夏の大イベント終了

雑記
07 /30 2006
一昨日、昨日と採用試験を受けてきました。


今年は昨年より採用数が減らされた上に、受験者数が増加して

10数年ぶりの高倍率になってしまったんです。

新聞でこのことを知ったときはさすがに愕然としましたが、

だからといって逃げるわけにはいかない、力の限りがんばろう!

と、半ば悲壮の覚悟でがんばったのですが、やはり難しいですね。

結果は今年も期待できないかなあ、という感じです。

それでも昨年よりはいい結果を残せそうな気もします。


まあ、来年こそはという感じですね。

東京アカデミーの通信教育を受けてみようかな、とも考えています。

さすがに独学では厳しいものがありますから。


ところで、これでかれこれ3回目の受験になるんですが、

だんだん知り合いが増えてきます。

昨年面接で一緒になった人。

高校や大学の友達や先輩後輩。

昨年研修で知り合った人、前任校で一緒だった人。

知り合いの知り合い。


やはり同じ道を目指すもの同士、不思議な親近感があります。

そういった人たちの多くは、昨年の私と同様講師をしている人が多いのですが

話をするといい刺激が得られます。

やっぱり教員っていいな、教育に関る仕事がしたいな、と思ったわけです。


昨年一年間の経験で、理想と現実の間には大きな隔たりがあることも、

あるいは色々嫌な面があることも見えてきました。

いい加減嫌気がさすような場面もありました。


それでも、やはり諦める気持ちにはなれなかったんです。

本当にしたいことに変わりはない。

一人で勉強していると、モチベーション下がるときもあったけれど

色々人と話したことで、自分の気持ちを再認識できた気がします。


よし!がんばるぞ!!


って、まだ一次の結果もまだ出ていないというのに…。(苦笑)

水羊羹


写真は水羊羹です。

作ってみました。

寒天とあんこがあれば出来る簡単なおやつですが、

低カロリーでダイエットにも良いようですよ。
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ムッカー!!

雑記
07 /26 2006
ちょっとムカムカしてしまいました。

誰にムカついたかというとお医者さんに対してです。

肝臓がやばい状態だというのは先日の記事で書きましたが、

それで専門のお医者さんの診察を受けることを奨められました。

昨日は紹介状を持って、そのお医者さんのところへ行ったのです。


再検査してみた結果、数値は決していいものではないにせよ、

びっくりするほど悪いというほどでもなかったんです。

少しだけほっとしましたが、その専門医の先生が非常に感じの悪い人で…。


「何?どんぶり一杯でもご飯食べてるわけ?」

「ラーメン屋行ったらラーメンだけじゃなくて、炒飯やギョウザもたのんでるんじゃないの?」

「とにかく普通の人と同じ分量だけ食べてくださいね。」


私、そんな普段たくさん食べているわけではないのに…。

一人暮らしの時は、コンビニ弁当やら冷凍食品やらが中心で

確かに不健康な食生活だったとは思いますし、お酒なんかもたくさん飲んでました。

でも、今はわりときちんとしたものをきちんとした分量食べていると思います。

私の体を案じているのはむしろ母の方で、食事には色々気を使ってくれているんです。

朝食抜きで、コンビニ弁当だった今までに比べると4月以降は内臓の調子も

よくなっていると思うんですが…。

体重が減らなかった要因の一つは、無職で家にいたことだと思います。

ほとんど実家の2階にこもって勉強してばかりだったんだから、そりゃ痩せるわけないでしょう。

バイト始めたんだし、改善する可能性もあるんじゃないでしょうか。


とにかく、あまり患者の話を聞かないで、決めつけてかかった口調に腹が立ちました。

それこそ生活習慣病っていうなら、もう少し生活全般を見て欲しいものです。


そして最後は、

「(紹介してくれた)○○先生に、これからも診察受けてくださいね。」


・・・・・・。

はぁ、私もその方がいいですよ・・・。

でも・・・、専門の先生なんでしょ?

大して役にも立たないことばっかりおっしゃって、最後はこれですか。


まあいい、お医者さんはどうであれ、大事なのは自分の体ですから。

帰りに本屋で食事療法の本を何冊か買って帰りました。

母と二人、二人三脚でがんばらねば。

ウォーキングも再開してがんばろう。

塾のバイト

雑記
07 /22 2006
今日から塾のバイトを始めました。

そろそろ失業保険も切れるので、いい時期に決まりました。

正直ほっとしています。

やはり、人間働かないでいられるのには限界があるんだなって感じました。

あとは来週の採用試験で、少しでもいい結果を残すことですね。


さて、そのバイト先に高校の同級生が勤めていました。

その子も、どうやら3月までは高校で講師をしていたようです。

今年度は首を切られた講師の先生方が多いというのは聞いていましたが、

やはり教員自体の採用枠も、講師の採用も減らされているみたいですね。

こりゃ、採用されるのも長期戦だなあ・・・。


ところで、同じクラスになったことはないとはいっても

やはり同じ学校で同じ学年なのだから、やはり見覚えがあるのが同級生。

私は彼女を見た瞬間、名前は出てこなかったけれど

「あ、あの人だ。」

という感じはありました。

ところが、向こうは全く誰だかわからなかったみたい。

私が極端に影が薄い存在だった、ということも考えられますが

彼女が気付かないのも仕方ない理由があるんですよ。




それは・・・




私が高校卒業して以来、20キロも太ってしまったこと!!!


高校時代は166センチで50キロ台前半で、どっちかっていうと

ほっそりした人っていう風に思われていたようです。

今では完全にぽっちゃり体型になってしまいました。

大学の後半でとてつもなく体重が増えだしたんですが、

昨年には心労がたたって60キロ台半ばまで体重が落ちていました。

無職生活のためか、マックスに太っていた頃と同じぐらいです。


いかんいかん。

折りしも病院で検査を受けたのですが・・・

肝臓がやばいという診断を受けたんです。

非常にやばい数値が出ました。

どれだけやばいかというと、




数値を見た看護師さんが、絶句したほどです。


と、いうわけでダイエットを決意いたしました。(本当は今までもしていたんだけど。)

定期的にダイエットの成果なども報告できれば、と思います。

バンザーイ!!

マドンナ
07 /18 2006
ちけっと


何がうれしいかというと…。




マドンナの来日コンサートの、追加公演のチケットが…




無事にとれました!!!!!




最高に幸せな気分です!バンザーイ!!!



ちなみにYouTubeで見つけました。2004年のツアーです。

Madonna Vogue


もしこれを見て興味をもった方がいらっしゃったら、まだ追加公演のチケットは


あまりがあるみたいです。よかったら一緒に行きませんか?

淡谷のり子リスペクト

雑記
07 /16 2006
淡谷のり子


淡谷のり子ときいてイメージするのは、どんな女性でしょうか。

いつもテレビで人のことを辛口批評しているおっかないおばあさん。

私たちの世代にはそういう印象が強い。


ブルーのアイシャドウに真っ赤なルージュ。

それを気持ち悪いという人もいる。


でも、あれには彼女の戦いの歴史があった。


戦争中。

「ぜいたくは敵だ。」

というスローガンのもと、パーマも化粧もドレスも

禁止されていった。

女性歌手はもんぺをはき、化粧をやめて軍歌を歌った。


「化粧は歌手の戦闘準備よ。ぜいたくなんかじゃないわ。」

アメリカのブルースを意識した彼女の歌は禁止されてしまったけれど、

化粧やマニキュアをやめることはなかったという。


戦争中はコンサートよりも、軍隊の慰問公演が多かったという。

「明日をも知れない人たちの前でもんぺ姿で歌えない。」

彼女は精一杯おしゃれをして歌い、処分されるのを覚悟で

禁止された歌を歌った。

彼女の歌をきいて兵士たちは涙を流したという。


そんなプロ意識の高い彼女だったけれど、

一度だけそれが崩れたことがある。

それは、特攻隊の少年達の前で歌ったときだ。

17,8の少年達が、彼女の歌の最中に席を立って礼をして出て行く。

それは行きの燃料だけを積んだ帰ることのない

旅への門出だった。

ステージの上では泣かない。それがプロ。

そう思っていた彼女だけれど、心の中からこみ上げてくる

悲しみに耐えることは出来なかった。

思わず涙をこぼしてしまったという。


多くの人が抗うことが出来なかった戦争。

それに必死で立ち向かって、歌手として女性として

自分を通しつづけた淡谷のり子。

尊敬せずにいられない女性の一人だ。

偽善者と偽悪者

雑記
07 /14 2006
偽善
「うわべをいかにも善人らしく見せかけること。また、そういう行為。」

偽悪
「わざと悪を装うこと。」



この世の中には偽善者もいれば、偽悪者もいる。

奈良の放火殺人事件の犯人とされる少年に、

「処遇の配慮をしてやってくれ。」という旨の嘆願書を書いた保護者たち。

私には彼らはひどい偽善者に思えた。


偽善者の偽善というのは、明らかに見え透いているものと、

何かの拍子に露呈してしまうものと二つに分かれるだろう。

上記の例などは明らかに前者だったけれど。


偽悪というものは非常にわかりにくい。

いつも悪いことをしている人が、ほんの少しでもいい側面を見せてくれたら、

「ああ、この人は本当はいい人なんだ。悪ぶっているだけなんだ。」

そういう風に感じてしまうから。


偽善者と偽悪者、あなたはどちらが嫌ですか。


そんな質問をしてみたら、みんなどう答えるのかな。


おそらく偽善者を嫌う人のほうが多いだろう。

本当は嫌なやつの善人面ほど、腹がたつものはないもの。


でも偽悪者たちだって、本質にいい部分を持っているとしても

それがいい人間だってこととは限らない。

心の中にある優しさをナイフで隠していたとしても、

そのナイフで人を傷つけたら、それはやはり悪だと思う。


偽善者と偽悪者は表裏一体だ。

人間の弱さが作り出したもの。

偽りの善も、偽りの悪も、それは人を傷つける。


うわべに騙されるな。


人間には善も悪もある。


自分の中にある善を恥じてはいけない。

自分の中にある悪を無視してはいけない。


善を貫き通し、悪としっかり向き合うことで

葛藤しながら人は大きく、深くなることができる。

廃墟

雑記
07 /11 2006
廃墟


街外れの田園地帯の真中にある廃墟。

一体この店がなぜ潰れたのか、ということより

なぜこんなところにカラオケボックスを建てたのか、が気になります。


街の中にあるわけでもなく、国道ぞいにあるわけでもない。

今でこそバイパスの出口が近くにあるけれど、

昔は本当になにもないところでした。

山沿いのたんぼのど真ん中に建てて、お客さんが来るのかなあ…。

ちなみにバイパスが開通した頃には潰れていました。


時々こういう「廃墟」を見かけます。

山沿いの道にひっそりと建っているラブホテルなんかが多いです。

潰れて朽ち果てていくのに、外観が往時の華やかさを残しているせいか、

なんとも哀愁をさそいますね。

物悲しく、哀愁に満ちているのに、どこか美しい。


廃墟がブームになるのも何となくわかりますね。


それにしてもこのカラオケボックスの跡は、

5年後10年後にどう変わっているんだろう。

このままにしておくのも何だかもったいないですよね。

嗚呼、無念なり

マドンナ
07 /09 2006
何が無念といって・・・











これしかないでしょう…










マドンナのコンサートチケット…










取れなかったんです…!




それにしても、20分で売り切れなんてね。

5万円の席も全て完売してしまったようですし、

さすがマドンナ。

追加公演の日程も発表されました。

まだ諦めません。

誕生日

雑記
07 /07 2006
昨日、7月6日は元彼の誕生日でした。

別れたとはいっても、ちゃんとお祝いしてあげたいと思っていたんですが、

朝一番でメールをするのを忘れてしまい、

結局かなり遅れてメールをして、それで終わり。


我ながらそっけない…。


数年前は何日も前からプレゼントを用意して、

心待ちにしていた一大イベントだったというのに。

それでも、別れたのにも関らずメール送ったり、

お祝い出来るのはうれしいことだって思います。

全く連絡を絶ってしまうカップルだっているわけだしね。


このブログにこうやって、自然と彼のことを書いているのも

それなりにまだ自分の中で大きな存在なのかな、とも思うんです。

恋愛という感情はないにせよ、やはり5年近く、一番身近な存在だったわけですし。


彼と別れてから、何人かとの出会いもあり、

正直今気になる、というか好きになりつつある人もいます。

色々な葛藤もあって、あまり具体的にストレートに書くことはなかったんですが。

その彼は年下でもあるし、正直カッコいいです。

礼儀正しい、優しいいい感じの人なんですが、だからこそちょっと恋に落ちるのは

ちょっと躊躇してしまうんですよね。


付き合うとなると、わがままも言うだろう。傷つけることもあるだろう。

こんな素敵で優しい彼のことは傷つけたくない。

深入りしたら彼の嫌な部分も見てしまうだろう。


そんな思いが重なって、彼への気持ちは封印しようと心に決めました。

それに、彼は恋人いらない主義だと言っていました。

そういう人に気持ちをぶつけても、嫌われるだけですから。

こんな自分に対して、「イケてないよなあ。」と思う自分もいるのですが、

まだまだ新しい恋に踏み切る余裕はありません。


もっと軽い気持ちで恋愛出来ればいいんだろうけど、

あまりに元彼と深く関りすぎてしまったために、それが出来ないんですよね。

岡田有希子さんのこと②

雑記
07 /05 2006
岡田有希子



第一志望だった向陽高校ですが、在籍していたのはわずか一学期の間でした。

その間にサッカー部のマネージャーなどもやっていたそうです。

8月に上京し、その後堀越学園に転校。

ちなみに所属事務所は、当時松田聖子や早見優なども在籍していた

サンミュージックでした。


1984年4月、シングル「ファースト・デイト」でデビューします。

これは竹内まりやのプロデュースした曲で、

初めてデートに誘われた女の子のドキドキ感を歌った歌です。

ちなみに有希子本人の初めてのデートは中学2年の時だったようです。

その後、同じ竹内まりやの曲「Dreaming Girl 恋、はじめまして」という曲で

その年の新人賞を総なめします。

この頃は歌唱力もまだまだで、ちょっとぎこちない印象がありました。


翌85年、「二人だけのセレモニー」、「Summer Beach」などをリリースしていきます。

竹内まりやから、尾崎亜美、松任谷正隆などにプロデュースがうつっていくのですが、

これだけのビッグネームを起用してもらえるあたり、

非常に期待されていたことがわかりますね。


その後、デビュー作に引き続いて竹内まりやを起用した「哀しい予感」。

ムーンライダーズのかしぶち哲郎による「Love Fair」などをリリース。

この時期の曲を聴くと、歌唱力がぐんぐんと上がっていることがわかります。

「哀しい予感」では失恋や別れを歌っており、「Love Fair」ではどこか

エロティックな匂いを感じさせる歌詞がふくまれています。

この時期には連続ドラマへの主演も果たし、歌手以外の活動にも

積極的に進出していきました。


そして86年、彼女にとって最大のヒット曲となる「くちびるNetwork」。

これは作詞が事務所の先輩でもあり、神田正輝との結婚で話題になっていた松田聖子、

作曲は坂本龍一という、超ビッグコンビでした。

化粧品のタイアップもついており、ついに念願かなって一位を獲得することが出来ました。


「ポスト聖子」の呼び声も高く、まさにこれからスーパースターへと

駆け上ろうとする最中のその年の4月8日、この世を去ってしまいました。

5月には新曲の発売も予定されていました。


さて、岡田有希子さんの芸能人としての活動を私なりにまとめてみましたが、

言葉であれこれ説明するよりは実際に映像などで彼女を見たほうがいいですよね。

YouTubeで「岡田有希子」検索してみました。←クリックして下さい。

とても可愛らしい人だということがわかりますね。


「ユッコスマイル」と呼ばれた非常に愛らしい笑顔。

透きとおった美しい声。

そしてセクシーでグラマラスなボディ。


当時多くの人を魅了してやまなかったものですが、それ以上に彼女の

知性や教養などといった魅力を感じることが出来ます。

もういなくなってしまった人ですが、死後もなお人を惹きつけ、

これからも多くの人の記憶の中に残りつづけることでしょう。

岡田有希子さんのこと

雑記
07 /04 2006
このスペースにどんな検索ワードで入ってくる人が多いんだろう?

と、思ってよく調べるのですが、

最近増えた検索ワードが、「岡田有希子」さんに関することでした。

6月8日の「こんな人に会いたい」という記事で

有希子さんのことを取り扱ったからですが、

しかし、「岡田有希子」とともに検索されている言葉は

何ともむごたらしいというか、例の事件のことを調べようとする言葉ばかりでした。

私も記事の中でそういう言葉を使ってしまったのが悪いのですが、

やはり彼女といえば、あの悲しい事件のことばかりに注目されているのでしょうか。

もう少し、彼女の生前の活動に興味を持って欲しいものです。


そういうわけで、私なりに知っている有希子さんのことを書こうと思いました。

リアルタイムで知っている世代でもなく、CDも持っていないのですが

有希子さんの素晴らしさに魅せられつつある人間として、私なりに

彼女の素晴らしさを表現してみたいと思います。


岡田有希子さん、本名佐藤佳代さんは昭和42年8月22日、愛知県一宮市に生れました。

その後名古屋に引っ越し、上京するまでは名古屋に住んでいました。

小さい頃から絵を描くのが得意で、ずば抜けた才能をもっていたようです。

本を読むのが好きな文学少女でもあり、成績もトップクラスでした。

歌手を志したのは中学生の頃だったようで、

中学3年生のときに「スター誕生」の予選に応募し、合格しました。

ところが、いよいよ決戦大会に出場しようとしたところ、

ご両親から猛反対をうけました。

何としてでも出場したい有希子さんは、部屋に閉じこもってハンガーストライキを決行します。

さすがのご両親も折れ、有希子さんにみっつの条件を課し、それをクリアしたら決戦大会に

出場することを許可すると約束されました。その条件とは、

・学校のテストで学年で1番になること。


・中部統一模擬試験で、学内5番以内をとること。


・第一志望校の向陽高校に合格すること。



もともと成績がよかったとはいえ、学年1位の成績はかなり難しい条件ですよね。



ご両親も、無理だと思って課した条件だったようです。





しかし…、彼女は猛勉強の末に、それらを全てクリアしてしまったのです!



まだ幼い少女が、これだけの努力をするというのはよほどの強い意志がなくては無理です。





そして昭和58年3月、「スター誕生」の決戦大会、グランプリへ輝きました。



向陽高校へ入学するも、一学期で退学し上京。



彼女のスターへの道のりが始まりました。





続きは次回へ。

カレーライス

雑記
07 /01 2006
7月になりましたね。



採用試験までついにひと月を切ってしまいました。



緊張だな。。。





さて、今日のお昼ご飯はカレーでした。



子どもも大人も大好きで、国民食とでもいうべきメニューです。



しかし、一人暮らしを一度でも経験された方なら、



特に男性の場合、ちょっと違う感想もあるんじゃないか、って思います。





結構これやってた人多いんじゃないかな?



大きな鍋にどっさりカレー。それでしばらく食いつなぐ。



私は特に一人暮らし初期にこれやってました。



その後本格的に面倒になり、冷凍食品や安売りお惣菜生活になりましたが。





調理は簡単だし、わりと飽きのこないものなので



面倒くさがりにはもってこいの料理です。



最初の頃は小麦粉やらバターやらでホワイトソースなんかを



作ったりするぐらい料理大好きを気取っていましたが、



そんなものは数日で終わってしまい、あとはカレーやらシチューやら



スパゲッティやら、いわゆる手抜きメニュー生活でした。





ところで、こういう食生活をしていた人にならわかっていただけると思いますが…。



数日経ったカレー、結構悲惨なものになってることも多いんですよね。



野菜はすべてどろどろにとけてしまい、肉はなくなり、わずかに残った肉の切れ端が



ぷかぷかと浮いている状態。



そしてこの頃になると、さすがにカレーに飽き飽きしています。





でも、だからといって残ったカレーを捨てるようなことは出来ませんし、



今さら何かを作る気にもなれない。



で、思いつくのがこの中に何か入れてみようという試み。



色々なものを入れましたね。



ギョウザ、豆腐、シーチキン、焼き豚、はんぺん、とんかつ。



これらは比較的うまくいったものです。



とてもじゃないけど、思い出すとおぞましい気分になり、



書くのをためらうようなものもありました。





それにしても、フルーツカレーとかおいしいけど、



最初にカレーに果物をいれることを思いついた人は、



一体何を思ったのでしょうね。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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