たまには元教師らしく

シリアス
07 /29 2017

少し前の記事になるが、以下の記事を引用したい。


安倍政権のLGBT差別教育は相変わらず...「異性への関心」指導要領の改訂を拒否、文科相は"LGBTは科学的に認められてない"


リテラ2017年5月6日 18時00分


 国内最大の性的マイノリティへの理解を深めるためのイベント「東京レインボープライド2017」が、今年も東京・代々木公園などで開催されている。このイベントは、〈性的指向や性自認のいかんにかかわらず、差別や偏見にさらされることなく、より自分らしく、各個人が幸せを追求していくことができる社会の実現を目指す〉ものだが、一方、安倍政権の政治家たちの間ではいまだ差別や偏見が蔓延っている。



 それを象徴するのが、今年改訂された教育指導要領だ。これまでの小学校の学習指導要領では、思春期の変化として〈異性への関心が芽生える〉ことが〈だれにでも起こる,大人の体に近づく現象〉として理解できるようにすると記述。中学校学習指導要領(保健体育)でも〈異性への関心が高まったりする〉と書かれていた。そこで、今回の改訂にあたって、この記述をなくして性的マイノリティについて盛り込むことを求めるパブリックコメントが数多く寄せられていた。



 だが、文科省は「LGBTを指導内容として扱うのは、保護者や国民の理解などを考慮すると難しい」として却下。新学習指導要領でもこうした記述が残ってしまったのだ。



 2017年度の高校教科書の一部では、はじめて「LGBT」という言葉が登場したが、このように小学校から「異性愛が普通」と教えていては、多様な性への理解を深めることは難しい。文科省は昨年、性的マイノリティである児童・生徒への教職員の対応を手引きとして発行したが、まずは授業内で多様な性のかたちがあることを周知することのほうが先決だろう。



 しかも、この文科省の判断に輪をかけて酷いのが、担当大臣である松野博一文科相の認識だ。4月24日に開かれた衆院決算行政監視委員会では、民進党の西村智奈美議員がこの学習指導要領改訂の問題を取り上げ、学習指導要領にLGBTに関する内容を盛り込むことを求めたのだが、このときの松野文科相の答弁は、唖然とさせられるものだった。



「LGBTに対する科学的な知見が確立していないということがございます。それがなかなか授業において先生方が合理的な説明の元に進められない、問題があるかと思います」



 LGBTの科学的知見が確立していないから授業では取り上げるのは問題がある──。この答弁に対して、西村議員は「性的指向、性自認にかかる悩みをもっている子どもたちは、そうではない子どもたちに比べると自殺のリスクが6倍高いとも言われている。そうしたなかでほんとうに科学的知見が確立していないということが学校でこのことに言及しない理由になりえるのか」と反論したが、まさにその通りだろう。



 たとえば同性愛の場合、先天的なものなのか後天的なものなのかという研究においても、科学的にははっきりとした答えはまだない状態だ。しかし、そうした「科学的知見」は、性的マイノリティの権利を認める上で必要なものではない。性的指向や性自認について学び、性にはさまざまなかたちがあることを知る。そうして多様性を認めることができる教育が求められているはずだ。



 だが、松野文科相は、教育現場において性的マイノリティの理解を深めることの重要性など考えていないのだろう。



 だいたい「科学的知見が確立されていない」というなら、文科省がつくった小学校高学年用の道徳教材「私たちの道徳」に、まったく科学的根拠や史料的裏付けのない「江戸しぐさ」を載せたのはどう説明するのか。



 結局、安倍政権は平等や人権、多様性などの教育を否定して、戦前的価値観を復活したいだけなのである。



 実際、松野文科相は教育勅語については「教材として用いることは問題としない」と発言している。教育勅語はそもそも家父長制、男尊女卑を前提にしたもので、男は男、女は女という性別によって役割が固定されている。当然、性的マイノリティは排除された世界のものであって、こんなシロモノをいま「問題なし」と言うのである。松野文科相は日本会議国会議員懇談会のメンバーだが、「LGBTについて授業でふれることはアウト、教育勅語は無論OK」という極右的価値観でものをいっているにすぎない。



 いや、これは松野文科相だけではなく、安倍政権を覆う認識だ。昨年の参院選の公約で〈社会全体が多様性を受け入れていく環境を目指します〉などと表向きはLGBTフレンドリーを装ったが、内実はまったく違う。



 事実、現行憲法では家族のなかでの個人の尊重が謳われている24条を、自民党の憲法改正草案では〈家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない〉としている。ここで自民党がいう「家族」とは夫がいて妻がいて子どもがいるという、何かと極右が口にする「伝統的な家族」であり、「個人よりも家族」という考え方といい、真っ向から多様性を否定する内容だ。



 そうした考えを裏付けるように、2015年3月に開かれた自民党の「家族の絆を守る特命委員会」の会合では、渋谷区の同性パートナーシップ条例に対して疑義が呈されただけでなく、複数の議員が同性愛について「考えるだけでぞっとする」などと発言し、しかも場内には笑いが起きたという(朝日新聞2016年11月20日付)。



 昨年、「レインボープライド」の会場を視察に訪れた稲田朋美防衛相(当時は自民党政調会長)は、「私自身は男らしさとか女らしさということを言ったことは今まで一度もない」と嘯いたが、本サイトではいかに稲田氏が性別による押し付けを肯定する発言をし、さらには"男女は支配者/被支配者の関係であるべき""異性愛を中心とする法律婚を守ることが重要で、同性婚は法的に認めてはならない"とする主張を行ってきたかを紹介した。



 今年も、このイベントが性の多様性について多くの人が理解を深めるきっかけになってほしいと願うが、同時に、そうした動きに対して足を引っ張るどころか、性にもとづく差別や偏見を助長し、個人の権利を認めない安倍政権の実態にもNOと言っておきたい。

(編集部)   


「一体いつになったら、自然と異性に惹かれるようになるんだろうか?」

10代の頃、既に同性に強い性的な感心と、淡い恋愛感情を抱きつつ、いつかは異性を愛するようになるのだと、漠然と思っていた部分はあった。

ネットの普及もまだで、社会全体の同性愛に対する理解も不十分な時代だった。

性教育の必要性が語られていて、小中学校でも性教育の授業はあったのだけれど、「異性に対して性的に惹かれるのは自然なこと」という言葉は、本の中にもあったし、教師の口からも聞かれた。

「同性に惹かれたり、性に関心がないのも自然なこと」という言葉に巡りあうことはなかった。

20年以上経った今となっては、まあ時代のせいだよなぁとは思える。

わたし自身はどちらかというとあっけらかんとした性格だったこともあって、同世代のゲイに比べたらそれほど深刻に悩んでいたわけでもなさそうなのだが、それでも「自分は何かヤバい病気なんじゃないか」という不安も少なからず感じていた。

若い世代のLGBTsと実際に話をしたり、ブログやTwitterなどを見ると、さすがにわたしの世代よりは情報に恵まれている。

インターネットやテレビの情報だけでなく、図書館などである程度きちんと解説した本に出会った人もいる。

それでも、学校で教えてもらったという話はあまり聞かない。

先進的な学校や先生方が触れていた例はたくさんあって、アクティビスト団体が学校向けに講演会も行っている。

身近な例だと、地元のLGBTsサークルも数年前から、学校で生徒さんたちや教職員に向けて講演会や研修も行っている。

おそらくは全国的にじわじわと広がりつつある流れなのだろうけれど、ただ全体で見ると、残念ながらまだ「一部」というレベルではないかと思う。

かなり前のことになるが、わたし自身の経験も書いておきたい。

2005年に高校の常勤講師をしていた頃、配属先の高校がMtFトランスジェンダーの講師を招いて性教育講演会をしていることかあった。

あくまで性教育講演会であり、セクシュアリティに関する内容でもなく、「10代の性」について男女問わず抱えるであろう悩みや困りごとに関する内容だった。

ただ、講師の方がセクシュアリティに踏み込んだ話をしたことについて、教職員はおろか生徒たちからも反発があった。

言葉は悪いのだけど、何の予備知識もない生徒たちからしたら「いきなり変態が学校に来て、下ネタを話に来た」という認識だったのだろう。

性自認や性指向といった話をすることは、これほどまでに難しいのかと23歳の駆け出し教員だったわたしは思い知らされることになった。

さすがに当時からしたら10年以上経っているし、特に数年前からのLGBTブームは様々な問題をはらみつつも、世間の認識に大きな影響を与えていると思う。

社会は確実に変化してきているだろう。というより、そう願わずにはいられない。

ただ、そういう人々の取り組みや積み重ねも、激しいバックラッシュが起きてしまうと、一気に叩き潰されてしまう。

今回、指導要領に反映されず、「異性に惹かれるのは自然なこと」と書かれてしまったことは、やはり痛恨の極みであると感じる。

次回の改訂には必ず盛り込まれるようにする運動も大切だろうし、また、今の指導要領で学ぶ子どもたち、2020年以降の指導要領で学ぶ子どもたちにどう伝えていくかも課題になる。

最後に学校現場を経験したわたしの個人的な感想なのだが、仮に次回の改訂で多様な性について指導要領に盛り込まれ、2030年代から施行されたとしても、それがゴールではないと思う。

教職員に対して理解を深め、意識の変革を求めるのはかなり難しいことだからだ。

これは教育現場に限らず、おそらくはどの業界にもいえることなのだろうが、基本的に変化を嫌い恐れ、慣例的に行われてきたことを変えることに抵抗を示す人は多い。

これまでいくつかの仕事を経験してきたが、教師は特にその傾向が強いように感じられる。

年配の先生方に限らず、若い先生方も、「自分たちが受けてきた教育」を子どもたちにすることがよいことだと信じて疑わない人が少なくない。

いざ指導要領が変わっても、現場で軽んじられてしまったらどうしようもない。

課題は山積みだ。

でも、「少しでも次の世代にとって生きやすい世の中になるように」っていう気持ちだけは保ちつづけたいよね。

何も変わらない世の中なんて、面白くないから。

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あなたには何が見えますか?

シリアス
02 /02 2016
2015年は、色んな意味で同性愛者たちには忘れられない一年になったと思う。
アメリカでの同性婚合憲判断や、渋谷区や世田谷区でのパートナー証明書発行といった(恐らくは)平等な社会への一歩となるニュースが飛び交った一方で、
年末には地位のある人たちが「同性愛は異常」と発言する、厳しい現実を突きつけられるようなニュースもあった。
いずれにせよ、ニュース番組や新聞でLGBT関連の話題を目にする機会はすごく増えた。
当事者の意識はそれぞれで、一連のニュースに対して一喜一憂する人もいれば、一歩引いて冷ややかな視点を持つ人もいた。

これは個人的なことなんだけど、わたし職場の飲み会で、二次会の席でぽろっとカムアウトしちゃったのよね。
若い男の子数名しかいなかったし、いちいち隠すの面倒くさいし。
だいいち「ホゲっぱなし」「歩くカミングアウト」の異名を持つわたしが「男に興味ない、女が好きだ」なんて白々しい。
わたしは白々しいの大嫌いなのよ。
それはともかく、やはり20代の男の子がほとんどの席だったし、あからさまにビックリ仰天したり、拒絶する人はいなかった。
「だいぶ市民権を得てきましたしね~」って言う人もいたわ。
「市民権を得た」って言葉はちょっと、いや相当引っかかるのだけど、若い世代のノンケさんはこういう感覚なのかしらね?って思ったの。
自分の周囲を「世間一般」っていったら怒られちゃいそうだけど、やはりカムアウトしたときの風当たりとか、反応はここ数年変化してきたって感じる。
若い世代になればなるほど、抵抗はないんじゃないかしら?

ただ「市民権を得てきた」といいつつ、わたしたちを取り巻く環境、法制度や公的な補償に関しては何も変わっていないし、
渋谷区や世田谷区、それに追随する自治体が発行する証明書に何の法的な拘束力はない。
携帯キャリアや生命保険の分野でも同性愛者を対称としたサービスが増えてきつつあるけど、例えばパートナーに何かあって、最悪の事態になったとしても病院の集中治療室にはいまだに入れない。
同性結婚式やLGBTビジネスに一喜一憂するのもいいけど、自分たちが本当に何を望んでいるか、欲しているのか当事者も立ち止まって考え直す段階にきてると思う。
実をいうと、LGBTビジネスに関してはわたしついていけない部分もあるのね。
とうとう代理母ビジネスまで始める人まで出てきた。
ゲイのための代理出産と卵子提供セミナー

子ども‥‥ねぇ‥‥。
わたしは子ども好きじゃないし、欲しいとか思わないし、正直代理母の人権が気になるんだけど。
これビジネスにしちゃっていいの?と思ったり。

こういう現状にいまいちついていけないのも、わたしの心が歳をとった証拠かもしれない。
このブログ読み返してみてもわかるけど、わたしは基本的にミーハーで、新しいものは何でも歓迎してきた。
10代のゲイレズビアンなんかは、わたしの世代なんかが想像すら出来なかった人生設計を既に立てているのかもね。
わたしなんかが何か言ったとしても、ババアは引っ込んでろよ!って言われるかもしれないわ。

‥‥というわけではないけれど、わたしが10代の頃、非常にショッキングな事件が起きた。
2000年の2月11日。
一人のゲイ男性が、暴行の末に殺された。

新木場 夢の島殺人事件

詳細は上記のリンクを参照して欲しい。
新木場夢の島公園は野外ハッテン場(相手を見つけ、セックスをする)として知られていた。
被害者Sさん(当時33歳)がそこを訪れ、「ホモ狩り」と称してゲイから金品を巻き上げる少年グループに暴行され、殺された。
少年たちは、「ホモは警察に届けない」という理由でゲイの男性たちをターゲットにしていた。
実際に届け出ず、金品をとられたり暴行される被害者はたくさんいたそうだ。

野外でセックスにおよぶということに対して、不快な顔をする人もいるだろうけど、昔は夜の公園といえばゲイに限らずカップルご用達だったという。
特にゲイにとっては出会いのツールも今ほど発達していなかった時代だ。
いずれにせよ恐喝されたり、暴力をふるわれるいわれなんかない。
何より被害にあったゲイが警察に届けなかったのは、野外でセックスすることの後ろめたさからではなく、ゲイであることがバレるのが怖かったからだ。
多くのゲイにとっては、絶対に知られてはいけない秘密だったのだ。

16年前の事件。
最近の出来事ととらえるか、昔のことと感じるかは年齢によると思うけど、被害にあった人たちにとってはいまだに生々しい記憶だと思う。
亡くなったSさんは33歳。
今のわたしと同じ年齢だ。
わたしがこの事件のことを知ったのは2001年だったのだけど、正直あまりSさんに共感できない部分もあった。
お互いのことをよく知らないのに、出会ってすぐにセックスしたがるゲイの慣習にまだ馴染めてなかったし、野外ハッテンなんかするからでしょ‥‥?という気持ちもあった。
それからいくつか恋もしたし、刹那的なセックスもたくさん経験して、今彼と同じ年齢になり、いつの間にか共感する部分が多くなった。
辛かったでしょう。
声が届くのなら、彼に伝えたい。
暴行されて死んだこともだけれど、彼が抱えていた抑圧の日々に対して、そう思うのだ。
ご存命なら50歳手前になっているだろう。
掲示板やアプリを利用して性生活を楽しんでいたかもしれない。
あるいはパートナーに恵まれていたかもしれない。
今でも野外ハッテンを楽しんでいたのかもしれない。
それらの可能性は全て摘み取られてしまったのだけど。

Sさん、あなたには何が見えますか?
2016年はどんな時代に見えますか?

問いかけても答えは返ってくるはずもない。
彼が背負っていた、ゲイであることの重みは過去のものなのだろうか?
レインボーフラッグがはためく今の時代だからこそ、考えるべきことはたくさんあると思う。

愛の革命 by マドンナ

シリアス
06 /29 2015
同性婚「全米州で合憲」 連邦最高裁判決、論争に決着

 米国のすべての州で同性婚が認められるかどうかが争われた訴訟で、連邦最高裁は26日、「結婚の権利がある」とする判決を言い渡した。同性カップルが結婚する権利は法の下の平等を掲げる米国の憲法で保障され、これを禁止する法律は違憲だと判断した。

 オバマ大統領は判決を受けて会見し「アメリカにとっての勝利だ」と歓迎した。米国で同性婚は2004年にマサチューセッツ州で初めて行われたが、保守派の反発が強く、その是非が激しく議論されてきた。ただ、最近は賛成の世論が急増。最高裁判決は論争を決着させる歴史的な節目であると同時に、米社会の変化を表す象徴となった。

 米国では婚姻に関する法律は原則として州が定めている。AP通信によると、同性婚は現在、36州と首都ワシントンで行われ、14州で禁止されていた。訴訟は、禁止州のカップルらが起こしていた。

 最高裁は判決で婚姻が社会の重要な基盤であり、同性カップルだけにその受益を認めないのは差別だと判断。同性カップルに、婚姻という根源的な権利の行使を認めない法律は違憲だと結論づけた。9人の判事のうち5人による多数意見で、4人は反対した。

 連邦法でも、結婚を男女の関係に限定した「結婚防衛法」が96年に制定されていたが、最高裁は13年6月に「州が同性婚を認めているにもかかわらず、国が禁止するのは違憲だ」との判決を下した。ただ、この時はどの州でも同性婚の権利があるかどうかは判断しなかった。(ニューヨーク=中井大助)

朝日新聞社




ここ数年、自分の問題として何度か「同性婚」について考えることも多かった。
「結婚制度」そのものについて、疑問に思うこともたくさんあり、同性婚が果たして自分の望むことなのだろうか?と思うことあった。

でもね、ニュースを見た瞬間、小声ではあったけど「やった!」って自然と口から出てきたのよ。
そして小さいけれどガッツポーズもしてしまった。
やっぱりうれしい。
素直にそう思う。

かつては犯罪であり、異常であり、病気だった。
(悲しいことに、いまだにそういう扱いをしている国や地域もある。差別も偏見もなくなってはいない。)
今では公的に認められる存在になった。
それは結構、わたしたちにとって大きい。

Twitterでは「#LoveWins」というハッシュタグが盛り上がっている。
「愛は勝つ」。どうしてもKANの歌を連想してしまうのだけど。笑
わたしは「人間性の勝利」だと思っている。
全ての人が自分らしく生きることが出来る社会へ、大きく前進したのではないか。

まだまだ課題は多いけれど、日本も変化しつつある。
希望は繋いでいかなきゃね。

希望の一里塚

シリアス
02 /14 2015
同性カップルに結婚相当証明書 東京・渋谷区

東京・渋谷区は、同性のカップルに「結婚に相当する関係」と認める証明書を発行する新たな条例案をまとめ、来月の区議会に提出することになりました。
区は証明書を持つカップルを結婚と同等に扱うよう区内の事業者などに求める方針で、条例が成立すれば全国でも例がないということです。

これは、渋谷区の桑原敏武区長が12日の記者会見で明らかにしたものです。
それによりますと、条例案では、同性愛や性同一性障害など、いわゆる性的マイノリティーの人たちの人権を尊重しようと、同性のカップルで区内で共同生活をしているなど一定の要件を満たした場合、区として「結婚に相当する関係」と認めて証明書を発行するとしています。
性的マイノリティーの人たちを巡っては、パートナーであっても結婚関係がないとして、行政機関での手続きが行えなかったり、手術に同意する権利が認められなかったりするなどの不利益が生じているということです。
憲法では、同性での結婚を認めておらず、証明書には法的な拘束力はありませんが、区は区内の事業者などに対して、証明書があるカップルを結婚関係と同等に扱うよう求める方針です。
区は来月の区議会に条例案を提出することにしていて、成立すれば自治体として結婚に相当する関係を認めるのは全国でも例がないということです。



まだ議会を通ったわけでもない。
パートナー法にはほど遠いし、どれだけ権利を保障されるのかもわからない。
ましてや東京都民でもないし、渋谷区民でもないから、非常に遠い世界の出来事なのだけど。
それでも、心に小さな灯りがついた瞬間だった。
小さな希望の一里塚。ここからがようやくスタートなのだ。

全否定より傷つく「あなたの味方」

シリアス
01 /08 2015
今でも時々いるけれど、同性愛を全否定したり、あからさまに嫌悪を示す人はいる。
「ホモ?気持ち悪いわ。ありえん」
「病気だろ?」
こういう反応は、32年の人生の中で何度も受けてきた。
こういう発言に傷つかないって言ったら嘘になるけれど、いちいち相手にするのもバカらしい。
そもそも知性とか教養のない人なんだな‥‥と思って、スルーしちゃう能力も身につけた。
これはこれで悲しいけどさ、どうしようもない人は一定数いるのよ。

わたしが心底、腹が立って悔しくなるのは、そういう「全否定する人」じゃない。
どっちかっていうと、「肯定する人」の方だ。
こんなことを言うと、え?何で?否定する方がいいの?とか思われそうだけど、わたしはこう問いかけたい。
そもそも、あえて肯定すること自体おかしくないか?
「当然」じゃないのか?
肯定される以前から、わたしたちは既にいる。

具体的に死ぬほど悔しかった一言。
「あなたみたいな人がいてもいいと思った」
「俺は認めてるよ」
ああ、わたしは誰かに「いてもいいですよ」って許可をもらわないと、いてはいけないのか。
誰かに認めてもらわないといけないのか。
あんたが認めようと認めまいと、わたしは堂々と生きてるんですよ。
逆にあんたに認められなきゃ、あたしゃ存在も許されないのか?
生きるために、マジョリティ様に媚びろとでもいうのか。
冗談じゃない。

こういうこと言っても、ピンとこない人もいる。
「差別されてきたんだろ?認めて欲しいんだろ?」
きょとんとした表情で、こんなこと言い返される。
一体マジョリティは何様なんだろう?と思うのだ。

例えばさ、いじめられていた子が、ある日突然いじめっ子にこんなこと言われたらどう思う?
「お前さ、明日からは学校来てもいいよ」
いじめそのものより、もっと悪質だと思わない?
いやいや、そもそも学校来るのは当然の権利なんですよ。
あなたには許可する権限も何もないんですよ?って思うでしょ?

まあ、この喩えを持ち出しても多分ピンとこない人はいると思う。
関係ないが、こういう場面でいじめっ子の側につく先生もいるんだよね。
「あなたがそういう頑なな態度だから」みたいに、かえっていじめられてる子を非難するのよ。
そういうのを「中立」だと勘違いしてんの。

こういう本来なら「当然」を否定されるのって、本当に辛い。
まあ必要な人から、平気で生活保護を奪ったりするような国なんだから、人権に対して意識が希薄な人が多くても仕方ないだろう。
ようは「○○してやってる」という、ごう慢さそのもの。
むしろ「当然」を主張する方がごう慢だと非難されてしまう。
何様だよお前らは、と。

さらに追い討ちをかけるように、
「味方になってくれる人にそういう態度は‥‥」
って反論してくる人もいるけれど、わたしに言わせればそんなん味方でも何でもない。
恩着せがましく味方になってやるなんて、思い上がりも酷すぎる。
残念ながら、この手の「お味方様」があまりにも多いのだけれど。

実はわたし、こういう「思い上がったお味方様」を怒らせるのが、割と好きなのよね。
最終的に「少数派がつけ上がって!!!」って本音をぶちまけるから。
残念ながら感性が貧困な人が多くて、そこに「気づき」がないんだけどね。

「アライ(理解者、協力者)」という言葉ばかりが一人歩きしているけど、本当にそう言える人ってどれだけいるのだろうか。
少数派はいつまで、「認めてください」って小さくなって生きていかなきゃいけないのか。
考えると悲しいし、悔しい。
堂々とふんぞり返って生きようぜ!と声を大にして叫びたい。

わたしは自分が当事者ではない問題について考えるとき、この気持ちを忘れないようにしている。
「○○してやってる」なんて、最低の思い上がりだ。
そして当事者に「認めてもらえなかったどうしよう」なんて葛藤を抱かせたら、絶対にいけないと思う。
同じ人間、同じ権利、同じ立場。
この根本を忘れたら、ごう慢で嫌なやつになるんだよ。

いつになったら原発は再停止するんですか??

シリアス
10 /15 2012
今年の5月に日本中の原発が止まって、40年ぶりに原発のない夏を迎えた。
ところがあっさり再稼働が決まり、何十万という多くの人の抗議デモを無視して、
7月のはじめには福井県の大飯原発が再稼働してしまった。

理由は表向きは「夏の電力不足」。
冷房などで電力が不足する夏は、このままいくと大停電が起こるんですって。

‥‥さて、夏が終わりました。
もう冷房入れることもないです、電力不足もないでしょ?
5月以降7月まで原発は止まってて、電力不足なんて起きなかったでしょ。
その前もたった一基だけしか動いてなかったけど、大停電が起きたニュースはない。

今は涼しくて過ごしやすい季節。
原発なんてなくても大停電が起きるわけがない。

なーのーにー!
大飯原発が止まる気配は全くない!!
何故じゃこりゃ??

答えは簡単!
原発の再稼働に電力不足はまっっっっったく関係なかったからです。
そりゃそうだよね。
原発止めたとたんに火力発電所をガンガン停止させて、
稼働前より電力供給減らしたのに、関西地区は電気余ってたんだもん。

どこが電力不足だよ。
何のための再稼働だよ。

関西電力のための、関西電力による再稼働です。
動かせない原子力資産を、動かすためです。
だってそうしないと関西電力潰れちゃうんだもん。
何兆円もの不良債権を抱えてる関西電力が、
夏なら「電力不足って言える!」チャンスを見計らって、
再稼働を国に要請したわけですよ。

関西電力が潰れないために、福島の原発事故の反省なんて
これっぽっちもしないまま、関電の経営のために再稼働したんです。

そんな企業潰れちゃえ!関西電力潰れちゃえ!って思うでしょ?
残念ながら(?)関西電力は潰れません。
関西電力は永遠に不滅です。
だって不良債権大量に抱えて借金だらけになろうと、
借金返済のために電気料金値上げすることが出来るからです。

さんざん電力不足だ!電力不足で弱者が死ぬ!反原発は無責任だ!
再稼働した!正義が勝った!

アタシにさんざん能書き垂れたやつらは土下座しろよ。
弱者をダシにして関電と一緒にウソをついたやつら。

腹の虫はおさまらねえが、今はとりあえずいい加減原発止めろ。
もうとっくに夏は終わって涼しくて過ごしやすい秋なんだよ!
いつまでも国民を騙せると思うな!!

性教育バッシングを許さない

シリアス
04 /10 2009
2003年に東京都で起こった「七生養護学校事件」という事件をご存知ですか?

東京都日野市にある七生養護学校(現在は「七生特別支援学校」)では、
障害のある子どもたちに、わかりやすく具体的な性教育を行っていました。

これを一部の自民党や民主党の都議員が、「過激な性教育」と決め付け批判しました。
学校を視察した際に、授業で使われている教材を勝手に持ち帰ったり、写真を撮ったりして
「常識では考えられない」
「まるでポルノショップだ」
などと非難の言葉を浴びせたと言われています。

最終的に、校長先生をはじめとした多くの先生方が都の教育委員会によって処分されました。

元校長の金崎満さんは、都の処分を不服として撤回を求める裁判を起こしていましたが、
9日、東京高裁は金崎さんの主張を認める判決を出したということです。

ここ数年、社会のバックラッシュ的な動きと連動して、性教育バッシングが
盛んに行われていましたが、今回の判決でそれに歯止めがかかったんじゃないかな?と
わたしはこの判決を支持したいと思います。

何がかなしいといって、先生方の試みを批判していた議員の中に民主党の議員がいたことです。
「民主党なんて自民党の一派閥にすぎない」という言葉はよく聞かれますが、
本当にまったくその通りだと、何だかガッカリしてしまいますね。

先の参議院選挙でレズビアンを公言している尾辻かなこさんが立候補していたのも
民主党だったけれど、尾辻さんはこのことをご存知だったのかな?
こんなに頭のカタい議員がいる政党が、LGBTのために積極的な政策をしてくれるわけないですよね。

そういや民主党のマニフェストにも、LGBTに関する政策的なものは何一つなかったような。
(社民党や共産党はマニフェストにかかげています)
結局のところ、ゲイやレズビアンの票を勝ち取るための客寄せパンダにすぎなかったんですね。

わたしは民主党支持でも何でもないですが、それでも自民党に比べたらリベラルな
政党だし、今の日本で政権交代が可能な政党として少しは期待しているのに、
こんな有様を見ると心底ウンザリしてしまいます。

ただ、よくも悪くも民主党は色んな人たちの寄せ集めなので、恐らく七生養護学校の
先生方の試みを評価してくれるような人たちもいるんじゃないかな?とも思うけれど。

わたしも教職員だった経験があるので、性教育の難しさは少しだけわかります。
生徒の中に障害がある子もいましたが、果たしてどれだけ伝わっているのか不安だったし、
もしかしたら混乱させてしまっただけではないか・・・・と、後悔の気持ちもあります。

七生養護学校の事件でとりあげられた、「性器のついた人形」などは、
たしかに「過激な性教育」に見えてしまうかもしれません。
でも、現場の先生方は子どもたちに正しい知識を与えようと、
一生懸命創意工夫をして授業を作り上げられたことでしょう。

そもそも、「過激な性教育」のどこが悪いんだってわたしは思う。
大人に限らず、子どもたちもセックスには興味を持つものです。
学校で習わなくても、色んな媒体で性に関する情報を読み漁ります。
そうしたものは基本的に「娯楽」であって、正しいものばかりではない。
だからこそ、教育現場では正しい性の知識を教えることが大事ではないか。

「過激な性教育」を批判している人たちは、仮に障害がある子どもたちが
正しい知識をもっていないがゆえに危険な目にあったり、
自分の身を守ることが出来なかった場合、責任がとれるんでしょうかね?
ようするに自分にとって不愉快だから批判してただけじゃないか。

今回の件で東京とは上告しないようです。
当然だと思うけれど、このことでバックラッシュ的な動きが収まってくれれば・・・・と思う。


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妊娠中絶は権利です

シリアス
03 /16 2009
ブラジルで、9歳の少女に妊娠中絶手術をした医師と、
少女の母親が、教会から破門されたそうだ。
少女は義父に強姦された末に、妊娠してしまったらしい。
9歳という体では、体が未熟なために妊娠を続けると
少女の命も危なかったそうだ。
少女の命を守るために、医師は中絶手術を決断した。

アメリカ人いわく「中絶天国」の日本からすると想像できないけど、
キリスト教文化圏では中絶はとんでもない罪らしい。
特に、ブラジルのようなカトリック教国では、非常に忌まれているだろう。

少女の母と、医師を破門した大司教は
「強姦は大罪だが、中絶はそれ以上の大罪」と言っている。
わたしは思わず目を疑ってしまった。

カソリック教国のみならず、アメリカなんかでもクレイジークリスチャンが
熱心に中絶反対運動をやっている。
ひどい場合になると、中絶をした女性や医師を殺害する事件まで起きている。
「命が大事。って言うなら、医師や女性の命は大事じゃないのかな?」
っていうのが素朴な疑問なんだけれど、キリスト教徒にとっては
罪のない胎児を殺した方が罪深い行為なんだろう。

少女はどれだけ辛かっただろう。
義父に強姦され、妊娠させられ、中絶せざるを得ない状況に追い込まれ・・・・
挙句の果てに教会にまで見放され、人々から非難されないといけないなんて!
こんな残酷な所業、神様が許すんですか?って思う。

少し乱暴な言い方かもしれないけど、「中絶地獄」のキリスト教国に
比べたら「中絶天国」の日本の方がはるかにいいと思う。
中絶は決して「いいこと」ではない。
しかし、「産まない」という選択肢が保障されていることは、
はっきし言ったら世界に誇っていいことだと思うよ。

ただ、そんな日本にだって刑法に「堕胎の罪」という
恐ろしい、戦前のなごりの悪法がある。
アメリカのクレイジークリスチャンほどではないにしろ、
中絶反対を叫ぶ人は少なからずいる。

望まない妊娠のはてに出産するっていうことは、
その母親となる人の人生をぶっ潰すことだ。
安易に中絶を批判する人たちは、
胎児の命を守ることが出来るなら、
母親と子どもの人生はぶっ潰して構わないってことだろうか。

「命は何よりも大事」
そんなことは百も承知だ。
でも実際、自分の身に降りかかったとき、そんなことが言えるだろうか。

安易な中絶反対は、最低最悪の偽善だと思う。

わたしは中絶は権利として、いかなる場合であっても
絶対に保証されるべきだと考えている。
中絶を禁止することは、胎児に人権を与えるということになるし、
そうしたら母体を守るための中絶だって禁止することになる。
下手をすると、流産したことまで過失致死に問われるのではないか。

「強姦や、母体を守るための中絶はいいけど、避妊の失敗とかは禁止してもいいんじゃない」
そう言う人もいるんだけど・・・・
でも、それは胎児を差別していることになるんじゃないか。
妊娠の経緯はともかく、胎児には何の罪もない。
ようするに胎児だって「平等」なんだから。

わたしの意見の概略はこんな感じなんだけど、
以前似たようなことをmixiに書いたら中絶反対派の人に
すんごい攻撃をくらっちゃった。

いっとくけど、わたしは「中絶賛成派」なんかじゃない。
「中絶はいいこと」だなんて思ってもいない。
かなしいことであり、出来るだけ避けるべきことだと思う。
ただ、中絶の権利は権利として保障されるべきだって考えているだけだ。

でも、これがなかなか「中絶反対派」には伝わらない。
「中絶反対」以外の人は、きっと全員「中絶はいいことだ」とでも
言っているかのように思えてしまうんだろう。

「中絶より避妊を徹底して・・・・」っていう意見もあるのだけど、
避妊をしっかりやった上で、権利は権利としてあるべきじゃないか。
人間は失敗をしてしまう生き物だ。

ただ、理想は望まない妊娠で生まれてきた子どもでも、
行政やコミュニティが面倒を見てあげれる社会だと思う。
母親の人生も、決してぶっ潰れることもなく。
望まない妊娠をしてしまった女性と、ゲイやレズビアンのカップルが
協力したりとか・・・・。
そんなの絵空事なのかな?

理想には程遠く、いまだに望まない妊娠をする人もたくさんいる。
だからこそ、権利は権利として大事にされないといけない。

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分断の果てに

シリアス
06 /22 2008
カリフォルニアで同性間の結婚が認められたそうだ。

どこが推定したのかわからないけれど、今後3年間で10万組のカップルが

カリフォルニアで式を挙げるっていう試算もあるみたいだ。

80代のおばあちゃんカップルの写真もあったけれど、微笑ましい反面

きっとすごく長きにわたって結婚したいと願ってきたんだろう・・・・、とか

彼女たちと同じ喜びを感じられないまま亡くなっていった多くの

ゲイ、レズビアンカップルを思うと少し切ない気分になる。


ところで、こんな記事もあった。

加州最高裁が同性婚認める マケイン候補に有利?

カリフォルニア州最高裁は15日、同性のカップルに婚姻の権利を認めないのは憲法違反とする判決を下した。判決によって、カリフォルニア州はマサチューセッツ州に続き、全米で同性婚を認める2番目の州となる。

 マサチューセッツ州で2004年に同性婚が合法化された際には、その是非が米国を二分する議論に発展。活発化した反対運動が保守票を掘り起こし、道徳や倫理、社会的価値観が大きな争点となった同年の大統領選で、ブッシュ現大統領の再選の追い風にもなったとされる。

 今回の大統領選で民主党候補の座を争うオバマ、クリントン両氏はいずれも同性愛者の権利保障を提唱しているが、同性婚そのものについては議論が分かれる問題だけに、反対陣営を刺激しないよう、距離を置く姿勢をとってきた。一方、共和党のマケイン候補は同性婚に明確に反対している。

 判決をきっかけに同性婚問題が大統領選の争点として浮上すれば、04年の大統領選と同じ構図が生まれ、結果的にマケイン候補に有利に働くのではとの予測も出ている。



なるほどなあ・・・・そう考えることも出来るわけだ。

わたしは別に米民主党を支持しているわけでも何でもないので、

アメリカの大統領選挙の結果はどうでもいいといえばどうでもいい。

ただ、同性婚の問題のみならず、共和党の主義主張は非常に嫌いだから

出来たら民主党に政権をとって欲しい。


どちらかというと民主党贔屓が多いであろうLGBTにとって、こんだけ喜ばしい

ニュースが舞い込んできたのだから、民主党にとっても追い風になるかと思いきや

かえって逆風にもなりかねないわけだ。不思議といえば不思議だ。


picture

「背徳の結婚がここに行われた」 同性婚反対デモのプラカード


思うんだけど、同性愛にまつわる問題にとどまらず、妊娠中絶や人種差別などといった

アメリカ社会の断絶は、改善するどころかひどくなっていく一方だ。

特に保守派といわれる人たちの力はすさまじい。

頑固じいさんだけではなく、若い人たちの支持までとりつけてるわけだ。

古くさい考えなんてとっととなくなっちまえばいいと思うのに、

滅びることなく受け継がれ、新たな形で復活する。

保守派ってのはモンスター並みの力強さを持っているんだなあ。


これだけ保守派が過激な活動をするのも、同性愛者の権利が認められてきたからだ・・・・ってことはわかる。

ただ、この対立が今後さらに激しくなって、行き着く先はどこなんだろう?

保守派は決して同性愛を認めない。

彼らの考え方を変えるのは、想像以上に難しいはずだ。

単純にどちらかが勝って、どちらかが負けるなどということなどない。

仮に今後同性愛がより受け入れられる時代がきたとしても、

保守派の反発は一層強くなるだけだ。

これは対岸の火事ではなく、近い将来日本でも起こりうる問題だ。


あまりに重たい問題に、頭が痛くなる。

1982年生まれ

シリアス
06 /13 2008
また同世代か・・・・。

そう思った。


秋葉原の無差別殺傷事件の加藤容疑者のことだ。

彼は25歳。わたしと同い年。


1997年。

神戸で14歳の少年が次々と子供たちを殺し、傷つけ逮捕された。

彼はわたしと同い年だった。


2000年。

17歳の少年がバスジャックをして、人を殺した。

同じ頃、人を殺す経験がしてみたかったと言って17歳の少年が逮捕された。

そのとき、わたしも17歳だった。


昭和57年生まれ。

あまりにショッキングな事件を起こす人たちが集中している。

偶然なのか、理由あってのことなのか。

当たり前だけど、こんな理由なき殺人を犯すやつらに共感することなど出来ない。

一体どうしたら、こんなに命の重みがわからない人になってしまうんだろう。

ひたすら疑問に思う。


格差社会。

派遣社員。

オタク。

加藤容疑者には、今の若者たちにとって非常に身近な背景がある。

でもそれが本当に事件の引き金になったのか、考えてみる必要はあると思う。


今はわからないことが多すぎる。

亡くなった方たちの冥福を祈りたい。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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