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あなたの隣にわたしがいるように

雑記
09 /23 2019

約一年ぶりの更新ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
令和初の記事ですね。
もう一ヶ月前のことですが、香川県丸亀市の第一回レインボーパレードに参加してきました。
大都市ではなく、香川県のなかでも比較的小さな街での開催で、おそらく日本ではあまり例のないイベントだったと思われます。
「婆娑羅まつり」という地元のお祭りにあわせて開催されました。
地元の人たちがたくさん集まるイベントでの開催で、多くの人に見てもらえたと思います。


このパレードが開かれたのには、ある理由があります。
NHKハートネットTV パートナーシップ制度「進まないLGBTs理解 地方の現実」

香川県の丸亀市では2016年からパートナーシップ制度の導入が検討されていましたが、2018年に市議会での反対のため成立しませんでした。
同じ香川県でも三豊市ではパートナーシップ制度が導入されています。
実は市民にはあまり「LGBT」という言葉が知られていなかったのです。
2018年には杉田水脈議員の「生産性のない人たち」という発言で物議を醸したりしたのですが、それでも一般市民にはあまり浸透していなかったのです。
「地方の現実」。
地方に限らないのかもしれませんが、「同性愛」「性同一性障がい」などの概念は知っていたとしても、「そういう人」が身近にいるとは思えない。

「知ってるよ?東京の新宿2丁目とかにいる人たちでしょ?」
「IKKOさんみたいな人たち?テレビにも出てるよね?」
「田舎だし、周りにはいないよねぇ」
「そういう人会ったことないし」

何度か耳にした言葉です。
どれだけメディアで取り上げられるようになったとしても、身近にいる人ではない。
ましてや家族には、「いるはずがない」。
それが地方に住む人たちの、ごく当たり前な感想なのかもしれません。
実際のところ、東京や大阪に出る人たちはたくさんいましたし、地方の狭いコミュニティではカムアウトするリスクも高い。
わたしも家族にはカムアウトしていません。
(職場とかでは、公言したわけではないのですが何となく公然の秘密みたいになってるようです。まあ「ホゲっぱなし」で歩くカムアウト状態なんですよね)
話がそれましたが、市民の認知が進んでいないことを受けて、丸亀市の当事者の方々が企画したのが今回のパレードでした。

香川県丸亀市で中四国初のレインボーパレードが開催されました

ハートネットTVの記事を読むと、「どんだけ反発されるの!?」という気もするのですが、実際に歩いてみた感触としては冷たい視線はそれほど感じませんでした。
ただどうしても、「初めて見るもの」「得体のしれないもの」に対する戸惑いや、訝しく思うような表情はたくさん目にしました。
これは東京や関西のパレードではほとんど感じたことがないものです。
嫌悪感等ではなく、おそらくは「驚き」だと思います。
「えー‥‥本当にいるんだ、こういう人たち‥‥」
そういう感想は、わたし自身何度も出くわしています。
今回パレードに参加した人数は200人にのぼります。
地方都市での第一回での開催としては、多分歴史的快挙だと思うのですが、わたしも含め県外から参加した人がたくさんいたようです。
なかには「ああ、よそから来た人たちだよね‥‥地元にはそんなにいるわけないか」と感じた人もいるでしょう。
「地元の当事者は、参加することも出来ず、声を出せずに悩みを抱えているのではないか?」
そこまで考えることが出来た人たちは、どれだけいたのだろうか?
そんなことも思うのですが、それは今後の課題でしょう。


ちなみに丸亀という街の印象ですが、明るい!!
瀬戸内という土地柄なのか、会う人会う人フレンドリーで、気さくな人が多かったです。
そして若い人たちがとても元気で、お祭りを盛り上げている姿が印象的でした。
地方とはいっても山陰とはだいぶ違うなぁと感じました。(山陰もいいところなのよ😅)
こういう土地柄なら、パートナーシップ制度の導入も近いのではないか?って思うんですけどね。



(ライトアップされた丸亀城すばらしい!)

パレードの後はたつやと浴衣でお祭りを楽しみました。
素敵な夏の思い出が出来ました。
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自分史と性

雑記
09 /25 2018

「ゲイに目覚めたのはいつ?」

最近はこういう無遠慮な質問をされることも少なくなってきたけれど、以前はよく訊かれたものだ。

わたしの場合、女性を好きになったことはないので目覚めるも何も、元からゲイでしたとしか答えようがないし、異性愛前提の質問はどうかと思うけれど、まあゲイに目覚めるっていうのを単純に性に目覚めることと仮定するなら、第二次性徴のはじめごろだと思う。

そのへんのエピソードは多分以前も書いたと思う‥‥ような気がするし、四半世紀近く前のことなので記憶が曖昧になっている部分もある。

「ゲイ」「同性愛」という言葉自体を知ったのは、多分たまたま見ていた深夜番組で、話題になったドラマ「同窓会」の少し前だった。

わたしより少し上の世代のゲイだと、「同窓会」で興味を持ったっていう人もいる。

わたし自身は「同窓会」は見ていないけれど、クラスメイトの女子が山口達也や国分太一による男同士のラブシーンに、気持ち悪いとか反応してたことを覚えている。

(それにしても山口達也、四半世紀後にとんでもない事件やらかして芸能界を去ることになっちまった。彼がしたことこそ気持ち悪いよな)

90年代前半って、まだまだ「禁断の愛」「タブー」みたいな空気が強かったんだなぁと思う。

1990年版の「イミダス」に、「男性ホモは強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い」と書かれていて問題になったらしいけど、2018年にこんな記事書いたらとんでもないことになるよな。(‥‥‥‥と思ってたけど、件の杉田水脈の問題発言や、それを擁護する意見が出てくるのを見ると案外そうでもないかも‥‥。)

ちなみにその1990年のイミダスがたまたま家にあって、思春期の入口に差しかかっていたわたしには、色んな意味で衝撃的だった。

特に「強迫的で反復性のある肉体関係」って言葉が、何ともショッキングで、アブナイ、汚ならしい、いやらしいと思いつつ、それでいて妙に魅力的で魔力のようなものも感じていた。

変態的なものへの憧れや好奇心って、思春期の男の子には少なからずあると思う。

禁断のめくるめくような、欲望のままの秘密の世界。

恐ろしいような、それでいて甘美な誘惑があった。

90年代も後半になると、時々真面目に同性愛について扱ったテレビ番組や新聞記事も出てきたし、高校生にもなると性や恋愛について真面目に考えることもあったりして、「変態」「禁断の愛」以外の興味も出てきた。

ただ性欲は何とも変態的というか、アブナイ世界への憧れはつきることがなく、悶々とした童貞ゲイライフが続いた。

いざ大人になって男同士のセックスを経験してみると、気持ちよかったし、ワクワクするものではあったけれど、思ったほど変態的でもなく、アブナイ世界でもなく、「強迫的で反復性のある」ものではなかった。

むしろ楽しくて安心感のあるもので、思ったより普通だった。

つまりはごく普通の日常のいとなみの一部。

素晴らしいときもあれば、つまらないときもある。

そして、意外と真面目に向き合わないといけないものだった。

禁断の快楽は手に入らなかったけれど、もっと大きくて豊かなものを手にしたと思っている。

ただ、思春期の数年間で、色々性的にねじ曲がっちゃった部分もあるような気がするのだ。

わたしを歪めてしまったものは、色々あるだろうけど、やはりポルノもその一つだと思う。。

興味のおもむくまま扇情的でポルノ的な情報を探し求めて、禁断の快楽に憧れを強くしていたことが、性に対する価値観を歪めてしまったのではないか‥‥と思う。

それが大人になってからの性生活や人間関係に、あまりよくない影響も及ぼしてきた。

思春期の頃、ゲイ向けのボルノは手に入りにくかったけれど、男性の裸を見たくてノンケ向けのポルノやエロ情報は見ていた。

そこに描かれていたのは、決して豊かとはいえないけれど、大袈裟でいやらしい、禁断の快楽だった。

背徳的で、凶暴で、「強迫的で反復性のある肉体関係」そのものだった。

ポルノを批判する声に対して、「子どもから性を遠ざけるな」と反発する声を最近よく耳にする。

確かに性的なものを隠して、抑圧するのがよいとは思わない。

でも子どもにとって必要な「性」は、ポルノではない。

自分のこころや体に対する、より正確な知識や、性について真面目に考える機会が子どもたちには必要なのだ。

大人たちの貧しい性が、子どもたちの性から豊かさを奪っている。

大人たちは、というより大人の男たちは、性を消費することばかり考えるのではなく、一度立ち止まり性について真面目に考えてみることが必要だと思う。

当たり前の日常などない

雑記
09 /09 2018

異常な猛暑だった今年の夏だけれど、ようやく秋の気配が感じられるようになってきた。

一雨ごとに涼しくなるといいつつ、災害が多発している中で大雨が降るのは不安も大きい。

6月の大阪北部地震、7月の西日本豪雨、そして今月に入って台風21号の被害や北海道地震など、記録的な災害が頻発している。

被災地の方々を思うと胸が痛くなるが、災害列島に住んでいる以上明日は我が身だとも思う。

被災地がいっこくも早く復旧し、多くの方々に日常が戻ることを願ってやまない。

今日と同じように明日がくる保証など、何もない。

日常というものが当たり前ではないということ。

普段はついつい忘れがちではあるけれど、やはり意識しなければいけないと思う。 

災害だけではなく、病気や事故など、予想だにしないことは日常のすぐそばにある。

大切な人たちといつも同じように会えるとは限らないのだ。

だからこそ、「ありがとう」や「ごめんなさい」の気持ちはその場で伝えなくちゃいけない。

それだけは後悔したくないと思うからだ。

9月の空

雑記
09 /07 2018

何気なく見上げた空が気持ちいい。

そんな日常が多くの人に戻ってきますように。

旅行にいきたい!

雑記
08 /31 2018

何ともモーレツに旅行に行きたい願望が高まっている。

出来れば東北とか、北海道とか沖縄とか。

昨年はわたしが国家試験をひかえてる身ということもあり、恒例の関パレに参加することがなかったってのもあるけれど、たつやと一緒に遠いとこに旅行したいのです。

今年はつき合って5年なので、なおさらメモリアル的な何かをしたいってのもある。

現実的には仕事が忙しかったり、車が調子悪かったり、おまけにスマホまで調子が悪い等、うまくいかないことも多いのですが。

そんな現実に埋没していると気分も滅入ってくるので、日常から少し離れたいのです。

恋人も濡れる夏の夜

雑記
08 /16 2018

夏の夜。

いとあはれ。

電気コンロの憂鬱

雑記
06 /26 2018

今の若い人に「電気コンロってわかる?」と尋ねたらどんな答えが返ってくるのだろう。

早合点する人は「IHのことですか?」って答えると思う。

もう少し話のわかる人なら、「IHにもついてますよね?電熱のやつ」って答えるかもしれない。

昔ながらの、こういう電気コンロがわかる人ってどれだけいるのかなあ?

さすがに最近のマンションやアパートにはないと思う。

大学を卒業して高校の常勤講師になった13年前、住んだマンションのキッチンがこれだった。

築15年、駅から歩いて5分、1DK、バストイレセパレート。

22歳の新社会人にとってはまあまあな物件ではあったけれど、正直嫌だったのがこの電気コンロ。

とにかく料理がしづらいし、あたたまりにくく、焦げ付きやすい。

酷いしろものだった。

不動産屋が入れ替えてないなら、現役であのマンションにあると思うけれど、20代前半の人が使ったらどんな感想を抱くのだろう。

マンション自体が、バブル期に作られた「若いビジネスマン・単身赴任者向け」という感じで、基本的に料理しない人向けの部屋だった。

食材を切ったり、洗った食器を置くスペースもなかった。

料理が面倒になると、自然と外食やお総菜が多くなり、途中からほとんど電気コンロは使わなくなった。

ただ不思議なもので、便利なキッチン家電に慣れると、あの使い勝手の悪かった電気コンロが不思議と愛おしいというか、ポンコツ過ぎて懐かしい。

つくづく懐古趣味だなぁと、我ながら思う。

6月の夜

雑記
06 /12 2018

6月は梅雨でムシムシと不快な季節でもあるけど、夜になると少しひんやりとして気持ちがいい。

雨の音も何だか心地よい。

蛍の飛び交う景色も素晴らしく美しい。

ティーンは中性に憧れる

雑記
06 /03 2018

  ちょっと前の話‥‥というか、結構前の話になるのだけど、2016年に「前略プロフィール」がサービスを終了した時のこと。

多くの人にとって「黒歴史」だったというので、Twitterが賑わっていたのだが、「性別の欄を“中性”にしていたな。イタかったな‥‥」という書き込みがいくつか見られた。

わたしは前略プロフィールが全盛期だった頃はmixiにはまっていた時期で、同世代の人もmixiやってる人が多かった。

前略プロフィールにはまっていたのはもう少し下の世代だと思う。

具体的にいうと今30歳ぐらいの人からもう少し下の年代じゃないかな。

といいつつ、実はわたしも前略プロフィールにアカウントも作っていた。

性別を「中性」にしていたかどうかは覚えていないけれど。

「性別:中性」というのを「黒歴史」といってしまえるのも、まあおそらくシスジェンダーノンケの特権なわけであり、トランスジェンダーやXジェンダーの人にとっては「中性」の概念は重要なものだと思う。

その是非はともかくとして、ファッション的な感覚で「中性」を名乗るのが、00年代のティーンには流行っていたわけだ。

あまりこじつけるのもどうかと思うけど、2010年代の「LGBTブーム」の下地にもなっていたのかもしれない。

もっとも10代の子が中性的なものに惹かれるのは、多分昔からある傾向だと思う。

わたし自身も「中性」とか「両性具有」への憧れはあった。

将来太ったおっさんになるなんて、これっぽっちも思っていなかった。

黒歴史というか、もはや笑い話でしかないのだけど。

ところで00年代までのティーンって、ファッションでも何でも野暮ったさや痛々しさがつきものだったのだけれど、10年代のティーンは小綺麗に洗練されている印象がある。

取り立てておしゃれではない子でも、見るからにダサい子はあまりいないし、逸脱したファッションをしている子もあまりいない。

スマートフォンの普及で情報の量が格段に増えているだろうし、インスタグラムの影響か、自分を人に見せるのがうまい子が増えているな‥‥という感じがする。

悪いことではないけど、黒歴史がないってのも、何かそれはそれでさびしくないのかな?なんてことも思う。

Homework

雑記
05 /13 2018

「何か仕事大変そうだよねぇ?」というわたしの問いに対して、彼女は「そうやねん。しんどいけど、これから女一人で生きていくこと考えたら、(お金のいい)今のところは辞めれんしな」と答えた。

大学の同級生、同じく35歳。独身主義ってわけではなく、数年前までは「結婚したい」と言っていた。

「女一人」というのが今後結婚しないという意味なのか、単純に今一人で生きているという意味なのかはわからない。

「結婚しないの?」っていう問いはデリカシーがないし、わたし自身一番訊かれたくない質問でもあるし、訊くつもりはなかった。

世の中には30代後半だろうと、40代だろうと結婚する人なんてたくさんいるし、結婚したい人は好きなときにすればいい。

とはいえ、世間的にはそろそろ「結婚を諦める年齢」にさしかかってるのかな?という気持ちも、一瞬胸によぎってしまった。

そういう年齢に、自分自身がなってしまったのか、と。

そういえば、いつの頃からか両親は結婚の話はしなくなった。

薄々ゲイだと勘づいていたりして‥‥とも思うのだけれど、案外年齢的なこともあるかもしれない。

今は結婚より仕事をちゃんとして欲しいとか、そういうのもあるかもしれないし、何年かしたらまた結婚の話を持ち出してくる可能性もある。

まあ結婚のことがいいたいわけじゃなくて、結婚でも仕事でも、とにかく人生設計をシビアに組み立てないといけない年齢なんだよな‥‥ってこと。

受け入れないといけない現実はきちんと受け入れ、夢物語ではない現実を見て生きていかねばならない。

とっくにそうだったのかもしれないが、「まあまだ若いし‥‥」っていう言い訳はさすがに通じなくなってきた。

でも同じようなことは、これからも40とか45の節目に感じるのだと思う。

年齢を重ねる喜びも切なさも、生きている限りつきまとうはずだ。

その時々で、葛藤したり思い悩んだりしていくしかない。

何年後かの自分をイメージして、どう生きていくか、多分一生続く課題だろう。

和江さん

30代シスジェンダー(?)ゲイ。

日本の片隅にひっそりと暮らしている。
お仕事は福祉系。


マドンナが大好き。


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