがわかるんだけど、

今日の「ゲイ セックス 痛くない」以外にもやっぱりエッチネタが多くって、

「ゲイ 裸 画像」「男 ヌード」なんてのがやはり上位にきてる。

うーん、ここらへんご期待にそえそうにないのですが・・・・。

そういえばダイエットに成功した暁には脱ぐぞー!と豪語してたこともあったっけ。

今脱いだら確実に公害だわ。

まあ、脱ぐ脱がない以前にダイエットは必要なので、これはこれで励まないとね。


どんなサーチワードで入ってきたとしても、やはりそれなりに

おもしろいと思ってもらえるようなブログにしたいなあ。

もちろん、自分の楽しみでブログを書いてはいるけれど、やはり人からも

おもしろいといってもらえるとうれしい。

いい記事を書けるよう、これからも精進だ。

禁断の写真

雑記
01 /24 2008
high


問題です、写真の少女は誰でしょう?

①16歳の時のKazuccine

②高校2年の時のKazuccine

③90年代末期のKazuccine





正解:全部

当時すでにロン毛ブームは下火になりつつありましたが・・・・。

肩をすっぽり覆うほどに髪を伸ばしていたわたしでした。

恥という概念をすっ飛ばして、もうネタにするしかないのですが

当時はそれなりに気に入っていました。


この写真を見て「これ女じゃんかっ!」という人は少なくありません。

実際当時、痩せていたこともあってか女子に間違われることも数回ありました。

当時すでにマドンナに傾倒していたわたしは、彼女を形容する際によく使われる

アンドロジナス(両性具有的)な存在になろうとあがいていました。

そんなわけのわからんファッションを目指さなくとも、素直に爽やか系の格好をすりゃあ

よかったのに、わが道を突き進むいっちゃってる高校生だったわたし。

バカかりし頃の思い出。


残念ながら、今はすっかりおっさんの容姿です。

どこをどう見ても男です。

この頃にはどうあがいても戻れません。(戻りたくもないけど)

当時はまだゲイの世界に足を踏み入れていなかったものの(ゲイという自覚はあったが)、

こんなわたしを好きになってくれた人はいたかなあ。

ノンケのクラスメイトに恋をしていた初心な時期でした。

B型男

雑記
01 /20 2008
わたしはB型です。

それだけで、血液型占いを妄信している人(特にA型の人)からは

非常に嫌われます。何もしていないのに極悪人扱いされることもあります。


大体血液型占いなんて、日本人の7割を喜ばせるために作った占いであって、

科学的根拠もなければ、占星術みたいに長い歴史があるわけでもない

えせ科学のえせ占いなんだけど、何故か非常にポピュラーですよね。

まあ、バッシングの対象になりつつも、「天才が多い」「ユニーク」とかの

評価もされるので、必ずしも叩かれてばかりいるわけでもないのだけど。


前の彼はO型でした。

彼いわく、「B型の子はコリゴリ。末っ子もコリゴリ」らしい。

・・・・うんうん、君にはたしかに辛い思いもさせたよ。

でもそれは、わたしが子どもだったからであって、決して末っ子だったかでもなければ

ましてやB型だからってわけでもないと思うぞ。

むしろ君の一人っ子ゆえのマイペースに、わたしは合わせてあげていたじゃないか。


そんな彼によってくる男たちは・・・・何故かB型が多いそうだ。

彼に告白までしたある男の子もB型だし、末っ子だし、おまけに誕生日までわたしと同じだった。

不吉な予感がしたのか、あるいは単に合わなかったか知らないけど、その子の猛烈な

アタックには早々とフェイドアウトしてしまったという。

数週間後、その子に彼氏が出来たといううわさをきいたと言っていた。


「ゲイにはB型しかいないのかね。これでもかってぐらいおるよ」

という言葉に対し

「君の周りに多いだけでしょう。mixiコミュのメンバー数でも、やはり多いのはA型とB型だよ」

なんて答えを返しつつも、確かにB型のゲイって多い気がする。

わたしの知ってる人にも確かに多いから。


ちなみに、以前聞いた話なんだけど、B型のルーツは流浪の民だそうだ。

ジプシーやユダヤ人にはB型がすごく多いそうだ。

中国に清朝を打ち立てた満州族にもB型が多いという。

恐らく苛酷な環境に適応出来る人が多かったんだろうなあ。

時々ふら~っと知らない土地に移り住みたくなるのも、

もしかしたら流浪の民の血ゆえかもしれない。


まあ、血液型でも何でもそうなんだけど合う合わないって

よっぽどじゃなかったら、お互いを思い合う気持ちで何とかなると思う。

合わせたいっていう気持ちがあるかどうかが大事だ。

つき合う人にはそういう気持ちを持って欲しいし、わたしも持ちつづけたいな。

Kazuccineの昭和の旅

雑記
01 /17 2008
25歳にして「昭和のにおいがする」

と、これは某ブログでわたしに投げかけられた言葉ですが、

年齢詐称は否定しても、この言葉はちょっと言い返せないものを感じてしまいました。

わたし自身ときどき「昭和に青春おくってたらきっと物すごく楽しかっただろうなあ~」

なーんてことを思うことがあります。

最近は「Always 三丁目の夕日」なんかも公開されたりして、昭和30年代が

注目されたりもしていますが、わたしはむしろ40~50年代が好き。


よく考えたら昭和57年生まれのわたしから昭和のにおいがしたとしても

決して不思議はないんですよね。

幼稚園まではまさに「昭和」でしたし、何分いなか育ちなのも大きい。

いなかでは都会に比べると、「昭和」の雰囲気が色濃く残ってきましたし

今でも時々昭和っぽい雰囲気が残っているところもあります。

中学生ぐらいまで、大村崑さんの「オロナミンC」の看板があったほど。

・・・・この話をすると「ウソだろー!」とか「やっぱり年ごまかしてるね」という

言葉が聞こえてきそうですが、事実です。


そんな田舎のことですから、若者むけの「カフェ」なんてものが出来たのは

つい最近、ここ数年のことであって、むしろ「喫茶店」の方がなじみがあったりします。

今でもトイレのドアノブにノブカバーのついているようなお店があるんですよ。

いまだにインベーダーゲーム(かどうかはわからないけど、恐らくその類の卓上ゲーム)の

台が設置してあったり。(さすがに今では遊べないし、遊ぶ人もいない)

「パスタ」よりは「スパゲティ」、それもナポリタンがメニューにあるような、

本当に昭和っぽい雰囲気の「喫茶店」があります。


そんな「昭和風喫茶店」の中でもお気に入りなのがここ。

ブラジル


地元ではある意味有名なのです。


看板


お店の名前も、この看板もすごく素敵ですよね。

そして
印度カレー


「ブラジル」なのに「印度カレー」なところもグー。

そして「印度カレー」は「マハラジャ風味」だそうです。

そのマハラジャ風味の印度カレーですが

大盛カレー


どかんと大盛りなんです。マハラジャ風味かどうかはともかく、

かなりリーズナブルであることは間違いない。

ちなみに食べ物はこのカレーとピラフだけなんですよね。

コーヒーは種類は豊富です。

クーラー


このエアコン・・・・っていうよりは「クーラー」も年季がはいってますよね。

冬はストーブがたいてあります。

一応近くにはわりと今風のカフェもあるんだけど、何となくこのお店の雰囲気は

大事にしたいよなあ~って思います。

デートで来たいかっていうと、うーん・・・・やはりそうではないんだけど

どこかほっと出来るし、安心出来る場所なんですよね。

モダンでスタイリッシュなものは当然カッコいいけれど、古くさいものにも

不思議な魅力を感じてしまいます。

平成も20年だからこそ、昭和を思い返してみるのもいいんじゃないかな。

ドMでドS

雑記
01 /15 2008
purple
だいぶ以前も書いたんですが、わたしは眼鏡っこです。

そして、眼鏡のあるなしでけっこう印象が変わるらしく、眼鏡をかけている時は

「優しそう」と言われることが多いんですが、

外した顔を見ると「意外にきつい顔してるんだね」「鋭い目だなあ」と言われます。


変な話ですが、眼鏡をしている時はMのオーラが漂っているらしいんだけど、

眼鏡を外した時は「その目はドSの目だわ」なんてことを言われたりもします。

一体どっちなんだい、という気がしますが。

まあ、本人的にはどっちとも言い切れない・・・・というのが真相です。

自分で自分のことを「俺はMだ」「あたしS」って断言してる人のほうがむしろ不思議。

セクシャリティ同様、これけっこう曖昧だと思うんだけどな。


そういえば不思議な夢をよく見ます。

学生の頃から、何ヶ月に一度必ず見る夢です。

夢の中でわたしは、恐らく江戸時代の大名のお姫様になってるんですが(笑わないでね)、

これがまたすんごいおっそろしいお姫様なんです。

女中に髪を梳かせている最中、一本でも髪を抜いたらすかさず

「無礼者ッ!!」と言ってタバコの火を女中の顔にジュ~ッとやっています。

下男や家臣の侍に無理やり裸踊りをさせたり、まあとにかくやりたい放題のお姫様なんですが、

ふとしたことからお家が乗っ取られ、両親兄弟は殺され、姫であるわたしは座敷牢に閉じ込められてしまいます。

まあ、そこでお約束の展開なんだけど、それまでいじめていた下男や家臣に犯されるんですよね。

「おのれ~!越前守!(※お家乗っ取りの主犯)かかる不忠のふるまい、わらわは生涯忘れぬぞ!

 当家再興の折には、そなたなど成敗してくれるわ!!アァァァァァーーッ!!」

と、最後まで姫のプライドは保っているものの、ついには快楽に屈し、

悔し涙を流しつつ幽閉生活をおくることになります。(あ~ロマンポルノみたいな展開だ)

・・・・が、その後牢番をたらしこんで、エッチしている最中に牢番を殺して脱走に成功し、

隣の国まで逃げて、隣の国の大名と結託してお家再興。

ラストは自分を苦しめた越前守その他男たちが処刑されるところを、高見の見物・・・・という感じで終わります。


セリフにいたるまで、毎度毎度同じ夢を数ヶ月に一度見るんですが、

変わるのは越前守その他、悪人の男たちの顔で、たいてい嫌いな人の顔になります。

何ともヤバイ夢なので、目覚めは良くないものの、変な余韻があるんですよね。

何でこの夢のことを思い出したかというと、夢の中のわたし(が演じる姫)って激しくSとMの

両方の性質を持っているなあ・・・・と思ったわけです。

この夢がわたしの性癖を表しているとも限らないのですが、内容がセクシャルなだけに

何かしら暗示しているような気がします。

「あたしはドMでドSやで~」と、これは友人の言葉なのですが、

わたしも案外そうなのかも。


まあ、基本的にエッチはまったりしてる方が好きですが・・・・なんてね。

干し柿のロマン

雑記
01 /11 2008
干し柿


我が家で作った干し柿です。

わたしも皮をむいて手伝いました。

子どもの時に、まだ渋味が抜けきっていないのを食べて以来、

あまり好きではなかったんですが、ちゃんと時間をおいたものを食べると

やはり美味しいですね。(当たり前か)

田舎の風物詩として、秋から冬にかけてはどこの家の軒先にも

干し柿がぶら下がるっていうのがあります。

何とも牧歌的というか、田舎臭い光景ではありますが、

わりとモダンな新築家屋のベランダなんかにもぶら下がっているのが

ちょっとミスマッチでおもしろい光景でもあります。


和菓子というと、お饅頭やお団子など色々な種類がありますが、

こういったものが完成するのは実は近世以降だったそうです。

それらの原型になるようなものが出てくるのも室町時代あたりだったようで、

それまでは果物や野草をそのまま食べたり、それらを干したりするぐらいしか

お菓子と呼べるものはなかったといわれています。

つまり、干し柿って日本最古の和菓子なんですよね。

古代は「果子」という表記をしていたようす。


古今東西、女性は甘いものが好きな人が多いと思うので、

万葉集に出てくる額田王(ぬかたのおおきみ)なども、好んで食べていたのかもしれません。


あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る (額田王)

紫のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆえに我恋めやも (大海人皇人)



中学の国語の時間に習った歌で、二つともとても印象に残っています。

やはり中学男子には「人妻ゆえに我恋めやも」が衝撃的だったのですが、

危険な恋はいつの時代もドキドキさせるものがありますね。

もっとも、この歌が詠まれた当時は、すでに二人の関係は終わっていたようですが。

若く、愛し合っていた時は二人で仲良く干し柿なんかを食べていたのかもしれませんね。


干し柿を食べつつ、古代のロマンに思いをはせるわたしでした。

夜と朝

雑記
01 /08 2008
学生時代、夜中まで飲み明かして、

明け方フラフラになりながら家に帰ったことが何度もある。

12時をまわって、2時3時になっても

「ま~だ夜は終わらないよ~」って、二次会三次会と飲み続けた。

楽しくて仕方がないというよりは、楽しい時間が終わるのが怖かった。

明け方の空がひどくうらめしかった。


夜さえ明けなければ・・・・

朝が来なければ、ずっと楽しんでいられるのに。

二日酔いの、痛い頭を抱えて学校に行かなくてもいいのに。

でも朝は来る。

時に希望の朝にもなるし、うんざりするような一日のスタートにもなる。

いずれにせよ、朝の来ない夜はないのだ。


正月に届いた年賀状には、「結婚しました」と書かれているものが何通もあった。

もう何人目なのかな?学生時代の友達が次々と結婚している。

子どもがいる人、家を建てた人。

何でだろう?何だかみんなが遠く感じられる。

結婚云々じゃなくて、自分の人生をしっかり切り開いているからだ。

みんなが前に進みすぎたのか、自分が進んでいないのか。

こういう比較が無意味なんていう分別はものの役にも立たず、

ついつい考え込んじゃうのは仕方がない。


みんな大人になっちゃたんだなあ。

もうバカにはなれないのかな。

もう子どもには戻れないのかな。


バカ騒ぎして、はしゃいで、笑って。

そんな時間はすぐに過ぎ去ってしまう。

いつまでも同じではいられない。

もう目覚めの朝はきているんだよね。

茶々

雑記
01 /05 2008
昨日は「茶々~天涯の貴妃」を観てきました。

時代劇はもともと好きで、特に浅井三姉妹の話はすごく興味深かったので

わりと楽しみにしていたんですが、感想は今ひとつでしたね。

渡部篤朗の秀吉がすごくよかったし、高島礼子(大蔵卿局)や寺島しのぶ(小督)など

役者さんの演技はもうしぶんなかったのだけど、肝心のストーリーが、

ものすごい早足で茶々の人生を追っかけている感じがして好きになれなかったです。

色々知っている史実と食い違っているのも、何だかなあ~というか。

大阪城落城のシーンはかなり圧巻だったので、色々含めて見る価値はあったかも。


あらためて思ったというか感じたのが、わたしは結構「滅び」が好きだということ。

戦国時代の大名の中では、豊臣家が一番惹かれるんですよね。

源氏と平家だったら、やはり平家の方が好きです。

両者に共通しているのは、日本史上たぐい稀な成り上がりと栄耀栄華の末に

わずか一代で滅んでしまう華やかしさと、はかなさがあることだと思います。

パッと咲いて、パッと散っていく姿が美しいというか・・・・と、まあ人には理解されにくいですが。


そういうわけで、自然と源義経であったり、徳川家康は好きになれない。(家光以降の徳川家には興味がある)

特に、義経はわたしにとってだいっ嫌いな「歴史上の英雄」の一人です。

大河ドラマは好きなんだけど、2005年の「義経」は見ませんでした。

何か作られた美談があまりに多すぎるっていうのもあるんだけど、

やってることがえげつないんですよね。

有名な「扇の的」では、那須与一が扇の的を射る場面ばかりが知られていますが、

あのあと大喜びして舞を舞った平家の武将を、「あいつも射てしまえ」といって

那須与一に殺させてしまっている。

源氏の武将は大喜びしてるんだけど、平家の武将や女官たちはシーンと静まり返って

しまった・・・・というところで物語りは終わっていました。

他にも、壇ノ浦では本来殺してはいけないはずの船こぎを集中的に狙っているし、

入水した平家の女性たちを髪をつかんで引きずりあげたりしています。

建礼門院(安徳天皇の母)を義経たちが輪姦したという話も伝わっています。


実際、壇ノ浦の舞台になった山口県下関市の彦島では、今でも義経はひどく嫌われているようです。

平家の平知盛や平宗盛は、地元の人からもよい領主であったとして今でも慕われています。

一度義経を徹底して嫌な人間に描いたドラマ作ってくれないかなあ。


・・・・と、内容はすっかり茶々から義経になっちゃいましたが、

とにかくわたしは「滅び」が好きなんですね。

歴史は常に「勝者にとっての歴史」であって、その影には悪役とされている「敗者の歴史」があります。

その、歴史上の「敗者」たちは、きっと今もなお草葉の陰で「そうじゃないんだよ・・・・」って

思っているのかもしれない。

でも、そういった敗者の悔し涙や怨念の上に、歴史は成り立っている・・・・それを忘れちゃいけないんだよな。

・・・・と、まあそんなことを考えたお正月でした。

あけまして、平成20年代

雑記
01 /01 2008
あけましておめでとうございます。

2007年は「ため息の理由」をありがとうございました。

2008年も引き続きよろしくお願いいたします。


一応年始の挨拶をしたものの、何となくお正月気分がありません。

大晦日も今日も仕事があるからでしょうか。

でも、仕事がなくて苦しんでいた昨年を思うと、元日から仕事が出来る

今年は、すごく幸せなスタートかもしれないなって思います。


ところで、今年は2008年、2000年代も終盤になってきましたね。

ついこないだミレニアムだ何だと騒いでいたような気がするのに、

いつの間にか「今は昔」です。

そして、平成も10年代が終わって20年代に突入。

何だかんだで時は流れていっているんだな・・・・。

でも、「平成20年代」って何となくピンとこない数字ですね。

昭和30年代とか40年代っていうと、イメージがわきやすいんだけど。

いずれにせよ、明るい10年間になってくれればなあ・・・・って思います。


・・・・と、いうわけで年始の挨拶でした。

今年も「ため息の理由」をどうぞよろしくお願いします。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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