カズくんのひとりごと

雑記
11 /29 2007
littleboy

「家では何て呼ばれてるの?」

「“カズくん”とか“カーくん”だよ」

「え?お母さんとかお父さんからも?」

「うん。あとお姉ちゃんとかお兄ちゃんとかも。そう呼んでるけど」

「え~もう25でしょ?何か変だよ」

「え~そうなの?呼び捨てとかだったらいいの?」

「うん。あと“カズちゃん”とか」


こないだとあるゲイの友人と交わした会話の一部だ。

“ちゃん”がOKで、“くん”がダメな理由はわからないんだけど、

とりあえず25歳の男が家族や親戚から“くん”づけで呼ばれるのはあまり一般的ではないらしい。

実はこれを指摘されたのは初めてじゃなくて、以前元彼からも言われたことがある。

言われてみると、確かによそのうちで大人の男が「○○くん」と呼ばれているのを聞いたことはない。

ただ、25年間この呼び方が定着してしまったので、今さら変えるのも気が進まない。


わたしは末っ子で、いとこ達の中でも一番小さかったので、わりといつまでも

子ども扱いされてきた方だと思う。

そのせいかどうかわからないんだけど、とにかく周りからは「末っ子オーラを醸し出してるね」

って言われることが多い。

年のわりに落ち着いて見えるとか、大人っぽいとか言われる反面、

見るからに甘えん坊だの年甲斐がないだのと評価されることもある。

25歳にして「カズくん」と呼ばれることも、いかにも末っ子っぽい・・・・らしい。


でも、実は「カズくん」って呼ばれるのが一番好きなんだよな。

特に年上の男性からそう言われると、少しドキドキする。

抱きしめられて「好きだよ・・・・カズくん」なーんて言われることを妄想したりしている。

何ともこっ恥ずかしい妄想だ。書いていて恥ずかしい。


こういう末っ子特有の甘えん坊気質を、以前は気に入ってくれる人もいたんだけど、

最近では「いい加減そういうのイタイ年齢になってきたよ」なんて言われるようになってきた。

うーん・・・・、イタイのかなあ・・・・。

何となく、いい年して「ボクはカワイイよ~」っていうオーラを出している人たちが思い浮かんだ。

もしかしてああいう人たちと同類?うーん、別にキャピってるわけじゃないぞ~!


まあ、イタイと思われてるようじゃ彼氏も出来ないだろうから、ある程度直していかないとダメだとは思う。

でもせめて二人っきりのときぐらい、ベタベタ甘えさせて欲しいな。

それすら「イタイよ・・・・」っていう彼氏だったらいらないや。

ただ一つワガママを言うなら、こういう自分を受け入れてくれる人がいい。



※関係ないですが、今日のタイトルは「macunのひとりごと」をパクったものではありません。
 あしからず。
スポンサーサイト

人恋しい季節ですから

雑記
11 /28 2007
lovers


「こんなとき彼氏がいたらなあ・・・・」

そんなことを思うのは、仕事がうまくいかないときであったり、

一人淋しい寝床の中であったり、

友達や家族では埋められない孤独感を感じる時であったり。



ダメだ、ダメだ。こういうの重たいよ。

自分に対してイエローカードを切る。

依存型の恋愛は相手にとっては重たいだけだ。

鬱陶しいと思われたら、傷つくのはわたし自身だ。

そういうの、卒業しなきゃなあ・・・・。

そう思うんだけど。


「恋愛もセックスもスポーツやゲームみたいなもんだ。楽しめばいいんだよ」

そんなことを言う人もいる。

別にそれを目指すわけでもなければ、賛同するつもりでもない。

でも、依存したり、心を慰めたり、それもちょっと違う気がする。

相手の存在を「重たい」と思うようになったら、それで終わりだ。


「苦しい時は支えて欲しい」

これを言えるのは、一人で立つことが出来る人だけだと思う。

誰かにもたれかかるような生き方はしたくない。


「それも考えすぎなんじゃない?べったり甘えられるのが好きな人もいるし、

 お互いにとって気持ちいいことが何より大事だよ」

こんなことを言う人もいる。

まあ、考えすぎってのはちょい当ってるかも。

「お互いきちっと向き合った対等な関係」

なんてのはただの理想、というよりはファンタジーなのかな。

案外わたしは理想主義者なのかもしれない。

突っ走ってばかりいないで

雑記
11 /22 2007
「実は君の採用は見送ろうっていう話もあったんだよ。

 やる気は充分だったけど、やる気だけで空回りしてるところもあったから」


一ヶ月の職場体験期間が終わって、事務の人から聞いた衝撃の一言。

仕事が楽しかった分、確かにやる気充分だっただけにちょっとショックだった。

「でもね、そのやる気に期待してみようって話になったの。これからはもっと

 ビシビシしごかれると思うけど、今のやる気を大切にね」



「熱意だけで空回り」ってのは今までの職場でもよくあったこと。

いきみすぎて失敗をしたり、現実に直面して熱意を失ったり・・・・

前の仕事なんかはそれもあったんだろうなあ。竜頭蛇尾なわたしです。

わたしは、どっちかっていうと熱意がなくても淡々とうまく仕事をこなしていく

人の方がかっこいいと思うので(憧れているわけではない)、その正反対の自分が

何とも暑苦しいというか、かっこ悪いように見えて仕方がない。

でも、やる気が評価されたなら、それはわたしのいいところだと思ってもいいのかな。


思い返してみれば、仕事に限らずなにごともそうだった。

部活にしてもそう、恋愛にしてもそう。

特に恋愛に関しては同じ失敗を繰り返してきたので、もういい加減にしたい。

相手があってこその恋愛です!一人だけで盛り上がるな!


当って砕けろな体当たり人生。

もう少し頭も使いましょう。

しゃべり方

雑記
11 /19 2007
schoolgirl


こないだあるバイセクシャルの男性に言われたこと。

「Kazuccineのしゃべり方って、元カノにそっくりなんだよね~」


何とも微妙だ。

元カレではなく、元カノってのがまず微妙だし、顔とかではなくしゃべり方ってのも微妙。

わたしはしゃべり方が女の子っぽいらしい。

これはいわゆるオネエ言葉っていうのとは違う。

あれはわざとらしく作った言葉であって、ある種のアピールめいた「記号」らしい。

わたしはしゃべり方を作ったことはない。普通にしゃべっているのが女っぽいのだ。


例えば、わたしは一人称に「俺」が使えない。

子どもの頃は大人になったら「俺」って使えるようになるのかな~とか思ってたけど、

いつまでたっても使えない・・・・。ってか使おうとすると恥ずかしいのだ。

正直「アタシ」の方がよっぽど自然だったりする。

こんなわたしだからか、小さい頃から「ホモ疑惑」は色んなところでささやかれた。

まあ、疑惑も何も実際ゲイなんだから、そのとおりご名答なんだけど。


でも、これはセクシャリティはあまり関係ないような気もする。

どっちかっていうと家族や親戚にも女の子が多かったし、高校も大学も女子校みたいな

状況だったから、自然と身についてきたものなのかもしれない。

女が多い環境で育ってきた男の子は、どうしてもなよっとした雰囲気になってしまうものだ。

ただ、こういった雰囲気の男の子ってゲイの中では特に多い気がする。

一人称に「俺」が使えないっていう子も少なからずいる。


しゃべり方とセクシャリティ。

関係あるという根拠はあまりないだろうけど、関係ないって言い切ることも出来ない。

結論は出しにくいんだけど、あえて出す必要もないのかなあ。

実際問題わたしという人間はここに存在しているわけで。

それを「個性」として捉えるかどうかの問題だと思う。

世にも奇妙な関係

雑記
11 /18 2007
「久しぶりにエッチしたよ。気持ちよかった~」

こういうメール送ってくる「元彼」って何なんだろうなあ。


「ちゃんとゴム使ったの?危ないからナマはやめてよね~」

なんて返信をしてしまうわたしもどうかと思う。

不思議なものだけど、本当に嫌な感情はない。

むしろ「うらやましいなあ、チックショー」とすら思えてくるからおかしい。


何だかんだで彼氏を欲しがっているわたしに対して、彼のほうは

すっかりフリーを楽しんでいるみたいだ。

適当な相手とセックスしているのはどうかと思うけど。(余計なお世話?)

もしかしたら、付き合うことに対して、わたしでコリゴリしちゃったのかな?

そういえば「年下の男の子はもう嫌だな」なんて言っていたっけ。

だとしたら何だか悪いような気もする。

普通は「最後の恋人」になれたことに対して、誇らしく思うものかもしれないけど、

わたしはむしろいい人を見つけて欲しいって思う。

彼が新しい恋を見つけても、友達としてやっていける自信があるから、そう思うのかな?

わからないけど、やはり幸せになって欲しいのだ。


・・・・それにしても、本当に変な関係だよな。

ある意味不健全な関係っていう気もするけど、これはこれで楽しい。

どちらかに恋人が出来たら、同じようにはやれないはずだ。

だから、しばらくこういうのを楽しんでみるのもいいんじゃないかな。

冬の花

雑記
11 /17 2007
さざんか


庭に咲いていたさざんかの花。

もうこんな時期なんだなあ、ってしみじみしちゃう。


古い演歌に「さざんかの宿」っていうのがある。


愛しても愛しても ああ人の妻~♪

赤く咲いても冬の花 咲いて淋しいさざんかの宿~♪


12年前になくなった大叔母(祖母の妹)が好きだった歌だ。

夕食の時お酒が入ると、よく歌っていたことを覚えている。

いきなり出だしから「曇りガラスを手でふいて、あなた明日が見えますか」

という歌詞から始まるのだけど、当時小学生だったわたしは

「曇りガラスを手でふいたって曇りが消えるわけないのに、何でそんなことをするんだろう?」

ぐらいにしか思っていなかった。色気のない話だ。

不倫を歌った歌だということを知ったのは大人になってから。

冬に咲く花に辛い恋をなぞらえてるってことも理解できた。


5人姉妹の中で一番の美人で、生涯独身を貫いた大叔母は、

この歌に何を思っていたのかな。

きれいなさざんかを見ながら、そんなことを考えた。

くるま

雑記
11 /15 2007
car


長らく放置されて埃まみれ。

持ち主はどうしちゃったんだろう?

どうしてもそんなことを考えちゃう。


ここに車を置いたまま、何かの事件に巻き込まれて失踪したのか。

持ち主の事情はわからないのだけど、放置されたままの車は可哀想だ。

車は生き物ではないけれど、長い間乗っているとペットに対する

愛着に近い感情も生まれてくるのだ。


そういえば、今日職場の女の子に

「Kazuccineさんの車ってお父さんが乗ってる車って感じですね」

なーんて言われた。

古い型のセダンだから、そんな感じに見えるんだろうなあ。

まあ、実際お父さんからのお下がりだから、言われて納得っていう気もするけど。

かれこれ2年以上のお付き合いになるけれど、一緒に色んなところへ行った車だ。

助手席にも色んな人を乗せた。

その中には好きだった人もいた。


・・・・そして今強く、強く思うことがある。

次につき合う男は絶対に車持ちがいい!!

だってたまには助手席でのんびりしてみたいんだもの。

別に車もちじゃなくてもいいけど、せめて「帰りは運転代わろうか?」

ぐらい言ってくれる人であって欲しい。(もちろんペーパードライバーは×)

うーん、そうじゃなくてもせめて、運転のあとに肩ぐらい揉んでくれる人がいいなあ・・・・。


・・・・と、色々考えつつ、こんなことを考える自分が何とも色気ないなあ・・・・と思った。

見返り求めちゃだめだよねえ・・・・。

好きな子と一緒なら、ガソリン代が高かろうと、運転で疲れようと、

そんなことはどうだっていいはず・・・・だからねえ。

でも少しは気を使ってくれる人がやはりうれしい。

元彼にしてもそうだが、好きになった人はあまり気を使ってくれなかった。

何ていうか、「してもらって当然」的な人が多いのだ。

そういいつつも、そういう人ばっかり好きになるわたしって、

案外つくすタイプなのかしら?なんてことを思ったりもする。

意外に女好きです

雑記
11 /15 2007
Kylie


カイリー・ミノーグが来日するそうだ。

それも新しいアルバムのプロモーション!

うれしくてたまらない。


わたしはマドンナ信者を自称しているものの、カイリーも大好きだ。

音楽もなんだけど、やはり本人がすごく可愛くてセクシーなのがたまらない。

マドンナは力強くカッコいいイメージだけど、カイリーは可憐で愛らしい。

理屈抜きにわくわくさせてくれるところは二人とも同じだけど。


カイリーが乳がんになった時は正直すごく不安だったけど、

今は快復してくれたので本当にうれしい。

病気と闘うのはすごく精神力が必要だったと思う。

ただ可愛いだけじゃなく、芯の強さも秘めた人なんだろうなあ。


ところで、わたしは時々本当にゲイなの?ってぐらいきれいな女性、

特にセクシーな女性が大好きだ。

マドンナやカイリーのほかにも、往年の女優リタ・ヘイワースにかなり惚れている。

彼女たちとだったらセックス出来るんじゃないかな?って思うぐらいだ。

もしかしたら憧れみたいな感情かもしれない。

何しろ、子どもの頃は沢口靖子になりたかったわたしだ。苦笑

姿かたちではなく、恐らく内面からあふれでる魅力に圧倒されているんだと思う。


それにしても美女に対してこういう惚れ方が出来るのも、

案外ゲイの特権なのかもしれない。

なーんて、これもちょっと無理やりな解釈でしょうか。

それは困りますっ!!

雑記
11 /12 2007
boys


源氏物語にもあるけど、女性が死後三途の川を渡るときは、

初めて契った男の背中におぶわれて渡るそうだ。

昨年の大河ドラマ「功名が辻」のラストシーンでは、仲間由紀恵が

上川隆也におんぶされて浜を歩くシーンで終わっていた。

これはどうやらその平安時代の伝承に基づいているらしい。


男の場合どうやって渡るのかはわからない。

ましてやゲイの場合どうか、なんてことはさらにわからないのだが・・・・、

とにかく、わたしは初めて契った男におぶわれるのはごめんだ。

というより、その状況を想像するのが恐ろしい。。


続きを読む

子どもだけど子どもじゃない

雑記
11 /10 2007
親にとって子どもはいつまでも子ども


・・・・なのかもしれない。

でもわたしは25歳の大人です。

大人に相応しい行動をとっていなくても、大人です。


迷惑をかけている。

世話になっている。

あなたたちに何もしてあげられない。

平気なわけないじゃない。

情けないよ。悔しいよ。



でもお願いだからわかってよ。

わたしだって必死にあがいているんだから。


わたしはお姉ちゃんのようにも、お兄ちゃんのようにも生きられないけど、

それでも必死に自分なりの道をさがそうとしているんです。


お願い。

待っていて。そっとしておいて。

信じられないと思うけど、信じてください。

それを言っちゃししまい君

雑記
11 /07 2007
「当時の彼」


これを指摘されるのが嫌っていうのが、わたしが恋バナで盛り上がれない理由の一つだ。

偶然この「ししまい君」をYouTubeで見つけて以来、わたしは密かなファンだ。

公式サイトはこちら
http://www.222.co.jp/shishimaikun/story.html

地味な割に破壊的なツッコミがかなりわたしの笑いのツボだった。

しかし、一度自分がそれに該当してしまうと、けっこう・・・・いや、かなりへこむ。苦笑

最近は夜の美女風であったり、変な外人風のししまい君が出てきますが、

もともとは小学生っぽい謎のキャラでした。

「ピスタチオ」


「不思議っ子ちゃん」



ここらへん、「あー!ツッコミたい!」って思っちゃう人も多いのでは。

わたしは時々空気読めないツッコミをしてしまい、場を凍らせてしまうことがあります。

今さら「YES」について

雑記
11 /05 2007
本屋で働いていて思うことの一つに、本当にびっくりするぐらい

色んなジャンルの雑誌やら本やらがあるってことがある。

特に「ホビー」関連では、かなりマニアックなラインナップが多い。

オタクとかマニアの類でも、ちゃんと市場として成り立っていることは

理解できるものと、本当に「これ誰が買うの??」ってものがある。

例えば、美少女アニメとか鉄道マニアの雑誌とか、ここらへんは

確かに少なからずファンがいるんだろうな~って思う。

メディアでも散々取上げられてるし、まあ身近にもいるし。

ところがRCカーとか、アマチュア無線の専門誌を見かけると

こういう雑誌が市場として成り立っていることにちょっとびっくりする。

(「マニア」の皆さんごめんなさい・・・・)

わたしは別に「マニア」や「オタク」が嫌いじゃない。

夢中になれるものがあるのは素敵なこと。

わたしもマドンナオタクと言われても嫌じゃないしね。

(が、うれしくもない。わたしは「マドンナ信者」と呼ばれたいから)

ただ、他人の好きなものを同じように好きになるのはけっこう難しい。

特に、RCカーなんかは「お金かかるのにようやるなあ・・・・」とか

どうしても先に思ってしまう。

その人が熱中していれば熱中しているほど「理解できないな・・・・」って周囲は思う。

まあ、これはお互い様。

わたしもマドンナのコンサートに1万4千円をつぎ込んだだけで、

「貧乏なくせにようやるねえ」と言われた。

(しかしアリーナ席5万を捻出できなかったのは無念。やはり「信者」とはいえないね・・・・まだ)


話がそれたけれど、世の中には毎月雑誌を買うほどの色んな「マニア」が

本当にたくさんいるっていうことに驚いているわたしだ。

ただ、そんだけ色んなマニアックな雑誌がある中で、やはりゲイ雑誌が

いまいちジャンルとして確立していないのも不思議だなって思う。

もちろん「BAdi」とか、今は亡き「薔薇族」や「さぶ」みたいな雑誌は

今までずいぶんあったんだけれど、どれも「エロ本」っていう要素が強い。

エロ本にカルチャーとかライフスタイルとか、色んなものが混ざり合っている。

これはおもしろい反面、厄介だなって思うこともある。

まず、家に普通に置いておくことが出来ないし、いっつもエロを欲している

わけではないのに、否応なしにエロを見せ付けられるのも腹が立ったりするのだ。


だから、エロ本はエロ本で、カルチャーやライフスタイルは別個の雑誌が

欲しいな~ってかねがね思いつづけてきたが、2005年に「YES」が創刊された。

YES

最初、この雑誌の創刊をすなおによろこんでいたわたしだけど、

何度か買いつづけているうちに違和感の方が強くなってきた。

まず、エロ抜きなのはいいと思う。家族に見られても問題なし。

大手の出版社から出ているのもよし。

カルチャーやファッション記事がすごくおしゃれで、ラガーシャツや

ハーフパンツで髭面のマッチョの、日本のゲイ特有のルックスの人が出てこなくて安心してた。

・・・・・でも、実はそこに違和感の最大の原因があったんだけど。


洋服のグラビアなんかは、ファッション誌なみにかっこよかった。

でも、高額すぎた。

若い男の子が好きな「FINEBOYS」とか「Smart」みたいなファッションでもなく、

時間やお金に余裕のあるオトナが好きそうなお洋服の数々・・・・。

お、いいな~っていうレベルでは決してなかった。

憧れるっていうより、ちょっと雲の上すぎて、どうせ自分には関係ない・・・・。

何だかそんなことを感じさせてしまう雰囲気だった。

欧米のスタイリッシュなゲイたちのイメージを、そのまま日本に持ち込んだような

雑誌作りだったんだと思うけど、日本のゲイの多くはあんな感じではないと思う。

(もちろん、欧米のゲイたちもみんなおしゃれでスタイリッシュじゃないと思う)


ちなみに「YES」はゲイ雑誌っていうよりはLGBT(Lesbian, Gay, Bisexual,TranceSexual)雑誌だったんだけど、

記事の大半はゲイにフォーカスした内容が多くて、ゲイとしてはうれしいが

ビアンやバイの人はどう思ってたんだろう?

多少薄っぺらい内容になっても、もっと色んなセクシャリティの人に

ついて取上げて欲しかった・・・・って思う。

まあ、そうじゃなくても薄っぺらい内容だったって人もいるみたいだが。


そして「YES」はいつのまにか休刊していた・・・・。

残念だけど、「やっぱりねえ・・・・」って気持ちもある。


・・・・そんなわけで、色んな意味で現実にフィットしていなかった「YES」だけど、

わたしはやはり同じような雑誌が欲しい。

いつか、もう少し下世話でもいいから同じような楽しい雑誌を作ってくれたらいいな・・・・って思う。

素顔のままで

雑記
11 /05 2007
今日はFC2ブログの調子が悪いようだ。

以前もこんなことがあって、せっかく書いた長文が消えてしまったことがある。

オイコラ!何やっとんじゃFc2!!しばくどぉぉぉぉぉ!!

と、叫びたくなるのはやまやまなんだけど、こういう時に発揮されるのが

わたし特有のポジティブシンキング。


「あの記事は・・・・投稿しなくてよかったんだろうな」


こういう風に思うようにしている。

これはポジティブシンキングっていうよりは・・・・ただの合理化。

もっといえば一種の自慰行為みたいなもんだ。

満足いかない結果を、「これでよかったんだ」と負け惜しみしているに過ぎない。


イソップ童話の「きつねとぶどう」では、おいしそうなぶどうを見つけたきつねが、

必死になってぶどうを取ろうとするんだけど、結局取れなくて最後こう捨て台詞をはく。

「あんなすっぱいぶどう・・・・!!食べなくてよかった!!」


ほんと・・・・。まんまこれですわ。

わたしの口癖なんだけど「そうでも思わないとやってられない」がある。

人に「大変そうだねえ・・・・」なんて言われると、

無理やり「うーん大変だけど、でも今の経験が・・・・・・・・・」と

いかにもプラス思考で、現状にへこたれてませんよ~というアピールをしてしまう。

そんなわたしに「前向きだねえ・・・・」と、みんな褒めてるんだか呆れてるんだか。

最後にボソッとつぶやいちゃう。

「そうでも思わんと・・・・やっとられんがな」

相手には聞こえていないことを願いたい。


以前も書いたけど、妙に後ろ向き思考の友人がいる。

わたしはその人に対してかなりイライラすることが多い。

いつも同じことで悩んでいるし、悩まなくてもいいことで悩んでるし、

もっというと・・・・楽しそうに人に悩みを打ち明けている。

何かアドバイスをしても、すぐに「でもな~、けどな~」。


聞いてる方がどんな気持ちか、お前さんにゃわからんのか?


「わたしだったら、納得出来んでも『そっかあ、なるほどね』ぐらい言う。

 それが礼儀・・・・っていうか気を使ってるからそうなっちゃう」


ある友人にそう打ち明けた。

「あの子はおかしいよ。そもそも、わたしだったら意地でも建設的な意見を述べるのにな。

 挙句の果てにあたし能天気だってさ。心配かけちゃ悪いって気持ちわかんないのかね。」


そう言うわたしに、友人は言った。

「心配かけちゃ悪い・・・・じゃなくて、心配かけちゃかっこ悪いんじゃない?

 単にあんたのプライドの高さゆえよ」。


はい、そのとおりご名答。

結局ただ単にプライドが高いだけだ。

そのプライドを保つために、変に前向きなふりしたり、がんばってるふりしてるだけです。

でも、いつもマイナス思考をする人も、結局はその人なりのプライドなんだと思う。

「わたしはいつも苦しんでて、人一倍悩み多き人生をおくっているの」

っていう、悲劇のヒロイン的なカッコよさに満足しているだけ。

でも土壇場になって力を発揮できるのはこういうタイプの人かも。


そうじゃなくてさ。そうじゃなくて、本当に心から素直になりたいんだよ。

自虐的になるでもなく、空元気で作り笑顔をするでもなく、

心から弱音を吐いたり、元気で前向きになれるような・・・・。


・・・・そんな風になれたら、誰か一人の前でもいいから・・・・。

ありのままの自分でいられる場所、いさせてくれる人。

今は本気で欲しい。

うれしい

雑記
11 /01 2007
「かわいい」なんて言われたの何年ぶりだろう♪

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


リンクフリー、トラックバックやコメント大歓迎です。